『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第六章 西からの風

6.7 小さな影が連れてきてくれたのは

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 次の日。

「……魚、釣れないね」

 黒っぽい砂浜から穏やかな波の方へと釣り竿を向け続けるサシャの溜め息に釣られるように、トールもふうと息を吐く。やはり、この世界でも、トールには釣り運が無いらしい。サシャお手製の釣り竿は波に合わせて揺れる以外の何の反応も示さない。

「あの子、来ないね」

 続くサシャの、先程とは調子が違う、どこか呻くような声に、首を横に振る。

[きっと来るよ]

 サシャの気を落ち着かせる言葉を、トールは背表紙に並べた。

 この世界の人々には『祈祷書』として扱われているトールを音読するサシャにあれほど懐いていたのだから、今日も、きっと、あの子は、一人と一冊の前に現れる。希望にすがるように、トールは、サシャの脇腹に凭れ掛かる日焼けした小さな頬を脳裏に思い浮かべた。

 その時。

[サシャ!]

 波間に、波の色とは異なる細い影を見つけ、思わず叫ぶ。穏やかな波を切るように危なっかしく揺れる細い影は、それでも少しずつ大きさを増していく。これは、……ヨット? いや、小さな船に帆を付けた、帆船。一人と一冊が見ている前で、小さな帆船は大きくなった波に斜めに乗っかると、その波に導かれた格好で一人と一冊の横に滑り込んだ。

「ウォルター、こいつか?」

 突然のことに目を瞬かせた一人と一冊の前で、喫水の浅い船から赤い髪が飛び降りる。

「……」

 サシャよりも少しだけ背が高いその影の後ろ、黒い砂浜に乗り上げた船から身を乗り出した小さな影に、一人と一冊はほっと息を吐いた。あれは。……サシャに『祈祷書』の音読をせがんだ、あの少年。

「漂流者、ってわけでもなさそうだけどな」

 船を下りた赤い髪の少年が、サシャを上から下まで見回して鼻を鳴らす。

「……!」

「分かってるよ、ウォルター」

 止まっている小船の中で睨む小さな影の気配に気付いた赤い髪の少年は、小船の方を振り向いて優しく頷いた。

「グレン爺さんも、大切に連れて来いって言ってたし」

 とにかく、船、乗ってくれ。口調だけはぶっきらぼうな赤い髪の少年に、サシャの身体が逡巡に固まる。船の中に居る小さな少年にどことなく似ているから、この少年は、あの子供の兄、なのだろう。判断を、背表紙に並べる。この少年に付いて行っても、多分、……大丈夫。何も無い、この場所から脱出するのが、第一。

 エプロンと上着の下にある、サシャの鼓動が平穏に戻る。一人と一冊は同時に、赤い髪の少年に承諾の返事を返した。
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