『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第六章 西からの風

6.21 秋津到着

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 不自然なほどに明るい夕刻の光を眩しく反射する水面の向こうに見えた見窄らしい桟橋に、サシャの胸ポケットの中から息を吐く。

「本当に、すまんな」

「いいえ」

 その桟橋に小さな帆船を着けるために帆を緩めたバリーの嗄れた声と、揺れる海面からバリーの方へと顔を向けたサシャの、静かな声にも、トールは深い息を吐いた。

 近づく岸辺は、一人と一冊が戻るべき場所である南苑なんえんではない。強くなった風に揺れる、ボロボロの緑色の旗を確かめる。一人と一冊がこれから赴く場所は、南苑より北、サシャの故郷である北辺ほくへんから流れる『星の河ほしのかわ』の中下流域に位置する大国、秋津あきつ

「俺は、今回の病や不漁の原因は『星の河』にあると思ってる」

 西海さいかいの小さな港が見えなくなった後で響いた、この小さな帆船の持ち主バリーの言葉を思い返す。

 西海と秋津を隔てる海峡で魚が捕れなくなったことと、全身の痛みとともに徐々に身体が弱っていく奇妙な病が海峡沿いの村々に広がっていること。どちらも、『海峡』と『水』が関わっている。海峡に水を供給しているのは、雨と、秋津から流れる河川。雨は、他の地域にも降る。海峡の両岸にのみ病が発生しているのなら、海峡に注ぐ河川に原因があるのではないか。特に、大量の水を海峡に供給する『星の河』が、何らかの『毒』を海峡に流し込んでいるのではないか。バリーの的確な推測に、トールは大きく頷いていた。

「でも、『勘』だけじゃ、王様も役人共も動かない」

 王や、政に携わる奴らを説得するための『証拠』を見つける術が、自分には分からない。帆に繋がる綱を取り落としそうな勢いで肩を落としたバリーに、トールの幻の胸が疼く。

「グレンさんは、俺の『勘働き』の使い方を教えてくれた恩人だから、あんたを南苑に送り届けるのが正解、なんだろうけど」

 海波に揺れる小さな船に似た、迷いが見えるバリーの言葉に、『本』であるトールの小さな身体も揺れた。

「俺の『勘』が言ってる。こいつに頼れと」

 ついにバリーの口から出てきた、ある意味予想がついた台詞に、思わず首を横に振る。

「分かりました、バリーさん」

 否定の台詞を飲み込んだトールの耳に響いたのは、あくまで冷静なサシャの、承諾の返答。

 そして現在、一人と一冊は、嵐の前の静けさの中、秋津の打ち捨てられた漁村の前に居る。

「着いたぞ」

 帆船と桟橋の距離を確認したサシャが、身軽に、帆船から桟橋へと飛び移る。

「近くに、捨てられた聖堂がある」

 そのサシャに頷いたバリーは、船底から持ち上げたぱんぱんに膨れた鞄をサシャの横に置いた。

「もうすぐ、嵐が来る。嵐が止むまで、そこで過ごせ」

「バリーさんは」

 トールの前で両手を握り締めたサシャに、バリーがにっと口の端を上げる。

「俺は、ここからちょっとだけ離れた村の知り合いのところに避難するさ」

 俺のことは心配するな。バリーの言葉に頷いたサシャの、小刻みな全身の揺れを、トールは自分事のように感じていた。

 バリーの頼みを引き受けるというサシャの決断が正しいとは、トールには到底思えない。小刻みに震えるサシャの胸を確かめる。だが、困っている人々は、助けたい。その想いも、トールの中に確かに、ある。それならば。サシャを助けるのが、トールの職分。だから。

「気をつけて、行ってくれ」

「はい」

 眉を下げたバリーに、一人と一冊は同時に頷く。

 ルーファスからの贈り物である食料と、バリーが船底から取り出してサシャに押しつけた小さいが重い巾着袋が入った鞄を肩に掛けると、一人と一冊は、光を失った海に背を向けた。
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