『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第六章 西からの風

6.45 神帝ヴィリバルトの口止め

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 再会したサシャは、秋都あきとの学生長ホセの屋敷の片隅にある小さな部屋のベッドにぐったりと横たわっていた。

「川の毒水に触れた部分も酷いが、毒水自体もかなり飲み込んでしまっていたからな」

 『本』であるトールを抱えてサシャが眠る小さな部屋に入ったヴィリバルトの後ろから、秋都の医師ユドークス教授の懸念を含んだ声が響く。

「助かると良いのだが」

 他に何か必要な仕事があるのだろう、小さな唸り声を上げながら遠ざかるユドークスの影にヴィリバルトが重々しく頷く。サシャが眠るベッド横の腰棚の上、水差しと手拭いが並ぶ横にトールをそっと置いたヴィリバルトは、腰棚の横に置かれていた背凭れの無い簡素な椅子に腰を下ろした。

[サシャ!]

 水差しの影から見えるサシャの、血の気が全く無い唇に思わず叫ぶ。トールの目に映るサシャの、爛れていた頬や額に巻かれた包帯に滲んだ血にも、毛布の上に投げ出された血の気の無い腕にも、思わず泣きそうになってしまう。西海さいかい秋津あきつを汚染していた『問題』は解決したのに、サシャが死んでしまっては、元も子もない。

「……」

 冷たくなった全身に戦慄くトールの横で、ヴィリバルトが、サシャの包帯に覆われていない髪を撫でる。

「あ……」

 その動作で目を覚ましたサシャの、涙でぼうっとした紅い瞳が、腰棚の上のトールの方へと彷徨った。

[サシャ!]

「猊、下」

 トールが叫ぶ前に、サシャの視線はヴィリバルトの方へと向き直る。

「心配ない」

 再び瞼を落とそうとするサシャに、ヴィリバルトは、やはりどことなく血の気無く見える頬に微笑を浮かべた。

 バジャルドが領有する件の村に監視として黒竜こくりゅう騎士団員を置いたこと。おそらくロレンシオに危急を告げに行ったのだろう、ロレンシオの部下であるミゲルは村から消えたが、鉱山から毒や土砂が流れ出さないよう何とかすると鉱山技師アニセトが誓ったこと。トールの余白に書かれていた、この件に関するメモは全てカジミールが書き写し、秋津王や西海王を含む関係各所に経緯と共に送付したこと。サシャの負担にならないよう、静かな声で説明するヴィリバルトと、そのヴィリバルトの声に小さく頷いたサシャに、トールは胸を撫で下ろした。サシャは、きっと、大丈夫。

「これで、秋津と西海が仲直りしてくれると良いのだが」

 サシャを見下ろし、小さく肩を竦めたヴィリバルトに、賛成と期待を込めた頷きを返す。

 次の瞬間。不意に揺らいだヴィリバルトの上半身に、トールは一瞬、頭の中が真っ白になった。

「猊下!」

 発条のように上半身を起こしたサシャが、倒れ込むヴィリバルトの身体を支える。小柄で怪我が酷いサシャに、大柄なヴィリバルトを支える力は無い。トールの危惧を吹き飛ばすように、サシャはヴィリバルトの身体をその細い腕でしっかりと抱き締めた。

「……大丈夫だ」

 すぐに、ヴィリバルトの身体がサシャから離れる。

「問題ない」

 ヴィリバルトの膝の上に頽れたサシャをベッドに戻すヴィリバルトの鉛色になった頬に、トールは無意識に首を横に振っていた。『問題ない』どころではない。津都つとの太守ロレンシオが嘯いていた言葉は、……本当だった。

「誰にも、言うな」

 ヴィリバルトの方へと手を伸ばしかけたサシャを、ヴィリバルトが睨む。宙に浮いたサシャの腕をベッドに戻し、サシャの髪を優しく撫でると、ヴィリバルトは少しだけましになった頬の色と共に、無言のまま部屋から出て行った。

 後に、残ったのは。

「……」

 震えるトールの背表紙を、サシャの冷たい手が掴む。

「どう、しよう」

[ユドークス教授に言うしかない]

 トールよりも更に震えているサシャの唇に、トールはきっぱりとした言葉を並べた。

[アラン教授にも]

 サシャの調査結果をヴィリバルトに告げたルジェクは、南苑なんえんにいるアランにサシャの無事を伝えに行っている。サシャの部屋に辿り着く前に耳にした情報をサシャに告げる。医術の心得があるユドークス教授とアラン教授なら、津都の太守ロレンシオが言うところの『東雲しののめの王族特有の病』についての知見も、絶対に持っている。ヴィリバルトには脅されたが、二人には、ヴィリバルトの異変を告げて、ヴィリバルトを助ける。大丈夫。アランとユドークスなら、ヴィリバルトの病を何とかしてくれる。トールの言葉に頷きを返したサシャに、トールは小さく微笑んだ。
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