『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第七章 東の理

7.17 リーンハルトの提案

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「大丈夫そうだな」

 ベッドに寝かされたサシャを診たアランと、そのアランを見守るグスタフのほっとした表情に、脱がされたエプロンごと机の上に置かれたトールもほっと息を吐く。とにかく、サシャが無事で良かった。アランが処方した薬を飲んで眠ってしまったサシャの、少しだけ蒼白い頬に、トールは無意識に首を横に振っていた。

「で、何故まだここにいる、リーンハルト」

 そのトールの耳に、いつになく厳しいグスタフ教授の声が響く。サシャをこの部屋まで運んできて役目が終わったはずなのにサシャの部屋の入り口に佇んだままのリーンハルトの、東雲を守る黒剣団特有の黒鎧をトールは上から下までまじまじと見つめた。グスタフ教授の言う通り、何故リーンハルトは、ここに残っているのだろうか?

「こいつ、ユリアンの家庭教師にもらえないか?」

 首を傾げたトールの回答となる言葉を、リーンハルトが紡ぐ。

「サシャは、まだ自由七科の試験に通っていない」

 間髪入れず断りの声を発したグスタフ教授に、リーンハルトは殊更大仰に肩を竦めた。

「ユリアンの家庭教師なら、この前一人紹介したはずだが」

「逃げ出したよ」

 追及するグスタフ教授の厳しい声に、リーンハルトの口がへの字に曲がる。

「山の中は淋しいってさ」

 東雲しののめの王太子でもあるリーンハルトの息子ユリアンは、東雲の東の端、誰もその向こうを見たことがない峻険な山々の中腹にある砦で暮らしている。前にカレヴァから聞いた情報を思い出す。

「将来、王になるかもしれない息子を、東辺とうへんの山の中に留め置いたままなのはどうかと思うが」

「息子に何も教えられない家庭教師なら、幾ら逃げ出しても問題はないさ」

 そのトールの耳に、遠回しにリーンハルトを諫めるグスタフと、そのグスタフをはぐらかすリーンハルトの声が響いた。

「こいつ、ここに留め置いて大丈夫なのか?」

 不意に、リーンハルトが一歩、サシャの部屋の中に入る。

「俺達が見つけてなかったら、こいつ、殺されてたぞ」

 眠るサシャを見下ろすリーンハルトの、ヴィリバルト猊下と同じ全てを見通す蒼色の瞳に、トールの全身が総毛立った。

「とにかく、ユリアンに合いそうな家庭教師は紹介してやる」

 そのトールの視界が、グスタフ教授の肩で揺れる黄金の髪に塞がれる。

「サシャには、ここで、自由七科を取ってもらう」

 きっぱりとしたグスタフの言葉と、グスタフの横で黙ったままリーンハルトを睨むアランに気圧されしたのか、リーンハルトは再び大仰に肩を竦めると、堂々とした足取りでサシャの部屋から出て行った。

「……全く」

 安堵の息を吐いたグスタフが、リーンハルトを追うようにサシャの部屋を出る。

 リーンハルトの申し出も、尤もなのかもしれない。サシャの部屋に残ったアランの、どことなく沈んだ表情に首を横に振る。しかしながら、「勉強がしたい」と思っているサシャの気持ちを考慮すると、命を奪われる危険があったとしても、この『象牙の塔』に居続けた方が良いのだろう。無理に気持ちを納得させると、トールは、すっかり暗くなってしまった部屋で眠るサシャの穏やかな表情に再び安堵の息を吐いた。
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