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最終章 面倒、だけどいい
6.やっぱり、そうなのかな
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「じゃあ、今日はこれで」
もう食事も済んでいるし、そそくさと自分の部屋に引っ込もうとしたが、楠木さんに止められた。
「……なあ。
うち、寄っていかないか?」
らしくなく、ちょん、と私の袖を摘まみ、俯いて提案してくる。
「あー」
「……無理に、とは言わないけど」
迷っているあいだに降ってきたのは、さらにらしくない言葉だった。
いつもほぼ、決定事項なのに。
「……わかりました」
結局さっきは、なにも訊けなかった。
今度こそ、チャンスかも。
「座ってろ」
私をソファーに座らせ、彼はコーヒーを淹れはじめた。
「友佳子とは犬猿の仲なんだ。
本社でもいつも、喧嘩ばかりしていた」
ドリッパーにお湯を注ぎながら、独り言のように楠木さんが話す。
「でもその、なんでも気軽に言える関係がよくて、付き合ったりもしたんだが……」
びくん、と身体が大きく揺れた。
やっぱり噂は、本当だった。
帰り際のあれも、私の入り込む隙なんてないほど、ふたりは仲がよさそうに見えた。
「けどやっぱり、あのとおり衝突ばっかりでさ。
極めつけは僕に福岡転勤の話が出たとき、いなくなって清々するとか言われて、大喧嘩。
それで、別れた」
懐かしむように、ふふっ、と小さく楠木さんが笑う。
彼にしてはだから大丈夫だと私の不安を取り払おうとしているつもりだろうが、どんどん不安は降り積もっていく。
なんだかんだ言って、いまだに楠木さんは小長井さんが好きなんじゃないか。
売り言葉に買い言葉でけんか腰になってしまうが、互いに気持ちを素直に伝えられていないだけじゃ。
「……帰る」
「麻里恵?」
カップを手に振り返った彼は、立ち上がった私を怪訝そうに見た。
「帰る」
足早に玄関へ向かう私を、彼が追ってくる。
「なんで怒ってるんだ?
怒らせるようなことをしたなら、あやまる」
「わからんのやろ?
わからんのなら、いい」
「麻里恵!」
肩を掴んで強引に振り向かされた。
完全に困惑しているのその顔に、ますます腹が立ってくる。
「離して。
もう私に、かまわんで」
その手を振り払い、外へ出た。
なんで、あんな顔をするの?
傷ついているのは私のほうなのに、……まるで、私が傷つけたみたいな顔を。
『麻里恵、ごめん。
僕が悪かったから、理由を聞かせてほしい』
自分の部屋のスピーカーからはぼそぼそと、楠木さんの声が聞こえていた。
『わからないんだ、なんで麻里恵が怒っているのか。
わからない僕が悪いのはわかっている。
だから、教えてほしい。
……麻里恵、聞いているよな?』
無言でスピーカーの電源を切った。
悪いのは私だってわかっている。
このもやもやとした、黒く渦巻く気持ちをちゃんと伝えないのだから。
でも、そんな気持ちをまったく彼が気づいてくれないのが、つらかった。
私がこれだけ彼を思っているからこんなにつらいのだというのに気づいてくれなくて、泣きたくなった。
「……なに、勘違いしてたっちゃろ」
ベッドの上で膝を抱えて丸くなる。
こんな女らしくない私なんて、好きになる男なんているはずがない。
ましてや、結婚などと。
だからといっていまさら、自分に嘘をついてまでお化粧をしてスカートを穿くなどできないが。
「……バカみたい」
楠木さんが私と結婚したいのは、償いで義務だから。
あとは、オタク趣味を隠さないでいいから。
それ以外に、理由なんてない。
「……社内恋愛とか、しなきゃよかった」
明日から会社に行きづらい。
あの日、彼をからかったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。
いまさらしても仕方ない後悔を、ひと晩中した。
もう食事も済んでいるし、そそくさと自分の部屋に引っ込もうとしたが、楠木さんに止められた。
「……なあ。
うち、寄っていかないか?」
らしくなく、ちょん、と私の袖を摘まみ、俯いて提案してくる。
「あー」
「……無理に、とは言わないけど」
迷っているあいだに降ってきたのは、さらにらしくない言葉だった。
いつもほぼ、決定事項なのに。
「……わかりました」
結局さっきは、なにも訊けなかった。
今度こそ、チャンスかも。
「座ってろ」
私をソファーに座らせ、彼はコーヒーを淹れはじめた。
「友佳子とは犬猿の仲なんだ。
本社でもいつも、喧嘩ばかりしていた」
ドリッパーにお湯を注ぎながら、独り言のように楠木さんが話す。
「でもその、なんでも気軽に言える関係がよくて、付き合ったりもしたんだが……」
びくん、と身体が大きく揺れた。
やっぱり噂は、本当だった。
帰り際のあれも、私の入り込む隙なんてないほど、ふたりは仲がよさそうに見えた。
「けどやっぱり、あのとおり衝突ばっかりでさ。
極めつけは僕に福岡転勤の話が出たとき、いなくなって清々するとか言われて、大喧嘩。
それで、別れた」
懐かしむように、ふふっ、と小さく楠木さんが笑う。
彼にしてはだから大丈夫だと私の不安を取り払おうとしているつもりだろうが、どんどん不安は降り積もっていく。
なんだかんだ言って、いまだに楠木さんは小長井さんが好きなんじゃないか。
売り言葉に買い言葉でけんか腰になってしまうが、互いに気持ちを素直に伝えられていないだけじゃ。
「……帰る」
「麻里恵?」
カップを手に振り返った彼は、立ち上がった私を怪訝そうに見た。
「帰る」
足早に玄関へ向かう私を、彼が追ってくる。
「なんで怒ってるんだ?
怒らせるようなことをしたなら、あやまる」
「わからんのやろ?
わからんのなら、いい」
「麻里恵!」
肩を掴んで強引に振り向かされた。
完全に困惑しているのその顔に、ますます腹が立ってくる。
「離して。
もう私に、かまわんで」
その手を振り払い、外へ出た。
なんで、あんな顔をするの?
傷ついているのは私のほうなのに、……まるで、私が傷つけたみたいな顔を。
『麻里恵、ごめん。
僕が悪かったから、理由を聞かせてほしい』
自分の部屋のスピーカーからはぼそぼそと、楠木さんの声が聞こえていた。
『わからないんだ、なんで麻里恵が怒っているのか。
わからない僕が悪いのはわかっている。
だから、教えてほしい。
……麻里恵、聞いているよな?』
無言でスピーカーの電源を切った。
悪いのは私だってわかっている。
このもやもやとした、黒く渦巻く気持ちをちゃんと伝えないのだから。
でも、そんな気持ちをまったく彼が気づいてくれないのが、つらかった。
私がこれだけ彼を思っているからこんなにつらいのだというのに気づいてくれなくて、泣きたくなった。
「……なに、勘違いしてたっちゃろ」
ベッドの上で膝を抱えて丸くなる。
こんな女らしくない私なんて、好きになる男なんているはずがない。
ましてや、結婚などと。
だからといっていまさら、自分に嘘をついてまでお化粧をしてスカートを穿くなどできないが。
「……バカみたい」
楠木さんが私と結婚したいのは、償いで義務だから。
あとは、オタク趣味を隠さないでいいから。
それ以外に、理由なんてない。
「……社内恋愛とか、しなきゃよかった」
明日から会社に行きづらい。
あの日、彼をからかったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。
いまさらしても仕方ない後悔を、ひと晩中した。
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