1 / 1
甘い失恋
しおりを挟む
「いままでお世話になりました。
ありがとうございました」
あたまを下げると拍手が起きた。
渡された花束を受け取り、職場をあとにする。
今日、私は二年間勤めた派遣先との契約を終えた。
「大変そうだな」
めり込みそうなほどの荷物を肩にかけ、どうにかもらった花束を抱えてエレベーターを待っていたら、梅原課長が私と並んで立つ。
「持つよ」
くいっとシルバーの眼鏡を押し上げ、梅原課長は私の腕からトートバッグを取った。
「ありがとうございます」
「いや」
エレベーターは一階から上昇をはじめたばかりで、私のいる五階にはまだまだ到着しそうにない。
「どうやって帰るんだ?」
荷物を持ち上げ、梅原課長は苦笑いをした。
「タクシーを拾おうと思っています」
花束と手に持つ荷物を少しだけ持ち上げ、私も苦笑いを返す。
「そうか、その方がいいな。
……槇村がいなくなると淋しくなる。
もっと長くいてもらいたかったが、会社の方針なら仕方ない。
残念だ」
「……ありがとうございます」
社交辞令でも、梅原課長が残念がってくれたのは嬉しい。
ここでの私の仕事が、認められた気がするから。
チン、とそのうちエレベーターが到着し、梅原課長とふたりで乗り込んだ。
この時間にしては珍しく、中はふたりっきり。
「次の職場は決まったのか」
じっと、前に立つ梅原課長の後ろ姿を見ていた。
トートバッグを持つ彼の左手薬指には指環が光っている。
「あっ、はい。
一応」
「そうか、よかったな。
槇村ならどこに行っても歓迎されるだろう」
ぴんと伸びた背筋、爽やかにセットされた黒髪。
二年間、見ていた後ろ姿。
……ああ、そうか。
明日からはこんなに憧れていたこの姿を、もう見られない。
「梅原課長」
「……」
「私は梅原課長が、……好き、でした」
「……」
梅原課長からの返事はない。
つい、口をついて出た言葉を後悔した。
こんなことを言わなければきっと、きれいな想い出で終われたのに。
チン、エレベーターが一階に到着し、扉が開く。
梅原課長が無言で私の荷物を持ったまま進んでいくから、私もそのあとを追う。
会社から出て、彼はタクシーを捕まえた。
「あの」
タクシーに乗り込み、なにか言わなきゃと口を開いたものの、なにを言っていいのかわからない。
「槇村」
不意に呼ばれ、顔を上げる。
瞬間、梅原課長の唇が私の唇に――触れた。
「最初で最後の浮気だからな」
眼鏡の奥で目尻が少しだけ下がり、梅原課長はくいっと眼鏡を上げた。
ドアがバタンと閉まり、タクシーは走りだす。
「梅原、課長……」
そっと唇に触れると、涙がひとしずくつーっと落ちていく。
――それは、酷く甘い失恋でした。
【終】
ありがとうございました」
あたまを下げると拍手が起きた。
渡された花束を受け取り、職場をあとにする。
今日、私は二年間勤めた派遣先との契約を終えた。
「大変そうだな」
めり込みそうなほどの荷物を肩にかけ、どうにかもらった花束を抱えてエレベーターを待っていたら、梅原課長が私と並んで立つ。
「持つよ」
くいっとシルバーの眼鏡を押し上げ、梅原課長は私の腕からトートバッグを取った。
「ありがとうございます」
「いや」
エレベーターは一階から上昇をはじめたばかりで、私のいる五階にはまだまだ到着しそうにない。
「どうやって帰るんだ?」
荷物を持ち上げ、梅原課長は苦笑いをした。
「タクシーを拾おうと思っています」
花束と手に持つ荷物を少しだけ持ち上げ、私も苦笑いを返す。
「そうか、その方がいいな。
……槇村がいなくなると淋しくなる。
もっと長くいてもらいたかったが、会社の方針なら仕方ない。
残念だ」
「……ありがとうございます」
社交辞令でも、梅原課長が残念がってくれたのは嬉しい。
ここでの私の仕事が、認められた気がするから。
チン、とそのうちエレベーターが到着し、梅原課長とふたりで乗り込んだ。
この時間にしては珍しく、中はふたりっきり。
「次の職場は決まったのか」
じっと、前に立つ梅原課長の後ろ姿を見ていた。
トートバッグを持つ彼の左手薬指には指環が光っている。
「あっ、はい。
一応」
「そうか、よかったな。
槇村ならどこに行っても歓迎されるだろう」
ぴんと伸びた背筋、爽やかにセットされた黒髪。
二年間、見ていた後ろ姿。
……ああ、そうか。
明日からはこんなに憧れていたこの姿を、もう見られない。
「梅原課長」
「……」
「私は梅原課長が、……好き、でした」
「……」
梅原課長からの返事はない。
つい、口をついて出た言葉を後悔した。
こんなことを言わなければきっと、きれいな想い出で終われたのに。
チン、エレベーターが一階に到着し、扉が開く。
梅原課長が無言で私の荷物を持ったまま進んでいくから、私もそのあとを追う。
会社から出て、彼はタクシーを捕まえた。
「あの」
タクシーに乗り込み、なにか言わなきゃと口を開いたものの、なにを言っていいのかわからない。
「槇村」
不意に呼ばれ、顔を上げる。
瞬間、梅原課長の唇が私の唇に――触れた。
「最初で最後の浮気だからな」
眼鏡の奥で目尻が少しだけ下がり、梅原課長はくいっと眼鏡を上げた。
ドアがバタンと閉まり、タクシーは走りだす。
「梅原、課長……」
そっと唇に触れると、涙がひとしずくつーっと落ちていく。
――それは、酷く甘い失恋でした。
【終】
13
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
優しい彼
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の彼は優しい。
……うん、優しいのだ。
王子様のように優しげな風貌。
社内では王子様で通っている。
風貌だけじゃなく、性格も優しいから。
私にだって、いつも優しい。
男とふたりで飲みに行くっていっても、「行っておいで」だし。
私に怒ったことなんて一度もない。
でもその優しさは。
……無関心の裏返しじゃないのかな。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
貴方なんか大嫌いです。
雪戸紬糸
恋愛
楡崎ひなの(24才)は、途中入社の新人事務員。高校卒業と同時に入った前の会社は、ブラックだった。なんとか抜け出して、今の会社にはいったはいいが、上司と反りが合わない。あんな毎日がお通夜みたいな顔をしてる上司と、まさかこんなことになるなんて思っても見なかった。すれ違いながらも、心を通わせていく二人を是非ご覧ください。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる