契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第12話 尚一郎と元カノ

3.尚一郎と万理奈

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ぼーっと、走る車の、窓の外を眺めていた。
尚一郎も車に乗ってからというものずっと、黙っている。

話を聞き終わって、このまま帰るか予定通り宿泊するか聞かれたが、気持ちを整理したくて帰ることにした。

帰りは少し休憩を入れたくらいで食事もしなかったのに、遅くに帰り着いたものの食欲は全くわかない。

「Gute Nacht(おやすみ)、朋香」

「……おやすみなさい」

今日は自分の部屋で、ひとりで寝る。
とにかくひとりになりたかった。

ばふんとベッドに寝ころぶと、今日一日のことがぐるぐると回る。

昨日、尚恭に聞いた話もかなりショックだったが、今日、尚一郎の口から語られた話はそれ以上に衝撃的だった。
 
それは尚一郎と万理奈が付き合っていたからか、それとも万理奈の親の、会社のせいなのかわからない。
もしかしたら、両方ということも考えられるが。

 
万理奈と尚一郎の交際に、当然、達之助は激怒した。
何度も別れるように通告されたが、尚一郎は無視して万理奈と付き合い続けた。
尚一郎にとって、万理奈と過ごす時間が唯一、幸せな時間だったから。

 
尚一郎が三年に上がった頃、万理奈と崇之の親の会社であるエルピス製薬が、複数の大学病院と癒着していると噂が立った。
社長は潔白だと会見を開いたものの、証拠を持っているという元社員や病院関係者まで現れる。

連日、ワイドショーやニュース番組を騒がしていたらしいが、当時まだ七歳だった朋香の記憶は薄い。

あっという間にエルピス製薬の株価は暴落。
万理奈の親は資金繰りに走り回るが、信用ががた落ちした会社に手を差し伸べる者などいない。

崇之は学校を去ることになり、尚一郎が援助を申し出るも断られる。

その際、喧嘩になったが、おまえとは対等な立場だと思ってたのに違うのかと崇之に云われ、自分の考えを恥じたと云っていた。

 
どん底のエルピス製薬にやがて、救いの手が現れる。

それがオシベだ。

ただし、条件は酷いものだった。

吸収合併という名の事実上の買収。
役員は全員解雇。
いままで得たノウハウも顧客もすべてオシベのものになってしまう。
それでも、従業員が救われるならいいと社長は考えたようだ。

しかし、最後の条件がどうしても飲めなかった。

それは、社長の娘――万理奈を、押部家に縁のある政治家に差し出すこと。

その政治家はロリコンで児童買春をしているのは公然の秘密になっている。
 

すべてが、云うことを聞かない尚一郎に対する、達之助の制裁だった。

いや、尚一郎への制裁にかこつけて急成長を続ける、目の上のたんこぶを取り除きたかっただけかもしれない。

事実、エルピス製薬は不正などやってなく、証拠はすべて捏造されたものだった。
エルピス製薬の潔白を証明する証言は、マスコミを操作してすべて消し去られた。

「尚一郎なんて好きにならなきゃよかった」

詫びる尚一郎に泣きながら万理奈が云った言葉は、いまも尚一郎の心に深く突き刺さっている。
すべてが自分のせいだと背負い込み、尚一郎と別れた万理奈は衰弱していく。
父親はそんな娘の姿に心を痛め、さらには再三の娘を差し出せとの達之助からの要求に精神を病み、……ついに。

娘を道連れに、焼身自殺を図る。

 
その当時、崇之と万理奈、そして母親は、母親の実家に身を寄せていた。

その日、崇之がアルバイト先から帰ると万理奈がいない。
尋ねると、父親が迎えにきたのだという。
 
悪い予感しかしない崇之は急ぎ、家に向かう。

そこで崇之が見たのは庭から立ち上る煙。

慌てて庭に行くと、なんともいえないにおいが立ちこめていた。

「万理奈!?」

ぺたりと座り込み、うつろな目をした万理奈は全身にやけどを負っていた。
そして、その視線の先にあるのは、かつて父親だったとおぼしき物体。

「あっ、あっ、あーーーっ!!!!!」

崇之の姿をその瞳に映したとたんに絶叫をほとばしらせ、万理奈は意識を失った。

 
そのあと、一度も万理奈は正気に戻ったことがないらしい。
ただ、尚一郎の姿を見ると、異常に怯えるのだという。

エルピス製薬はタダ同然でオシベに買われ、万理奈の面倒は押部家がみるようになり、尚一郎を家に縛り付ける。

その後、尚一郎は本気で女性と付き合うのを避けるようになった。
侑岐と恋人のフリをして女性を避け、一夜限りの関係以外は相手にしなくなる。

 
崇之の方は父親亡き後、かなりの苦労をして大学を卒業。
何食わぬ顔でオシベグループに就職していたそうだ。

尚一郎がオシベメディテックの社長に就任すると同時に秘書に抜擢。

崇之がいま、仕事と割り切って秘書をしているのか、友人としてなのか、それとも復讐を企んでのことかは尚一郎にはわからないらしい。
ただ、崇之が自分に復讐したいというなら、甘んじて受けるよ、と尚一郎は笑っていた。
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