79 / 129
第12話 尚一郎と元カノ
3.尚一郎と万理奈
しおりを挟む
ぼーっと、走る車の、窓の外を眺めていた。
尚一郎も車に乗ってからというものずっと、黙っている。
話を聞き終わって、このまま帰るか予定通り宿泊するか聞かれたが、気持ちを整理したくて帰ることにした。
帰りは少し休憩を入れたくらいで食事もしなかったのに、遅くに帰り着いたものの食欲は全くわかない。
「Gute Nacht(おやすみ)、朋香」
「……おやすみなさい」
今日は自分の部屋で、ひとりで寝る。
とにかくひとりになりたかった。
ばふんとベッドに寝ころぶと、今日一日のことがぐるぐると回る。
昨日、尚恭に聞いた話もかなりショックだったが、今日、尚一郎の口から語られた話はそれ以上に衝撃的だった。
それは尚一郎と万理奈が付き合っていたからか、それとも万理奈の親の、会社のせいなのかわからない。
もしかしたら、両方ということも考えられるが。
万理奈と尚一郎の交際に、当然、達之助は激怒した。
何度も別れるように通告されたが、尚一郎は無視して万理奈と付き合い続けた。
尚一郎にとって、万理奈と過ごす時間が唯一、幸せな時間だったから。
尚一郎が三年に上がった頃、万理奈と崇之の親の会社であるエルピス製薬が、複数の大学病院と癒着していると噂が立った。
社長は潔白だと会見を開いたものの、証拠を持っているという元社員や病院関係者まで現れる。
連日、ワイドショーやニュース番組を騒がしていたらしいが、当時まだ七歳だった朋香の記憶は薄い。
あっという間にエルピス製薬の株価は暴落。
万理奈の親は資金繰りに走り回るが、信用ががた落ちした会社に手を差し伸べる者などいない。
崇之は学校を去ることになり、尚一郎が援助を申し出るも断られる。
その際、喧嘩になったが、おまえとは対等な立場だと思ってたのに違うのかと崇之に云われ、自分の考えを恥じたと云っていた。
どん底のエルピス製薬にやがて、救いの手が現れる。
それがオシベだ。
ただし、条件は酷いものだった。
吸収合併という名の事実上の買収。
役員は全員解雇。
いままで得たノウハウも顧客もすべてオシベのものになってしまう。
それでも、従業員が救われるならいいと社長は考えたようだ。
しかし、最後の条件がどうしても飲めなかった。
それは、社長の娘――万理奈を、押部家に縁のある政治家に差し出すこと。
その政治家はロリコンで児童買春をしているのは公然の秘密になっている。
すべてが、云うことを聞かない尚一郎に対する、達之助の制裁だった。
いや、尚一郎への制裁にかこつけて急成長を続ける、目の上のたんこぶを取り除きたかっただけかもしれない。
事実、エルピス製薬は不正などやってなく、証拠はすべて捏造されたものだった。
エルピス製薬の潔白を証明する証言は、マスコミを操作してすべて消し去られた。
「尚一郎なんて好きにならなきゃよかった」
詫びる尚一郎に泣きながら万理奈が云った言葉は、いまも尚一郎の心に深く突き刺さっている。
すべてが自分のせいだと背負い込み、尚一郎と別れた万理奈は衰弱していく。
父親はそんな娘の姿に心を痛め、さらには再三の娘を差し出せとの達之助からの要求に精神を病み、……ついに。
娘を道連れに、焼身自殺を図る。
その当時、崇之と万理奈、そして母親は、母親の実家に身を寄せていた。
その日、崇之がアルバイト先から帰ると万理奈がいない。
尋ねると、父親が迎えにきたのだという。
悪い予感しかしない崇之は急ぎ、家に向かう。
そこで崇之が見たのは庭から立ち上る煙。
慌てて庭に行くと、なんともいえないにおいが立ちこめていた。
「万理奈!?」
ぺたりと座り込み、うつろな目をした万理奈は全身にやけどを負っていた。
そして、その視線の先にあるのは、かつて父親だったとおぼしき物体。
「あっ、あっ、あーーーっ!!!!!」
崇之の姿をその瞳に映したとたんに絶叫をほとばしらせ、万理奈は意識を失った。
そのあと、一度も万理奈は正気に戻ったことがないらしい。
ただ、尚一郎の姿を見ると、異常に怯えるのだという。
エルピス製薬はタダ同然でオシベに買われ、万理奈の面倒は押部家がみるようになり、尚一郎を家に縛り付ける。
その後、尚一郎は本気で女性と付き合うのを避けるようになった。
侑岐と恋人のフリをして女性を避け、一夜限りの関係以外は相手にしなくなる。
崇之の方は父親亡き後、かなりの苦労をして大学を卒業。
何食わぬ顔でオシベグループに就職していたそうだ。
尚一郎がオシベメディテックの社長に就任すると同時に秘書に抜擢。
崇之がいま、仕事と割り切って秘書をしているのか、友人としてなのか、それとも復讐を企んでのことかは尚一郎にはわからないらしい。
ただ、崇之が自分に復讐したいというなら、甘んじて受けるよ、と尚一郎は笑っていた。
尚一郎も車に乗ってからというものずっと、黙っている。
話を聞き終わって、このまま帰るか予定通り宿泊するか聞かれたが、気持ちを整理したくて帰ることにした。
帰りは少し休憩を入れたくらいで食事もしなかったのに、遅くに帰り着いたものの食欲は全くわかない。
「Gute Nacht(おやすみ)、朋香」
「……おやすみなさい」
今日は自分の部屋で、ひとりで寝る。
とにかくひとりになりたかった。
ばふんとベッドに寝ころぶと、今日一日のことがぐるぐると回る。
昨日、尚恭に聞いた話もかなりショックだったが、今日、尚一郎の口から語られた話はそれ以上に衝撃的だった。
それは尚一郎と万理奈が付き合っていたからか、それとも万理奈の親の、会社のせいなのかわからない。
もしかしたら、両方ということも考えられるが。
万理奈と尚一郎の交際に、当然、達之助は激怒した。
何度も別れるように通告されたが、尚一郎は無視して万理奈と付き合い続けた。
尚一郎にとって、万理奈と過ごす時間が唯一、幸せな時間だったから。
尚一郎が三年に上がった頃、万理奈と崇之の親の会社であるエルピス製薬が、複数の大学病院と癒着していると噂が立った。
社長は潔白だと会見を開いたものの、証拠を持っているという元社員や病院関係者まで現れる。
連日、ワイドショーやニュース番組を騒がしていたらしいが、当時まだ七歳だった朋香の記憶は薄い。
あっという間にエルピス製薬の株価は暴落。
万理奈の親は資金繰りに走り回るが、信用ががた落ちした会社に手を差し伸べる者などいない。
崇之は学校を去ることになり、尚一郎が援助を申し出るも断られる。
その際、喧嘩になったが、おまえとは対等な立場だと思ってたのに違うのかと崇之に云われ、自分の考えを恥じたと云っていた。
どん底のエルピス製薬にやがて、救いの手が現れる。
それがオシベだ。
ただし、条件は酷いものだった。
吸収合併という名の事実上の買収。
役員は全員解雇。
いままで得たノウハウも顧客もすべてオシベのものになってしまう。
それでも、従業員が救われるならいいと社長は考えたようだ。
しかし、最後の条件がどうしても飲めなかった。
それは、社長の娘――万理奈を、押部家に縁のある政治家に差し出すこと。
その政治家はロリコンで児童買春をしているのは公然の秘密になっている。
すべてが、云うことを聞かない尚一郎に対する、達之助の制裁だった。
いや、尚一郎への制裁にかこつけて急成長を続ける、目の上のたんこぶを取り除きたかっただけかもしれない。
事実、エルピス製薬は不正などやってなく、証拠はすべて捏造されたものだった。
エルピス製薬の潔白を証明する証言は、マスコミを操作してすべて消し去られた。
「尚一郎なんて好きにならなきゃよかった」
詫びる尚一郎に泣きながら万理奈が云った言葉は、いまも尚一郎の心に深く突き刺さっている。
すべてが自分のせいだと背負い込み、尚一郎と別れた万理奈は衰弱していく。
父親はそんな娘の姿に心を痛め、さらには再三の娘を差し出せとの達之助からの要求に精神を病み、……ついに。
娘を道連れに、焼身自殺を図る。
その当時、崇之と万理奈、そして母親は、母親の実家に身を寄せていた。
その日、崇之がアルバイト先から帰ると万理奈がいない。
尋ねると、父親が迎えにきたのだという。
悪い予感しかしない崇之は急ぎ、家に向かう。
そこで崇之が見たのは庭から立ち上る煙。
慌てて庭に行くと、なんともいえないにおいが立ちこめていた。
「万理奈!?」
ぺたりと座り込み、うつろな目をした万理奈は全身にやけどを負っていた。
そして、その視線の先にあるのは、かつて父親だったとおぼしき物体。
「あっ、あっ、あーーーっ!!!!!」
崇之の姿をその瞳に映したとたんに絶叫をほとばしらせ、万理奈は意識を失った。
そのあと、一度も万理奈は正気に戻ったことがないらしい。
ただ、尚一郎の姿を見ると、異常に怯えるのだという。
エルピス製薬はタダ同然でオシベに買われ、万理奈の面倒は押部家がみるようになり、尚一郎を家に縛り付ける。
その後、尚一郎は本気で女性と付き合うのを避けるようになった。
侑岐と恋人のフリをして女性を避け、一夜限りの関係以外は相手にしなくなる。
崇之の方は父親亡き後、かなりの苦労をして大学を卒業。
何食わぬ顔でオシベグループに就職していたそうだ。
尚一郎がオシベメディテックの社長に就任すると同時に秘書に抜擢。
崇之がいま、仕事と割り切って秘書をしているのか、友人としてなのか、それとも復讐を企んでのことかは尚一郎にはわからないらしい。
ただ、崇之が自分に復讐したいというなら、甘んじて受けるよ、と尚一郎は笑っていた。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる