契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第16話 新婚旅行へゴー!

2.カーテ

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食事に行くからと待っていた車に案内されたが、メルセデスのリムジンでくらくらした。

「……尚一郎さん。
お義母さんってなにされてる人なんですか?」

「ん?
ホテルの経営だけど。
いま僕たちが滞在してるホテルもだし、世界各地にいろいろと。
最近は古城ビジネスにも手を出してるみたいだけど」

そっと袖を引いて聞いてきた朋香に、尚一郎が苦笑いを浮かべる。

「……そうなんですね」

女性でもバリバリ働いているカーテが眩しく思えた。

そういえば侑岐だって、自分の会社を経営している。

なにもせずにただ、尚一郎に養われているだけの自分に朋香は劣等感を抱いていた。

「朋香?」

「なんでもないです」

心配そうに尚一郎が顔をのぞき込むので、精一杯笑顔を作って俯きかけた顔を上げる。

日本に帰ったら自分にできることをなにか探そう。
侑岐に相談してみてもいい。

そんなことを考えると、少し楽しみになってきた。


車は気が付けば、郊外を走っていた。
どんどん家がまばらになっていく。

「母さん?
どこまで行く気ですか」

「着くまで秘密よ」

向かい合って座るカーテがぱちんとウィンクすると、尚一郎の口から大きなため息が落ちた。

「僕たちにも予定があるんですよ」

「いいじゃない、二十年ぶりくらいの再会なんだから。
少しくらい付き合いなさいよ。
……朋香、飲み物はいかが?」

「いただきます」

備え付けの冷蔵庫からスパークリングワインを出すと、カーテはグラスに注いで渡してくれた。
受け取りながらさっき、カーテの言葉が引っかかっていた。
聞き間違いでなければ、二十年ぶりと云っていたような。

「尚一郎さん、いま……」

「……僕はね、十五のときに日本に渡ってから、一度もドイツに帰ってないんだよ」

困ったように笑う尚一郎に、先ほどからの違和感の正体がわかった気がする。

久しぶりの親子の対面とはいえ、酷くぎこちないように思えていた。

二十年も会っていなければ、それはそうだろう。

「尚恭はヨーロッパ出張の度に寄ってくれるのに、尚一郎は一度も寄ってくれないのよ。
こんな薄情な息子に育てた覚えはないんだけど」

「……母さん」

決まり悪そうに笑う尚一郎はどうも、カーテには勝てないらしい。


その後もカーテは幼い頃の尚一郎の話など語り続けた。

朋香の目から見て完璧で怖いものなどないような尚一郎だが、小さい頃はお化けが怖く、夜のトイレは必ず付いてきてもらっていたなど、新鮮で仕方ない。

気付けば車は、田舎町に入っていた。

「……ライン川下りでもしようっていうんですか」

尚一郎の視線が冷たい。
そういえばずいぶん長いこと、車に乗っていた気がする。

「それもいいけど、今日はいいわ。
それよりおなかぺこぺこ!
お昼にしましょう」

……はぁーっ。

にっこりと笑うカーテに、尚一郎の口から大きなため息が落ちた。


ホテルに着くと支配人に出迎えられた。
どうも、カーテが経営するホテルらしい。

食事はドイツ料理だったが、家でも時々出ていただけにかえって懐かしい感じがした。

「今日はここに泊まってちょうだい。
明日の予定はちゃんと立ててあるから」

ナプキンで口元を拭い、さもそれが当然とでもいうように笑うカーテを、じろりと尚一郎が睨む。

「用がすんだのならおいとましますよ。
僕たちはホテルを取ってありますので」

「心配しなくていいわ。
尚恭に頼んで全部、キャンセルしてもらったから」

「Was!?(なんだって!?)」

わずかに腰を浮かせた尚一郎だったが、あたまを抱えて座り直した。

「……だから母さんに関わるのは嫌なんだ」

……尚一郎が二十年、カーテに会わなかった理由が見えた気がした。
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