契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
105 / 129
第16話 新婚旅行へゴー!

3.母と息子

しおりを挟む
尚一郎を部屋に押し込むと強引に、カーテから散歩に連れ出された。

「朋香はまだ、ドイツ語が十分じゃないんですよ!
僕がいないと困るでしょう!」

「女同士の話があるのよ。
ダイジョウブネ、モンダイナイ」

「あなたと一緒だと、さらに問題があるんですよ!」

盛んに尚一郎は意見しているが、カーテは全く聞いてない。

「携帯持ってますから。
翻訳アプリがあるからたぶん大丈夫ですよ」

「僕も行きますよ!」

ドアの前までついてきた尚一郎だったが、一緒に出ようとしてドンと胸を強く押され、よろよろと部屋の中へと戻ってしまう。

「Tschuss(バイバイ),尚一郎」

いたずらっぽくカーテが手を振ると同時にバタンとドアが閉まった。

カーテは鍵をかけると近くにいた従業員に命じてソファーを運ばせ、その前に置いてしまう。

中からは尚一郎がドアをどんどんと叩く音が聞こえてくるが、少しも開く様子はない。

「これで邪魔者はいなくなったし。
行きましょう、朋香」

ぱちんとウィンクするカーテに、いいのかなーと思いながら朋香は引きずられていった。



「ここはワインが有名な街なのよ」

カーテに案内される街はいかにもヨーロッパという感じで、朋香をわくわくさせた。

さんざん歩いて、川沿いのホテルのカフェでお茶にする。
目の前にはライン川が広がっており、気持ちがいい。

「ありがとう、朋香。
尚一郎を連れてきてくれて」

突然、カーテに手を両手で握られて驚いた。

「私は別になにもしてないです」

確かにカーテに会いに行くのは渋っていたが、招待を受けて決めたのは尚一郎だったし、朋香は事後承諾に近かった。

「ううん。
朋香に出会ったから尚一郎の気持ちが変わって、会いに来てくれたんだと思う。
トモカ、アリガトウ」

「カーテさん……」

うっすらと涙を浮かべているカーテに、なんと言葉をかけていいのかわからない。

そもそも、どうして尚一郎はカーテにずっと、会わなかったのだろう。
尚恭は頻繁に会いに行っているようだが。

「私は尚一郎が日本に行けば、酷い目に遭うことがわかっていながら送り出したの。
愛する尚恭の頼みだったし、それに大親友の麻祐子がした最初で最後の頼みだから断れなかった。
きっと、尚一郎は私を恨んでいるわ」

「それは……」

ない、と云い切ろうとして言葉に詰まる。
自分ならきっと、送り出した親を恨んでいるだろう。
それに尚一郎からほとんど、カーテの話は聞いたことがない……が。

「そういえば尚一郎さん、カーテさんに就職祝いにもらったんだって車を大事にしてました。
なんだかそれが、嬉しそうでしたよ」

ただ恨んでいるだけなら、カーテに送られた車などとうに処分してしまっていただろう。

けれどあの少し年式の古いポルシェは、新車のようにぴかぴかに磨いてあった。

尚一郎の気持ちはわからないがきっと、恨みだけではないはずだ。

「ありがとう、朋香。
それが聞けただけで十分よ」

嬉しそうに笑うカーテに、胸が熱くなる。
なんだか自分まで泣きそうになって誤魔化すようにカップを口に運んだ……瞬間。

「母さん!
朋香を勝手に引っ張り回さないでくれますか!?」

「えっ」

後ろから抱きつかれ、落としそうになったカップを慌てて掴み直す。

「どうやって出てきたの?
あのソファーが動くはずないんだけど」

首を傾げるカーテに、朋香も同時に首を傾げる。
ドアの前に置いたソファーは、ふたりがかりで動かしていた。

「ドアから出られないなら、窓から出ましたが?」

「あそこ三階……」

「シーツや近くの植木を伝って出られましたよ」

なんでもないような顔を尚一郎はしているが、そういう問題じゃない気がする。

「Oh、Ninja!!」

「は?」

「はい?」

目をきらきらと輝かせ、両手を胸の前で堅く握り合わせたカーテが勢いよく立ち上がり、思わず尚一郎と顔を見合わせてしまう。

「尚一郎は日本で、忍者になったのね!
ファンタスティシェ!」

「忍者……」

つい、忍び装束で手裏剣を投げている尚一郎を想像してしまい、笑ってはいけないと思いつつも肩が震えてしまう。

「凄いわ、尚一郎!
どんな修行をしたの!?
詳しく聞かせて!」

「母さん……」

「……ぷっ」

大興奮のカーテに困り果てている尚一郎に、とうとう朋香は吹きだしてしまった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。

ねーさん
恋愛
 「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。  卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。  親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって─── 〈注〉 このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...