契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
125 / 129
最終話 契約書は婚姻届

3.和解条件

しおりを挟む
若園製作所はまだ、和解か徹底抗戦かで揉めていた。

「ほかの会社もいくつか、訴訟の準備を始めてる。
それに、元CEOは逮捕されたじゃないか!
徹底的に争うべきじゃないのか?」

「でもなー。
悪いのは元CEOで尚一郎社長は一度、うちを助けてくれたしなー」

「あれだって元々は、オシベが契約打ち切りを云ってきたからじゃないか!
それに、朋香さんと結婚が条件とか、無理難題云ってきやがって!」

そうだそうだと皆が頷いた。
あのときはむちゃくちゃな条件だと思ったがあとで、尚一郎が朋香に惚れてのことと聞かされると、少し嬉しくもあった。

それに、達之助から制裁を受けるのがわかっていながら、それでも尚一郎は自分と結婚したのだ。

そこまでしたのに、自分は幸せになる権利がないのだと簡単に朋香を手放す尚一郎に腹が立つ。

「あの!」

手を挙げた朋香に、全員の視線が集中した。

「こんな我が儘が許されるとは思いません。
それで、工場の今後が左右するんですから。
でも、和解の件、私の好きにさせてもらえないでしょうか」

シーンと静まりかえったあと、一拍置いてみんな我に返ったのか、ざわざわとし出す。
そのなかで代表するかのように明夫が手を挙げた。

「朋香はどうしたいんだ?」

「それは……」

朋香の次の言葉を待って全員がごくりとつばを飲み込む。
一度深呼吸すると、朋香は改めて口を開いた。

「和解を受け入れるのに、条件を付けたいの。
その条件の内容はいまはまだ云えないけど。
でも、私は……尚一郎さんを試したい」

「そんなことできるか!」

「徹底抗戦だ!」

「でも朋香さんには恩があるし……」

再びざわめく室内に、やはり受け入れられないのかと軽く落胆した。
きっと無理だろうとはわかっていたが、それでもやはり。

「まあまあ」

なだめる明夫の声にざわめきが止まる。

「ここは朋香に、任せてもらえないだろうか。
親莫迦で申し訳ないが、娘の望むことは叶えてやりたい。
それに、朋香には二度も工場を救われた。
あのとき、朋香がオシベ会長と結婚してくれたから、契約は続行され、融資も受けられた。
今回だって朋香のおかげで丸尾弁護士を雇えたんだ。
今度は我々が、朋香のためになにかする番じゃないだろうか」

「お父さん……」

明夫の気持ちが嬉しい。
個人的な事情を持ち出した朋香を援護してくれるなんて思わなかった。

「まあ、どっちに転んでも悪い結果じゃないですからね。
任せてもいいですが、条件はやはり、話してもらわないと」

徹底抗戦派の西井が、照れくさそうにポリポリと頬を掻きながら立ち上がる。
朋香としては人に云うのは酷く恥ずかしい条件なので、当日まで秘密にしておきたいが、やはりそうはいかないだろう。

「その。
……私との再婚が条件、です」

「はぁーっ!?」

一気にまた、室内がざわつき出す。

「朋香さん、この離婚で懲りてないんですか?」

「オシベの野郎と再婚したって幸せになれないですよ、それなら俺が」

「おまえなんかと結婚して幸せになれるか!
それより僕と」

「朋香ちゃん、騙されてない?」

口々に好き勝手云う職員たちに苦笑いしかできない。

「あの。
私、尚一郎さんにとても、とても、とても愛されてたんです。
だからきっと、これは尚一郎さんが望んだ離婚じゃないと思うから。
それに私は、尚一郎さんを絶対に幸せにするって誓った……から……」

「朋香……」

「朋香さん……」

「朋香ちゃん……」

最後の方は鼻声になっていて情けなくなる。
まだまだ、戦わなければいけないのだ。
こんなところで弱気になっていてはいけない。

「だから、もう一度結婚して、尚一郎さんを今度は私が幸せにするんです。
だからご協力、お願いします!」

努めて明るく振る舞うと、拍手が起きた。

「ありがとうございます」

自分の我が儘を聞いてくれる工場のみんなに、尚一郎じゃないが潰すことにならなくて本当によかったと思う。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

処理中です...