契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1話 契約継続条件は社長との結婚!?

6.契約書という名の婚姻届

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「は?」

「は?」

「は?」

「え?」

朋香からは見えないが、同じ一音だけを仲良く発し、固まっている男三人はきっと、間抜けな顔をしているに違いない。

朋香自身、なにを云われたのか理解できない。

ただひとり、押部は嬉しくてたまらないのか、にこにこと笑っている。

「ですから。
お嬢さんと僕の結婚が条件です」

……契約続行が私との結婚ってなに?

いまだに固まってる三人を無視して押部がさらに続ける。

「この条件がのめない場合は、いままでのお話は全てなかったことに。
当初の予定通り、若園製作所との契約は打ち切りということで」

「なんで私の結婚が条件なんですか!」

一番はじめに状況を理解した朋香が押部にくってかかるが、涼しい顔で笑われた。

「もう決まったことですので」

いや、なんで決まったの?
会社の大事な取り引き、そんなことで決めていいの?

「と、朋香。
落ち着け」

落ち着けと云いつつ、渇いたのどを潤そうと湯飲みを握った明夫の手は、中身がこぼれないか心配になるほど震えている。

西井にはいまだに状況が把握できない、というより把握することをあたまが拒否しているのか、宙に視線を泳がせている。

そっと服を引かれた気がして下を見ると、俯いたまま有森が小さな声で呟いた。


「朋香ちゃん。
こんなむちゃくちゃな条件、聞くことないから。
おじさんたちはおじさんたちでなんとかする」

「有森さん……」

有森とは朋香が生まれる前から家族ぐるみのつきあいだった。
もちろん、朋香も小さい頃から可愛がってもらっている。

父ですらまだ動揺している中、普段は口少ない有森からの言葉に、朋香は少しだけ冷静になった。

……私がこの男と結婚しなければ、有森さんたちは大変なことになる。

なんとかするといったって、開発一筋で人付き合いが苦手な有森に、すぐ次の就職先が見つかるとも思えない。
自分だってなかなか決まらずに、父の手伝いをしているくらいだ。

工場のおじさん、おばさんにはたくさんお世話になった。

去年入社した田中くんは彼女に赤ちゃんができて、結婚するんだと云っていた。

私がこの男と結婚さえすれば、全てが丸く収まる。


「わかりました。
あなたと結婚します」

「朋香?」

「朋香ちゃん?」

「朋香さん?」

明夫と西井はいまだにおろおろしていたが、有森は朋香の袖を引いて、それはいけないと静かに首を振ってくれた。
そんな有森を制して、朋香は僅かに笑って頷き返した。

「それでは契約書です」

目の前に置かれたのは婚姻届。
すでに夫の名前には押部尚一郎の名前が記載してある。
渡されたペンで、朋香は妻の欄に自分の名前を記入した。
促されて明夫も保証人の欄に記入する。

「ありがとうございます。
では、仕事関係の書類につきましては、改めて作らせていただきます。
ああ、本日は実家に帰られてかまいませんよ。
明日、改めてご挨拶かたがた迎えに参ります」

男というのはほんとに頼りにならないと思う。

明夫と西井はいまだに現実が受け入れられてないのか、ぼーっとしている。
ただひとり、有森は朋香にすまなそうな顔を見せ、心を痛ませた。

「では、また明日。
Meinマイン Schatzシャッツ

部屋を出る際、尚一郎に抱き寄せられた。
ちゅっ、唇にふれた柔らかいもの。

「あんたとなんかただの契約婚で、形だけなんだからー!」

「はいはい」

余裕で笑って手を振る尚一郎に腹が立つ。

勢いで決めて後悔することが多い人生だったが、これが一番の後悔かもしれない。
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