契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3話 ひとりっきりのお城

6.愛していると囁いて

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食堂からリビングに場所を移すと、今朝と同じで膝の上に座らせられた。
抵抗したものの下ろしてはもらえず、仕方なくおとなしくする。

尚一郎といえば、朋香に時々口付けを落としながら、タブレットをずっと見ている。

「……尚一郎、さん」

「なに?」

視線はタブレットに向いたまま、ちゅっと額に口付けられた。
そういうのははっきり云ってムカつく。

「私はいったい、なにをすれば?」

「ここにいてくれればいいけど?」

不思議そうに尚一郎の首が傾く。

「朋香は僕に、ただ可愛がられてればいいんだよ」

「は?」

意味がわからない。

そういえば今朝も、
「可愛がられるためだけにいればいい」
とかなんとか云っていた気がする。

困惑していると、尚一郎は朋香の手を掴み、自分の首に回させた。

「このままぎゅっと……」

「首を絞めていいということですか?」

半ば本気で聞くと、一瞬、驚いた顔をした尚一郎だったが、次の瞬間おかしそうにくつくつと笑い出した。

「怖いことを云うね、朋香は。
まあ、朋香に殺されるっていうなら、それはそれである意味本望だけどね」

そっと手が髪を撫で、唇が額にふれる。
笑っているけれど、どことなく淋しそうな尚一郎に、一瞬、胸がずきんと痛んだ。

「僕を抱きしめてくれるかな。
それで、『愛してる』って囁いて。
嘘でかまわないから」

「嫌ですよ、そんな」

好きでもない相手に、そんなことを冗談でも云いたくない。
尚一郎の首に回された腕をほどき、膝から飛び降りようとしたが、逃げられないように抱きしめられてしまった。

「ダメかい?」

肩に載っている尚一郎の見えない顔からは、泣きそうな声。
まるで母に縋る幼子のような尚一郎に、朋香はなにも云えなくなってしまった。

「……うん。
朋香が嫌がることはしたくないからね。
Verzeihungフェアツァイウング.……Ichイッヒ liebeリーベ dlchディッヒ.Duドゥ bistビスト meinマイン Shatztシャッツ

耳元でぼそぼそと囁かれた言葉の意味はわからない。
かろうじて、「マインシャッツ」とだけは聞き取れた。

顔を離すと、泣き出しそうに歪んだ目が、レンズの向こうから朋香を見ている。
唇に口付けを落とすと、尚一郎は朋香を膝から下ろした。

「今日はもう、休むといいよ。
明日は少し、出かけよう。
お休み、Mein Schatz」
 
これ以上、追求させないかのように、眼鏡の奥の目がにっこりと笑い、仕方なく部屋を出る。

自分の部屋に戻ると、尚一郎のことが喉に刺さった魚の骨のように、朋香の胸に引っかかっていた。
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