契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4話 義実家って面倒臭い

4.祖父と祖母

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気まずい空気の中、お膳が運ばれてくる。
どうも、懐石料理らしい。

「今日、呼んだのはそこの女のことだ」

老爺の云い様にかちんときたが、聞かなかったことにして箸を運ぶ。

「儂の許可なく、勝手にその女と結婚したらしいな」

「はい」

箸を置いた尚一郎が姿勢を正した。

「それがどうかいたしましたか」

先ほどまでの従順な態度と違い、尚一郎はまるでふれただけで切れてしまいそうなほど、冷酷な目で老爺を見ている。

「その女はしがない町工場の娘だそうじゃないか。
しかも、おまえが切り捨て損ねた」

「若園製作所を切り捨てるなど、我が社にとって損害でしかありません。
それがおわかりにならないと?」

うっすらと笑った尚一郎に、老爺がぐぅっと喉を詰まらせた。

「それに、先ほどからその女などと失礼な。
私の妻には朋香という立派な名前があります」

「うるさい!
おまえが儂に逆らうなど許されると思ってるのか!」

がつっ、尚一郎の眼鏡に皿が当たって落ちる。
投げつけた老爺は顔を真っ赤にしてぶるぶると震えていた。
対照的に尚一郎は、顔を伝い落ちる煮物の汁すら気にせずに眼鏡の位置をなおしただけ。

「私をいくら侮辱されようとかまいませんが、朋香を侮辱することはいくらCEOでも許しません」

「うるさい!
うるさい、うるさい!
こんな結婚、認めないからな!
おまえは、侑岐と結婚すると決まっておる!」

興奮して口から唾を飛ばしながら怒鳴り散らしている老爺は、CEOと呼ばれているのできっと、尚一郎の祖父なのだろう。

そうなると横に座っている老婆は祖母なのだろうが、こんな状況でも淡々と食事を続けていて、朋香は薄ら寒いものを感じた。

「日本では重婚が認められるのですか?
申し訳ありません、私はまだ、日本のことを不勉強なようで。
……だとしても、朋香以外の女性を妻に迎える気はありませんが」

「黙れ、尚一郎!
だいたいおまえなど……うっ!」

わざとらしくとぼけてみせた尚一郎に、老爺はさらに怒鳴ろうとした……が。

バタン!

大きな音がして、一瞬、目の前で起こったことが理解できなかった。

老爺は急に白目をむいて、後ろ向きに倒れてしまったから。

「えっ!?」

ぐっと堪えてことを成り行きを見守っていた朋香だが、慌てて立ち上がろうとしたら尚一郎に止められた。

「行こう、朋香」

「えっ、あっ、あれ、いいんですか?」

尚一郎に手を引っ張られ、無理矢理立たされて一歩踏み出した瞬間。

「……これだから外人は」

老爺が倒れても黙々と食事を続けていた老婆がぼそりと呟いたのが聞こえてぞっとした。
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