28 / 129
第4話 義実家って面倒臭い
7.尚一郎の事情
しおりを挟む
部屋に戻るとすでに、尚一郎は浴衣になっていた。
別の離れで風呂をすませてきたようだ。
「よく似合ってる」
尚一郎の、眼鏡の奥の目がまぶしそうに細くなり、頬が熱くなった気がした。
でも、これはきっと、お風呂上がりでのぼせてるからで。
冷蔵庫から出した冷たい水を飲みながら、朋香はどきどきと早い心臓の鼓動を落ち着けた。
「夕飯まで少し時間があるから、散歩しようか」
尚一郎に手を引かれて庭に出る。
振り払うとおかしそうにくつくつと笑われた。
並んで黙ってしばらく歩く。
……なにか話した方がいいんだろうか。
聞きたいことはたくさんある。
でも、聞いていいのかわからない。
「朋香は僕が、ドイツ人ハーフだってことはもう知ってるよね」
「は、はい」
唐突に口を開いた尚一郎に慌てて返事をすると、くすりと小さく笑われた。
「僕はCOO……久しぶりに、父とでも呼んでみようか」
父、そう云うときの尚一郎は、明夫をお義父さんと呼ぶときと違い、酷く他人行儀だ。
「僕はね、父が留学中に知り合った、ドイツ人の母との間の子供なんだ。
母の妊娠がわかったのは父が帰国してから。
母は父の、ああいう家の事情は知っていたし、だから黙って僕を産んだんだ。
けど、父はそれを知って、名前を送ってくれた。
尚恭__なおたか__#の第一子で尚一郎。
父の精一杯だったんだと思う。
そういう事情は理解してたから、ドイツで暮らしてた頃は幸せだったよ」
朋香の視線に気付くと尚一郎がふふっと笑った。
けれどそれは、酷く淋しそうで、朋香の胸がずきんと痛んだ。
「十五の春、日本に来ることになった。
父がCEOの命で結婚した相手が、子供を産まないまま亡くなったから。
跡取りとして引き取られることになったんだよ。
父に会える、期待に胸を膨らませて日本に来たけど、現実は違ってた」
東屋に差し掛かり、尚一郎が座って手招きするので、少し離れて腰を下ろす。
「Nein、朋香。
隣においで」
少し躊躇したが、淋しそうな尚一郎に隣に座り直す。
そっと、手を握られた。
振り払おうか悩んでいると、指を絡めてくる。
尚一郎は明らかに弱っていて、ただ黙ることしかできなかった。
「着いて早々連れて行かれたのはあの屋敷で、ここで、ひとりで生活するんだって云われた。
父はいつまでたっても会いに来てくれない。
自分から会いに行こうとしたけれど、本邸には呼ばれない限り入ってはいけないって云われた」
きゅっ、尚一郎の手に僅かに力が入る。
俯いてる尚一郎からは表情が窺えない。
「裏切られたと思ったよ。
それからも会社で、上司と部下として会うときを除くと、父とは数えるほどしか会ったことがない。
さらにはあの人たちだ。
自分たちの跡を、誰とも知れない外国人の血を引く僕が継ぐのが、許せないらしい」
くっくっくっ、おかしそうに喉の奥で笑う尚一郎の声は、自嘲しているようにしか聞こえない。
「ごめんね、朋香。
こんな僕に選ばれてきっと苦労させると思うけど。
でも、僕はどうしても朋香がいいんだ。
……Verzeihen Sie bitte(ごめんね)」
泣き出しそうな尚一郎の声に胸がずきずき痛む。
……けれど。
「あの、……どうして私がいいんですか?」
契約継続の条件に、朋香との結婚を持ち出してきたときから疑問だった。
あの、祖父の態度。
朋香と結婚すれば、責められることは最初からわかっていたはず。
それに、「無理を通した」とか「切り捨て損ねた」とか。
「それはね。
……内緒だよ」
そっと尚一郎の手が肩に載ったかと思ったら、唇が重なった。
いつもはふれるだけなのに、今日ははむ、と一度だけ、軽く喰まれた。
「……」
ジト目で睨むと尚一郎は笑っている。
結局また、誤魔化されてしまった。
別の離れで風呂をすませてきたようだ。
「よく似合ってる」
尚一郎の、眼鏡の奥の目がまぶしそうに細くなり、頬が熱くなった気がした。
でも、これはきっと、お風呂上がりでのぼせてるからで。
冷蔵庫から出した冷たい水を飲みながら、朋香はどきどきと早い心臓の鼓動を落ち着けた。
「夕飯まで少し時間があるから、散歩しようか」
尚一郎に手を引かれて庭に出る。
振り払うとおかしそうにくつくつと笑われた。
並んで黙ってしばらく歩く。
……なにか話した方がいいんだろうか。
聞きたいことはたくさんある。
でも、聞いていいのかわからない。
「朋香は僕が、ドイツ人ハーフだってことはもう知ってるよね」
「は、はい」
唐突に口を開いた尚一郎に慌てて返事をすると、くすりと小さく笑われた。
「僕はCOO……久しぶりに、父とでも呼んでみようか」
父、そう云うときの尚一郎は、明夫をお義父さんと呼ぶときと違い、酷く他人行儀だ。
「僕はね、父が留学中に知り合った、ドイツ人の母との間の子供なんだ。
母の妊娠がわかったのは父が帰国してから。
母は父の、ああいう家の事情は知っていたし、だから黙って僕を産んだんだ。
けど、父はそれを知って、名前を送ってくれた。
尚恭__なおたか__#の第一子で尚一郎。
父の精一杯だったんだと思う。
そういう事情は理解してたから、ドイツで暮らしてた頃は幸せだったよ」
朋香の視線に気付くと尚一郎がふふっと笑った。
けれどそれは、酷く淋しそうで、朋香の胸がずきんと痛んだ。
「十五の春、日本に来ることになった。
父がCEOの命で結婚した相手が、子供を産まないまま亡くなったから。
跡取りとして引き取られることになったんだよ。
父に会える、期待に胸を膨らませて日本に来たけど、現実は違ってた」
東屋に差し掛かり、尚一郎が座って手招きするので、少し離れて腰を下ろす。
「Nein、朋香。
隣においで」
少し躊躇したが、淋しそうな尚一郎に隣に座り直す。
そっと、手を握られた。
振り払おうか悩んでいると、指を絡めてくる。
尚一郎は明らかに弱っていて、ただ黙ることしかできなかった。
「着いて早々連れて行かれたのはあの屋敷で、ここで、ひとりで生活するんだって云われた。
父はいつまでたっても会いに来てくれない。
自分から会いに行こうとしたけれど、本邸には呼ばれない限り入ってはいけないって云われた」
きゅっ、尚一郎の手に僅かに力が入る。
俯いてる尚一郎からは表情が窺えない。
「裏切られたと思ったよ。
それからも会社で、上司と部下として会うときを除くと、父とは数えるほどしか会ったことがない。
さらにはあの人たちだ。
自分たちの跡を、誰とも知れない外国人の血を引く僕が継ぐのが、許せないらしい」
くっくっくっ、おかしそうに喉の奥で笑う尚一郎の声は、自嘲しているようにしか聞こえない。
「ごめんね、朋香。
こんな僕に選ばれてきっと苦労させると思うけど。
でも、僕はどうしても朋香がいいんだ。
……Verzeihen Sie bitte(ごめんね)」
泣き出しそうな尚一郎の声に胸がずきずき痛む。
……けれど。
「あの、……どうして私がいいんですか?」
契約継続の条件に、朋香との結婚を持ち出してきたときから疑問だった。
あの、祖父の態度。
朋香と結婚すれば、責められることは最初からわかっていたはず。
それに、「無理を通した」とか「切り捨て損ねた」とか。
「それはね。
……内緒だよ」
そっと尚一郎の手が肩に載ったかと思ったら、唇が重なった。
いつもはふれるだけなのに、今日ははむ、と一度だけ、軽く喰まれた。
「……」
ジト目で睨むと尚一郎は笑っている。
結局また、誤魔化されてしまった。
21
あなたにおすすめの小説
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった
九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる