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第1章 呼び出しは突然に
3. トラブル解決係の私
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翌日、昨日のことなんて忘れて仕事に集中した。
「笹岡さん、これ、発送先間違ってたみたい。
どうにかしといて」
「わかりました」
笑顔を貼り付け、妹尾さんからファイルを受け取る。
時間的に荷物はまだ、倉庫を出ていない。
指示書を打ち直しながら、倉庫の担当に電話を入れた。
毎度のことに嫌みを言われ、ただただ謝る。
電話を切ると同時に変更の済んだ指示書を送信し、ほっと息をついたのも束の間。
「笹岡さん、荒田主任に頼まれてたサンプル、取り寄せるの忘れてたんだけど」
今度は寺坂さんにファイルを渡され、引きつった笑顔で受け取る。
「大至急で取り寄せます」
「よろしくー」
寺坂さんがいなくなったかと思うと今度は、高来課長がちょいちょいと手招きしていた。
「なにか御用でしょうか」
「大丈夫?
僕、手伝おうか」
心配そうにそう聞いてくれるだけでありがたい。
でも今日はまだ、許容範囲内だ。
「手に負えなくなったらお願いします」
「うん、無理しないでね」
困ったように高来課長が笑い、私も笑い返すしかできなかった。
席に戻り、一度下を向いて大きく息を吐きだす。
二課は営業部の中でトラブルメーカーだ。
常に小さなトラブルが絶えない。
なのに大卒で入社し、新人研修が終わって配属された当時、高来課長を除いて誰も解決の仕方を教えてくれなかった。
お陰で鍛えられ、一年がたったいまではトラブル解決のプロになっている。
そのせいで仕事を押しつけられることが増えたのは腹立たしい。
しかも、断れない自分の性格がもっと嫌になる。
けれど高来課長が上手に仕事を采配し、私の負担を減らしてくれているので、まあやっていけている。
お昼休み終了間近、秘書室チーフの新海さんと話している片桐課長を見ながら、はぁーっとため息が漏れた。
新海さんといえば最近、片桐課長に告白したって噂だけど。
……どうしよ、これ。
開けた引き出しの中にはポチ袋が入っている。
昨日のタクシー代のお釣りは、素直にもらっておくには気が引ける額だった。
ポチ袋に入れて持ってきたものの、どうやって返していいか悩む。
そもそも、私から片桐課長に話しかけるなんて怖くてできないし、下手に声をかけて他の女性に睨まれるのも怖い。
「ほんと、どうしよう」
はぁっ、また短くため息をついて引き出しを閉める。
少し考えてSNS、NYAINの画面を立ち上げた。
NYAINは社員の連絡ツールとしてうちの会社では導入されている。
……えっと。
【お渡ししたい物がありますので、少しお時間よろしいでしょうか】
私がエンターキーを押すと、まだ新海さんと話していた片桐課長は断って、胸ポケットから携帯を出した。
「ちょっと用ができたから。
わるい」
にこやかに片桐課長が去っていき、新海さんも渋々ながら営業部を出ていった。
それからさほどたたないうちに、ピコピコとポップアップが上がり、メッセージの到着を告げる。
【いますぐ、屋上】
引き出しの中からポチ袋を取りだして屋上へと急いだ。
ドアを開けてきょろきょろと見渡す。
すぐに壁に寄りかかっていた片桐課長がこちらへと向かってきた。
「渡したい物って、なんだ」
眼鏡の影になっている眉間にはしわが刻まれている。
それに若干、不機嫌そうな声に身が竦んだ。
「その。
昨日のお釣りをお返ししたくて」
両手で捧げるようにポチ袋を差し出す。
一拍の間があって片桐課長はそれを受け取った。
「返さねーでいいって言ったのに。
って、お前はそういう奴だよな」
目を細め、目尻を下げて嬉しそうに笑われると、眩しくて困る。
「ん、わかった。
受け取っとく。
それと」
言葉を切り片桐課長はその高い背を屈め、ぐいっと私へと顔を近づけた。
近くで見ると右目尻にふたつ、黒子が横に並んでいて、そういうのは凄くセクシーだ。
「会社携帯に私的メッセージ送ってくんの、禁止。
俺の個人アカウント教えてやるから、こっちにNYAINしてこい」
私から顔を離し片桐課長はスラックスのポケットから携帯を取りだした、が。
「あ、あの。
私、ガラケーなんでNYAIN、できないんですが……」
「は?」
信じられないものでも見るかのように片桐課長の、眼鏡の奥の目が、その眼鏡の幅と同じくらい見開かれる。
「嘘だろ」
「嘘じゃないです」
以前はスマホだったけれど。
あれはない方がいいと結論を出した。
多少不便でも精神衛生的に、ガラケーの方がいい。
「あー、じゃあメール……ってキャリアメールなんてめったに使わないから、アドレスなんだっけ……って面倒だ!」
あたまを掻きながらぶつぶつ言っていた片桐課長だが、いきなりぐいっとまた私に顔を近づけてくる。
「わかった。
携帯番号を教えてやる。
SMSを使え。
俺もそうする」
「わかり……ました」
私が返事をすると、片桐課長は満足したかのように顔を離して頷いた。
携帯番号を交換しながらふと思う。
私としてはもう片桐課長に関わることなんてないと思っていたが、これはもしかしてこれからもなにかあるということなんだろうか……?
「笹岡さん、これ、発送先間違ってたみたい。
どうにかしといて」
「わかりました」
笑顔を貼り付け、妹尾さんからファイルを受け取る。
時間的に荷物はまだ、倉庫を出ていない。
指示書を打ち直しながら、倉庫の担当に電話を入れた。
毎度のことに嫌みを言われ、ただただ謝る。
電話を切ると同時に変更の済んだ指示書を送信し、ほっと息をついたのも束の間。
「笹岡さん、荒田主任に頼まれてたサンプル、取り寄せるの忘れてたんだけど」
今度は寺坂さんにファイルを渡され、引きつった笑顔で受け取る。
「大至急で取り寄せます」
「よろしくー」
寺坂さんがいなくなったかと思うと今度は、高来課長がちょいちょいと手招きしていた。
「なにか御用でしょうか」
「大丈夫?
僕、手伝おうか」
心配そうにそう聞いてくれるだけでありがたい。
でも今日はまだ、許容範囲内だ。
「手に負えなくなったらお願いします」
「うん、無理しないでね」
困ったように高来課長が笑い、私も笑い返すしかできなかった。
席に戻り、一度下を向いて大きく息を吐きだす。
二課は営業部の中でトラブルメーカーだ。
常に小さなトラブルが絶えない。
なのに大卒で入社し、新人研修が終わって配属された当時、高来課長を除いて誰も解決の仕方を教えてくれなかった。
お陰で鍛えられ、一年がたったいまではトラブル解決のプロになっている。
そのせいで仕事を押しつけられることが増えたのは腹立たしい。
しかも、断れない自分の性格がもっと嫌になる。
けれど高来課長が上手に仕事を采配し、私の負担を減らしてくれているので、まあやっていけている。
お昼休み終了間近、秘書室チーフの新海さんと話している片桐課長を見ながら、はぁーっとため息が漏れた。
新海さんといえば最近、片桐課長に告白したって噂だけど。
……どうしよ、これ。
開けた引き出しの中にはポチ袋が入っている。
昨日のタクシー代のお釣りは、素直にもらっておくには気が引ける額だった。
ポチ袋に入れて持ってきたものの、どうやって返していいか悩む。
そもそも、私から片桐課長に話しかけるなんて怖くてできないし、下手に声をかけて他の女性に睨まれるのも怖い。
「ほんと、どうしよう」
はぁっ、また短くため息をついて引き出しを閉める。
少し考えてSNS、NYAINの画面を立ち上げた。
NYAINは社員の連絡ツールとしてうちの会社では導入されている。
……えっと。
【お渡ししたい物がありますので、少しお時間よろしいでしょうか】
私がエンターキーを押すと、まだ新海さんと話していた片桐課長は断って、胸ポケットから携帯を出した。
「ちょっと用ができたから。
わるい」
にこやかに片桐課長が去っていき、新海さんも渋々ながら営業部を出ていった。
それからさほどたたないうちに、ピコピコとポップアップが上がり、メッセージの到着を告げる。
【いますぐ、屋上】
引き出しの中からポチ袋を取りだして屋上へと急いだ。
ドアを開けてきょろきょろと見渡す。
すぐに壁に寄りかかっていた片桐課長がこちらへと向かってきた。
「渡したい物って、なんだ」
眼鏡の影になっている眉間にはしわが刻まれている。
それに若干、不機嫌そうな声に身が竦んだ。
「その。
昨日のお釣りをお返ししたくて」
両手で捧げるようにポチ袋を差し出す。
一拍の間があって片桐課長はそれを受け取った。
「返さねーでいいって言ったのに。
って、お前はそういう奴だよな」
目を細め、目尻を下げて嬉しそうに笑われると、眩しくて困る。
「ん、わかった。
受け取っとく。
それと」
言葉を切り片桐課長はその高い背を屈め、ぐいっと私へと顔を近づけた。
近くで見ると右目尻にふたつ、黒子が横に並んでいて、そういうのは凄くセクシーだ。
「会社携帯に私的メッセージ送ってくんの、禁止。
俺の個人アカウント教えてやるから、こっちにNYAINしてこい」
私から顔を離し片桐課長はスラックスのポケットから携帯を取りだした、が。
「あ、あの。
私、ガラケーなんでNYAIN、できないんですが……」
「は?」
信じられないものでも見るかのように片桐課長の、眼鏡の奥の目が、その眼鏡の幅と同じくらい見開かれる。
「嘘だろ」
「嘘じゃないです」
以前はスマホだったけれど。
あれはない方がいいと結論を出した。
多少不便でも精神衛生的に、ガラケーの方がいい。
「あー、じゃあメール……ってキャリアメールなんてめったに使わないから、アドレスなんだっけ……って面倒だ!」
あたまを掻きながらぶつぶつ言っていた片桐課長だが、いきなりぐいっとまた私に顔を近づけてくる。
「わかった。
携帯番号を教えてやる。
SMSを使え。
俺もそうする」
「わかり……ました」
私が返事をすると、片桐課長は満足したかのように顔を離して頷いた。
携帯番号を交換しながらふと思う。
私としてはもう片桐課長に関わることなんてないと思っていたが、これはもしかしてこれからもなにかあるということなんだろうか……?
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