清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第八章 この一時だけでも

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次の日も精力的に仕事をこなす。
李さんは頭を切り替えたらしく、完全にビジネスになっていた。
そういうところ、凄いなって思う。

夕方からのパーティにあわせて、一度ホテルに帰って着替える。

「それも健太が作ってくれたのか?」

「おかしいですか……?」

ピンクの立ち襟ドレスは私の予算から相談して古着を買い、いつものように健太にカスタムしてもらった。

「いや?
素人が作ったなんて全然わからないし、それに」

言葉を切った彼が、するりと私の頬を撫でる。

「……よく清子に似合ってる」

眼鏡の向こうで目を細め、うっとりと彪夏さんが私を見ていて、心臓の高鳴りが止まらない。
こうやってますます私を惑わすのはやめてほしい。
しかしそれが、彼の策略なんだろうけれど。

パーティは海外も日本も大きく変わらない。
ここでも彪夏さんは、相変わらず女性に囲まれていた。
通訳はもちろん、李さんがしてくれている。
李さんといい、こちらの女性から見ても彼は顔がいいのか、それともその地位故か。
女性だけじゃなく、私と同じ歳くらいの子供がいそうな歳の男性も気にしているみたいだし、地位かもね。

「清子」

「はい」

呼ばれて彪夏さんの隣に並ぶ。
すぐにぐいっと彪夏さんから腰を抱き寄せられた。

「彼女は私の秘書ですが、婚約者でもあるんです。
公私ともに支えてもらっています」

李さんがそのとおり女性たちに伝える。
途端に女性たちは落胆していたし、回りで聞き耳を立てていた人たちも同様だった。

「腹が減った。
なんか食べるだろ」

「そうですね……」

女性たちが散っていったタイミングで私の腕を取り、彪夏さんは料理のテーブルへと向かっていく。
李さんも一緒に着いてきた。

「ほら」

「ありがとうございます」

差し出されたお皿を、素直に受け取る。
今日はお行儀よく、三種類ほどを少量ずつ盛った。

「なんだ、それだけでいいのか」

「……いいんですよ」

私のお皿を見て彪夏さんは不思議そうだが、私だって少しくらい気にするんですよ。

「清子を連れてきて正解だったな」

「いつもあれだなんて御子神社長も大変ですね」

物憂げに李さんはため息をついているが、あなたも昨日は彼女たちと一緒でしたが?
それでも、こちらの女性たちはそんなの関係ない、なんていう人はいないみたいなので日本よりはマシだ。

いつものようにふたり……今日は三人並んで料理をつついていたら、不意に会場がどよめいた。

「……来たか」

私と李さんの分と一緒に、近くにいたボーイに彪夏さんがお皿を押しつける。
会場に入ってきたのは、台湾大手ホテルチェーンの、会長だった。

「いくぞ」

「はい」

大きな歩幅で急ぐように歩く彼を、半ば走って追う。
そのホテルチェーンには以前から業務提携の打診をしていたが、返事はいつも素っ気ない。
ろくに調べず、格安航空会社だからと下に見られているようにさえ感じていた。
それで今日のパーティに会長が出席すると知り、彪夏さんは直接彼と顔を繋ごうと計画したのだ。

「お初にお目にかかります、チェリー航空で社長をしている御子神と申します」

彪夏さんの隣に立ち、通訳する李さんは緊張しているように見えた。
彼女もやはり、ここが正念場だとわかっているのだろう。

「チェリー航空……?」

彪夏さんの父親ほどの年齢に見える彼は、初めて聞く名前だといった感じだ。

「はい。
桜花航空系列の、LCCです」

「ああ、桜花航空さんの!
で、系列の社長さんがなんのご用ですか?」

ろくにこちらの話を聞いてくれない窓口担当とは違い、会長さんは話を聞く気になってくれたようで、ほっとした。

「実はこのたび、台湾航路の就航が決まりまして」

「それはおめでとうございます」

「それで……」

こちらのホテルと業務提携し、宿泊の斡旋をしたいこと。
すでに日本国内でも同様の業務をしており、実績はあること。
李さんは慎重に言葉を選び、通訳しているように感じた。

「それは面白いお話ですね。
今度、ゆっくりお話できますか」

「はい、もちろんです!」

みるみる彪夏さんの顔が輝いていく。

「では、これで」

「本日は話を聞いていただき、ありがとうございました」

握手を交わし、会長が去っていく。
去り際、目のあった彼の秘書が、小さく私に頭を下げる。
会長が離れたところで別の人と話をしだしてようやく、彪夏さんは息をついた。

「やっと一歩、進めたかな」

「そうですね」

彪夏さんが私たちに笑いかける。

「それもこれも、清子のおかげだ」

「いえ、私なんて」

どうにかして彼に会えないか、ひたすら探した。
その中で大学時代に仲のよかった台湾からの留学生が、会長の秘書とオタク仲間なのを掴み、秘書との取り次ぎを頼んだのだ。
秘書は面会は無理だが、このパーティに出席するので話くらいはできるかもしれないと教えてくれた。
それで、この程度のパーティなら花でも贈って済ませてもいいのだが、出席することにした。
ただし、件の秘書からは情報料として日本限定のアニメフィギアを要求されたが。
それを聞いた彪夏さんは笑いながら、気前よく彼の嫁とやらをポケットマネーから送ってくれた。
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