鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
12 / 23
第三章 初めての普通のデート

3-4

しおりを挟む
助手席に乗せてもらい、出発する。
今日の目的地は大型ショッピングモールだ。
一カ所で映画もショッピングも済ませられるから助かる。

「暑かったり寒かったりしたら言ってくれ」

猪狩さんの手が空調を調整する。
しかし流行のJ-ROCKのかかる車内は快適だ。
音楽も話を邪魔するほど大きいわけでもなく、かといって聞き取れないほどでもない絶妙な音量だった。

「今日はひなとデートだと思ったら、初カノと初めてデートした前日くらい興奮して眠れなかった。
もし、映画観ながら寝てたらごめん」

運転しながら少し照れ気味に猪狩さんが告白してくる。

「いやいや、さすがにそれは冗談ですよね?」

二十代も前半ならわかるが、彼はもうアラフォーの域に入った落ち着いた大人なのだ。
なのにデートごときでそんなに興奮して眠れないとか信じられない。

「ほんとなんだけど?」

心外だと言わんばかりに彼は瞬きをした。

「なんかさ、ひなは今まで付き合ってきた女性とは違うんだよ。
年が離れてるってのもあるけど、なんかやってひなに嫌われたらどうしよう、こんなこと言ってひなにおじさんって思われたらどうしようってそんなことばかり気になる」

「えっと……?」

彼がなにが言いたいのかわからなくて、首が斜めに傾いた。
そんな私に気づいて、猪狩さんは苦笑いしている。

「それだけ俺にとってひなは特別だってこと」

「特別、ですか?」

「そう。
なんていうかなー、今までの彼女とも当然、結婚とかも考えたよ?
でもプロポーズに至る前にフラれて、なのにこう、そうか、仕方ないなーってけっこうなんかあっさり受け入れてたんだよな」

なぜかふふっとおかしそうに、彼が小さく笑う。

「でもひなにフラれたら、これ以上ないくらい立ち直れなくなる自信がある。
十も年下の小娘になにをって笑われそうだけど、俺にとってひはなそれだけ特別なんだ」

猪狩さんにとって私がそれだけ特別なのはわかる。
けれど、どうしてそこまで思ってくれるのかわからない。

「その。
……私のどこが、そこまでいいんですか?」

「え?」

驚いたように彼は、眼鏡の奥で目を大きく見開いた。

「ひなの笑顔が好きだからだけど?」

さも彼は聞かれるのが意外そうだが、私にはさっぱり理解できない。

「いや、その話は前に聞きましたけど。
笑顔が好きってだけで絶対結婚したい!ってなりませんよね?」

「んー」

猪狩さんはなにやら悩んでいるが、どこに悩む要素があるんだろうか。

「……なんというか、さ」

あまりにも沈黙が続きそろそろ居心地が悪くなってきた頃、ようやく彼が口を開いた。

「昔のひなは妹として可愛いと思ってたけど、大人になって綺麗になってて。
恋愛対象に昇格したんだよな」

「はい」

昔から恋愛対象としてみていたとか言われたらドン引きだが、今の私なら恋愛対象というのなら別にかまわない。

「大人になってもこう、やっぱひなはひなのまんまなんだよ。
いや、変わったところもあるけど、根っこのいい子のひなは全然変わってなくて。
だからこう、安心、っていうか?」

「はぁ?」

いい子の私はそのままって言われるのは、褒められているのか成長していないと言われているのか判断に悩む。
さらに猪狩さんは疑問形で、聞かれても困るっていうか。

「なんだろな、こう、なんかわかんないけど、ひなになら俺の人生預けられるって信頼があるのよ。
それがひなの笑顔が好きっていうのに集約されてるっていうか」

「んん?」

猪狩さんが悩みながらなのもあって、私には彼がなにを言いたいのかさっぱりわからない。

「あー、こんなこと言われても困るよな。
俺もわけわからんこと言ってる自覚があるし。
でもこう、ひなの笑顔には俺にそう思わせるものがあるし、ここしばらく会って話してひなが変わってないってわかってこの直感は外れてないなって確信に変わったってわけ」

「うー、全然わかんないです……」

「ごめんな、上手く言葉にできない」

彼は苦笑いしているが、それしかできないのだろう。
……でも。

「なんか上手い言葉はないかな……」

まだぶつぶつ言いながら悩んでいる彼をちらり。
私のどこが好きなのかとかはまったくわからなかったけれど、猪狩さんの中で私が大切な存在になっているのはわかった。
それだけ私との結婚に本気だというのも。
だったら私も妹ポジションに甘えず、きちんと彼と向かいあう覚悟を決めなければならない。

「あ、そうだ」

なにかを思いついたのか、猪狩さんが少し顔を上げる。

「俺の仕事を聞いて結婚は無理ってひなに言われたときは滅茶苦茶落ち込んだけど。
あとになってちゃんと考えて断れるひなと絶対結婚したいって思ったんだよな」

「え?」

思わず見た彼は、真っ直ぐに前を見て運転していた。
その顔にどこか、強い決意のようなものを感じた。

「俺が警察官だって言うとじゃあ守ってくれるから安心だよねとか軽いんだ、だいたい。
仕事中に死ぬ可能性があるとかいっても、もしかしたらで絶対じゃないしと他人事なんだ。
でも」

一度、言葉を切った彼の視線がちらっと眼鏡の奥から私へと向かう。

「ひなは守ってくれとかひと言も言わなかったし、真剣に死ぬとはどういうことか考えてくれた。
あとでそれに気づいて、ますます諦められなくなったんだ」

うんとひとつ、彼が頷く。
私としては当たり前のことに猪狩さんがそんなに感動しているとは思わない。
だって警察官だから守ってって違わない?
プライベートでは猪狩さんだって一般市民なんだし。
それに死ぬ可能性もあるから覚悟をしておいてくれと言われたら、ちゃんと考えないとあとで困るのは自分だ。

「その」

「ん?」

「猪狩さんが本気だっていうのだけはわかったんで、お兄ちゃんじゃなくてひとりの男の人として見られるようになるように……善処します」

「善処かー」

ちょうど車が信号で止まり、彼はハンドルに項垂れかかった。

「まー、無理って言われたわけじゃないし、可能性があるだけいいか」

頭を少し上げた彼が、うかがうように私をちらりと見る。
僅かに右の口端が持ち上がったその顔は絶対に俺を好きになるよね?といたずらっぽく言っていて、びくっとしてしまう。

「……ぜ、善処、シマス」

おかげで内心だらだらと汗を掻いて目を逸らし、言葉はカタコトになってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。

ねーさん
恋愛
 「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。  卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。  親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって─── 〈注〉 このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。

久我くん、聞いてないんですけど?!

桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚 相手はキモいがお金のため 私の人生こんなもの そう思っていたのに… 久我くん! あなたはどうして こんなにも私を惑わせるの? ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。 同じ頃、職場で 新入社員の担当指導者を命じられる。 4歳も年下の男の子。 恋愛対象になんて、なる訳ない。 なのに…?

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗
恋愛
大学二年生、二十歳の千田 史織は内気な性格を直したくて京都へと一人旅を決行。そこで見舞われたアクシデントで出会った男性に感銘を受け、改めて変わりたいと奮起する。 それから四年後、従姉のお見合い相手に探りを入れて欲しいと頼まれて再び京都へ。 訳あり跡取り息子と、少し惚けた箱入り娘のすれ違い恋物語

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...