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第四章 立てこもり事件
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それから数日後。
いよいよ安高課長への疑いが確定されたようで、朝から彼と支店長、支店長代理が二名、会議室に詰めて立ち入り禁止になっていた。
誰も彼も落ち着かず、暇を見つけてはひそひそと話している。
「なんであんたは呼ばれないのよ?」
お手洗いを出たところで私より年上の女性行員ふたりが立ち塞がり、ひとりが親指で会議室を指す。
「私は無実だと証明されたからだと思いますが?」
負けじと彼女たちを睨み返した。
きっとあの人のいい支店長代理が信じて擁護してくれたおかげだと思う。
一見、頼りなさそうだがやるときはやる人なのだと見直した。
「そんなわけないでしょ」
「それともあれ?
あんたに貢ぐために安高課長は着服してたとか?」
いや、なにひとつあの人から貢いでもらったりしていませんが?
食事はいつも割り勘だったし、もっといえば誕生日だなんだとプレゼントを買わされるのは私だった。
あっ、思い出すと涙が……。
「だったらやっぱりあんたが悪いんじゃない。
自首しなさいよ」
肩を押されてよろめいたが、踏ん張って耐えた。
「なんでなにもしていないのに自首なんかしないといけないのかわかりません」
「ちょっと」
私が一歩、足を踏み出し、彼女たちがたじろぐ。
それでもさらに私を罵ろうと口を開きかけたが。
「オレはなにもやってないって言ってるだろ!」
会議室から大きな怒鳴り声が聞こえてきて、三人同時に身体をびくりと震わせた。
すぐに勢いよくドアが開いて安高課長が飛び出てくる。
「こらっ!」
「待ちなさい!」
支店長たちの制止を聞かず転がるようにこちらへかけてくる彼と目があった。
……しまった。
そう悟ったが、もう遅い。
「こい!」
女性行員を押しのけて私の腕を掴み、強引に彼が引っ張っていく。
その後ろをやっと支店長たちが追ってきた。
騒ぎに気づき、店内の視線が次第に集まってくる。
「安高くん!」
自分の席へ行き、ビジネスバッグに手を突っ込んだ彼の肩を支店長が掴む。
「なんですかぁ?」
振り返ると同時にバッグから出てきた彼の手には、大型のナイフが握られていた。
「ひっ」
瞬間、そのメタボな体型から想像もできない俊敏さで支店長が後ろへ飛び去る。
「もうオレは終わりなんだ。
みんな、道連れにしてやる!」
ナイフを振り回し、安高課長が喚く。
誰も状況を把握できないのか、しんと店内が静まりかえった。
――が。
「きゃーっ!」
一瞬おいてようやく理解した途端、我先にと逃げ始める。
我に返った行員のひとりが慌てて非常ボタンを押し、ジリリリリッとけたたましい警報音とともにシャッターが閉まっていく。
「おいおい、逃げるなよ」
私の腕を掴んで引きずるように連れていき、彼は逃げ遅れた人たちを奥へと追いやっていった。
彼の他に残っているのは私と支店長、あの気のいいい支店長代理とさきほど私をいびっていた女性行員のひとり、あとは常連のおばあちゃんの五人だ。
「残ったのはこれだけか。
まあいい。
雛乃、これで全員、後ろ手に親指どうしを縛れ」
ポケットから出したなにかを安高課長が押しつけてくる。
それは結束バンドだったのはいいが……いや、よくないが、私に命令しないでくれますかね?
「なんだその目は?」
私が睨んだからか、みるみる彼の機嫌が悪くなっていく。
「すぐに皆殺しにしてやってもいいんだぞ?」
彼は無理矢理おばあちゃんの腕を掴み、立たせた。
「ひっ」
おばあちゃんは涙目になり、ガタガタ震えている。
それを見てきつく唇を噛んだ。
一番近くにいる支店長代理ではなくおばあちゃんを彼が選んだのはきっと、一番抵抗されなさそうだからだ。
そういう卑劣なところ、本当に虫唾が走る。
「わ、わかりましたよ」
しかしおばあちゃんを犠牲にするわけにはいかず渋々、彼の指示に従う。
「すみません。
本当にすみません」
「いいよ、仕方ないよ」
詫びながら全員を指示どおり、後ろ手にして親指どうしを結束バンドで縛っていく。
というかこんな知識、どこで手に入れてきたんだろう。
結束バンドだから持っていてもさほど不審じゃない。
「ううっ」
腕を後ろに回したところで支店長がつらそうに呻いた。
そういえば彼は五十肩で、後ろに腕が回らないのだと嘆いていたのを聞いたことがある。
「ねえ!
支店長は肩が悪いんだから、前でもいいですよね?」
「ダメだ、例外は認めない。
そうだろ、支店長?」
嘲笑するようにうっすらと安高課長が笑う。
確かに仕事はそうだが、こんなときまでそれを持ち出す必要はない。
けれどその言い草はそれだけ、彼がここを憎んでいるのだと感じさせた。
「愛川くん、いいから従おう」
「でも」
静かに支店長が首を振る。
それ以上は私もなにも言えず、彼の腕を後ろに回して結束バンドで親指どうしを縛った。
全員縛り終わったあと、安高課長は私も他の人と同じように縛り、人質の中に入れと蹴飛ばした。
「だ、大丈夫かい」
どさっと倒れた私をおばあちゃんが心配してくれる。
「大丈夫ですよ」
もそもそと起き上がりながら、なるべく安心させるように彼女へ微笑みかけた。
いよいよ安高課長への疑いが確定されたようで、朝から彼と支店長、支店長代理が二名、会議室に詰めて立ち入り禁止になっていた。
誰も彼も落ち着かず、暇を見つけてはひそひそと話している。
「なんであんたは呼ばれないのよ?」
お手洗いを出たところで私より年上の女性行員ふたりが立ち塞がり、ひとりが親指で会議室を指す。
「私は無実だと証明されたからだと思いますが?」
負けじと彼女たちを睨み返した。
きっとあの人のいい支店長代理が信じて擁護してくれたおかげだと思う。
一見、頼りなさそうだがやるときはやる人なのだと見直した。
「そんなわけないでしょ」
「それともあれ?
あんたに貢ぐために安高課長は着服してたとか?」
いや、なにひとつあの人から貢いでもらったりしていませんが?
食事はいつも割り勘だったし、もっといえば誕生日だなんだとプレゼントを買わされるのは私だった。
あっ、思い出すと涙が……。
「だったらやっぱりあんたが悪いんじゃない。
自首しなさいよ」
肩を押されてよろめいたが、踏ん張って耐えた。
「なんでなにもしていないのに自首なんかしないといけないのかわかりません」
「ちょっと」
私が一歩、足を踏み出し、彼女たちがたじろぐ。
それでもさらに私を罵ろうと口を開きかけたが。
「オレはなにもやってないって言ってるだろ!」
会議室から大きな怒鳴り声が聞こえてきて、三人同時に身体をびくりと震わせた。
すぐに勢いよくドアが開いて安高課長が飛び出てくる。
「こらっ!」
「待ちなさい!」
支店長たちの制止を聞かず転がるようにこちらへかけてくる彼と目があった。
……しまった。
そう悟ったが、もう遅い。
「こい!」
女性行員を押しのけて私の腕を掴み、強引に彼が引っ張っていく。
その後ろをやっと支店長たちが追ってきた。
騒ぎに気づき、店内の視線が次第に集まってくる。
「安高くん!」
自分の席へ行き、ビジネスバッグに手を突っ込んだ彼の肩を支店長が掴む。
「なんですかぁ?」
振り返ると同時にバッグから出てきた彼の手には、大型のナイフが握られていた。
「ひっ」
瞬間、そのメタボな体型から想像もできない俊敏さで支店長が後ろへ飛び去る。
「もうオレは終わりなんだ。
みんな、道連れにしてやる!」
ナイフを振り回し、安高課長が喚く。
誰も状況を把握できないのか、しんと店内が静まりかえった。
――が。
「きゃーっ!」
一瞬おいてようやく理解した途端、我先にと逃げ始める。
我に返った行員のひとりが慌てて非常ボタンを押し、ジリリリリッとけたたましい警報音とともにシャッターが閉まっていく。
「おいおい、逃げるなよ」
私の腕を掴んで引きずるように連れていき、彼は逃げ遅れた人たちを奥へと追いやっていった。
彼の他に残っているのは私と支店長、あの気のいいい支店長代理とさきほど私をいびっていた女性行員のひとり、あとは常連のおばあちゃんの五人だ。
「残ったのはこれだけか。
まあいい。
雛乃、これで全員、後ろ手に親指どうしを縛れ」
ポケットから出したなにかを安高課長が押しつけてくる。
それは結束バンドだったのはいいが……いや、よくないが、私に命令しないでくれますかね?
「なんだその目は?」
私が睨んだからか、みるみる彼の機嫌が悪くなっていく。
「すぐに皆殺しにしてやってもいいんだぞ?」
彼は無理矢理おばあちゃんの腕を掴み、立たせた。
「ひっ」
おばあちゃんは涙目になり、ガタガタ震えている。
それを見てきつく唇を噛んだ。
一番近くにいる支店長代理ではなくおばあちゃんを彼が選んだのはきっと、一番抵抗されなさそうだからだ。
そういう卑劣なところ、本当に虫唾が走る。
「わ、わかりましたよ」
しかしおばあちゃんを犠牲にするわけにはいかず渋々、彼の指示に従う。
「すみません。
本当にすみません」
「いいよ、仕方ないよ」
詫びながら全員を指示どおり、後ろ手にして親指どうしを結束バンドで縛っていく。
というかこんな知識、どこで手に入れてきたんだろう。
結束バンドだから持っていてもさほど不審じゃない。
「ううっ」
腕を後ろに回したところで支店長がつらそうに呻いた。
そういえば彼は五十肩で、後ろに腕が回らないのだと嘆いていたのを聞いたことがある。
「ねえ!
支店長は肩が悪いんだから、前でもいいですよね?」
「ダメだ、例外は認めない。
そうだろ、支店長?」
嘲笑するようにうっすらと安高課長が笑う。
確かに仕事はそうだが、こんなときまでそれを持ち出す必要はない。
けれどその言い草はそれだけ、彼がここを憎んでいるのだと感じさせた。
「愛川くん、いいから従おう」
「でも」
静かに支店長が首を振る。
それ以上は私もなにも言えず、彼の腕を後ろに回して結束バンドで親指どうしを縛った。
全員縛り終わったあと、安高課長は私も他の人と同じように縛り、人質の中に入れと蹴飛ばした。
「だ、大丈夫かい」
どさっと倒れた私をおばあちゃんが心配してくれる。
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