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第四章 立てこもり事件
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「なにが目的だ?
場合によってはできるだけ便宜を図らせてもらう」
支店長が少しでも安高課長を宥めようと、語りかける。
「目的?
そんなの、オマエら全員、殺してオレも死ぬしかない」
はぁんと馬鹿にするように安高課長が笑う。
「まて、早まるな。
着服の件なら少しでも罪が軽くなるように上に働きかけるし、できることはなんでもする」
「はぁーっ」
ここまで支店長が言ってくれているのに彼は、呆れるように大きなため息をついた。
「昨日、婚約破棄を言われた。
結婚さえすれば馬鹿女を騙して大金が手に入ると思ったのに、すべてパーだ」
彼が近くにあった机を蹴り、バン!と大きな音が響く。
おかげで全員、びくりと身体を大きく震わせた。
「そ、それで着服した金を補填しようと……」
「は?
ちげーよ」
不機嫌そうに安高課長が支店長を睨みつける。
「その金で海外に逃亡しようと思ってたんだよ。
ヤバいところからも金借りてるからな、オレ。
逃げなきゃ殺される」
はぁーっと彼は、ため息をついてみせた。
「なのにオマエらのせいで計画が台無しだ。
もうオレにあとはないからな、みんな道連れに死んでやる」
うっすらと愉悦を含んだ顔で安高課長が笑う。
……狂っている。
そんな理由でみんなを巻き添えにするなんて。
きっとナイフなどはそのつもりであらかじめ用意していたんだろうがあとは無計画のようで、殺すと言いながらも彼は私の前にある机に座り長々と語っている。
「支店長は無能のくせに威張り散らしてるし、支店長代理は媚びへつらうしかできねーし。
この支店が持ってるのはみんな、このオレ様のおかげなんだぞ?
わかってんのか?
ああっ?」
好青年だと思っていた安高課長の豹変に皆、驚き怯えているようだが、もともとこれが彼の本性だ。
付き合っていた私は知っている。
「なのにちょーっと客の金を着服したくらいでガタガタ言いやがって」
けっと彼は吐き捨てたが、銀行では……銀行じゃなくてもたとえ数百円でもお客様のお金を着服すれば大問題だ。
ぶつぶつと安高課長が不満をぶちまけているあいだに時間は刻々と過ぎていく。
警報器が押されて通報が行っているはずだし、それに逃げた人もいる。
そろそろ警察がこの支店を包囲していてもおかしくない。
さりげなく外をうかがうと同じようにしていた支店長代理と目があった。
彼がうん、と力強く頷く。
きっと彼も、救援を信じている。
「そこのババァも毎日、用もないのに……」
続く彼の愚痴を聞き流していたら不意に、電話が鳴った。
誰もが押し黙って様子をうかがっている静かな店内に着信音だけが鳴り響く。
「おい、雛乃。
出ろ」
さも当然のように安高課長が命じてくる。
いまだに自分の所有物のように私を扱う彼にカチンときた。
「あのー、これでは取れないですが」
なので揶揄うように背中で縛られた手を上下してやる。
「ちっ」
忌ま忌ましそうに舌打ちし、彼は私の腕を掴んで強引に引きずった。
おかげで結束バンドが親指に食い込み、激しく痛む。
「痛い、痛いんですけど!」
「うるさい!」
抗議した途端に彼の平手が怒号とともに私の頬に飛んだ。
その衝撃でごろりと転がった私にかまわず彼は髪を掴んで無理矢理、電話の前に立たせた。
「指示以外のことを喋ったら殺すからな」
後ろから抱きしめるようにし、安高課長が私の喉もとにナイフを当てる。
さすがの私もそれには背筋が冷え、黙ってこくこくと頷いた。
彼の指が慎重にスピーカーボタンを押す。
『もしもし』
電話の向こうから聞こえてきたのは、猪狩さんの声だった。
ああ、猪狩さんが助けに来てくれた。
不覚にも泣きそうになったが、耐える。
『安高さん、かな』
こちらが黙っているからか、猪狩さんが問いかけてきた。
「誰か、聞け」
耳もとで安高課長に命じられ、小さく頷く。
「誰、ですか」
『……警視庁特殊係の、岡藤といいます』
たぶん、一瞬の間は声を聞いて私だとわかったんだと思う。
だいたい、ここの銀行に私が勤めているのを猪狩さんは知っている。
「なんの用だ」
「なんの用で、しょうか」
安高課長に命じられるがままに猪狩さんに伝えた。
『安高さん。
あなたの力になるよ。
必ず助けるから、安心してほしい』
「なにが力になるだ、話にならんな」
馬鹿にするように安高課長が笑う。
「だったら」
ペンを取り、その辺のメモ帳へ彼はなにかを書き始めた。
『安高さん。
今、その銀行は多数の警官に包囲されている。
このままだとどうなるかはわかるな?
あなたの話を聞こう。
どうしてほしい?』
「読め」
目の前に出されたメモに目を落とす。
震える唇でそれを読み上げた。
「逃走用の車と、海外への飛行機のチケットを二人分用意しろ。
車には当座の資金として一億、積んでおくこと。
海外へ無事の脱出を約束しない場合は、十分ごとにひとり……殺す」
もうすぐ誰かが殺される。
その現実に喉から苦いものが上がってくる。
私が読み終わり、安高課長が通話を切ろうとしているのが視界の隅に見えた。
反射的に彼に体当たりして、阻止する。
「犯人はナイフ所持!
人質は五人、女性が三人、うち老人が一人です!」
「おい、黙れ!」
安高課長の拳が私の目もとに当たり、チカチカと星が飛んだ。
頭がぼーっとして、意識が朦朧となる。
「なに、勝手なことしてんだ!
オマエから殺されたいのか!」
馬乗りになって胸ぐらを掴み、彼が私を引き起こす。
「はっ、やれるもんならやってみなさいよ」
まだはっきりしない頭で、それでも挑発するように笑ってやる。
こんなの、余計に危なくなるだけだってわかっていた。
それでも安高課長に屈したくなかった。
「馬鹿にしやがって!
だいたいオマエはこのオレが付き合ってやっているのにいつもいつも逆らいやがって、気に食わなかったんだよっ!」
再び彼が拳を振り上げたところで、それを止めるように電話が鳴った。
場合によってはできるだけ便宜を図らせてもらう」
支店長が少しでも安高課長を宥めようと、語りかける。
「目的?
そんなの、オマエら全員、殺してオレも死ぬしかない」
はぁんと馬鹿にするように安高課長が笑う。
「まて、早まるな。
着服の件なら少しでも罪が軽くなるように上に働きかけるし、できることはなんでもする」
「はぁーっ」
ここまで支店長が言ってくれているのに彼は、呆れるように大きなため息をついた。
「昨日、婚約破棄を言われた。
結婚さえすれば馬鹿女を騙して大金が手に入ると思ったのに、すべてパーだ」
彼が近くにあった机を蹴り、バン!と大きな音が響く。
おかげで全員、びくりと身体を大きく震わせた。
「そ、それで着服した金を補填しようと……」
「は?
ちげーよ」
不機嫌そうに安高課長が支店長を睨みつける。
「その金で海外に逃亡しようと思ってたんだよ。
ヤバいところからも金借りてるからな、オレ。
逃げなきゃ殺される」
はぁーっと彼は、ため息をついてみせた。
「なのにオマエらのせいで計画が台無しだ。
もうオレにあとはないからな、みんな道連れに死んでやる」
うっすらと愉悦を含んだ顔で安高課長が笑う。
……狂っている。
そんな理由でみんなを巻き添えにするなんて。
きっとナイフなどはそのつもりであらかじめ用意していたんだろうがあとは無計画のようで、殺すと言いながらも彼は私の前にある机に座り長々と語っている。
「支店長は無能のくせに威張り散らしてるし、支店長代理は媚びへつらうしかできねーし。
この支店が持ってるのはみんな、このオレ様のおかげなんだぞ?
わかってんのか?
ああっ?」
好青年だと思っていた安高課長の豹変に皆、驚き怯えているようだが、もともとこれが彼の本性だ。
付き合っていた私は知っている。
「なのにちょーっと客の金を着服したくらいでガタガタ言いやがって」
けっと彼は吐き捨てたが、銀行では……銀行じゃなくてもたとえ数百円でもお客様のお金を着服すれば大問題だ。
ぶつぶつと安高課長が不満をぶちまけているあいだに時間は刻々と過ぎていく。
警報器が押されて通報が行っているはずだし、それに逃げた人もいる。
そろそろ警察がこの支店を包囲していてもおかしくない。
さりげなく外をうかがうと同じようにしていた支店長代理と目があった。
彼がうん、と力強く頷く。
きっと彼も、救援を信じている。
「そこのババァも毎日、用もないのに……」
続く彼の愚痴を聞き流していたら不意に、電話が鳴った。
誰もが押し黙って様子をうかがっている静かな店内に着信音だけが鳴り響く。
「おい、雛乃。
出ろ」
さも当然のように安高課長が命じてくる。
いまだに自分の所有物のように私を扱う彼にカチンときた。
「あのー、これでは取れないですが」
なので揶揄うように背中で縛られた手を上下してやる。
「ちっ」
忌ま忌ましそうに舌打ちし、彼は私の腕を掴んで強引に引きずった。
おかげで結束バンドが親指に食い込み、激しく痛む。
「痛い、痛いんですけど!」
「うるさい!」
抗議した途端に彼の平手が怒号とともに私の頬に飛んだ。
その衝撃でごろりと転がった私にかまわず彼は髪を掴んで無理矢理、電話の前に立たせた。
「指示以外のことを喋ったら殺すからな」
後ろから抱きしめるようにし、安高課長が私の喉もとにナイフを当てる。
さすがの私もそれには背筋が冷え、黙ってこくこくと頷いた。
彼の指が慎重にスピーカーボタンを押す。
『もしもし』
電話の向こうから聞こえてきたのは、猪狩さんの声だった。
ああ、猪狩さんが助けに来てくれた。
不覚にも泣きそうになったが、耐える。
『安高さん、かな』
こちらが黙っているからか、猪狩さんが問いかけてきた。
「誰か、聞け」
耳もとで安高課長に命じられ、小さく頷く。
「誰、ですか」
『……警視庁特殊係の、岡藤といいます』
たぶん、一瞬の間は声を聞いて私だとわかったんだと思う。
だいたい、ここの銀行に私が勤めているのを猪狩さんは知っている。
「なんの用だ」
「なんの用で、しょうか」
安高課長に命じられるがままに猪狩さんに伝えた。
『安高さん。
あなたの力になるよ。
必ず助けるから、安心してほしい』
「なにが力になるだ、話にならんな」
馬鹿にするように安高課長が笑う。
「だったら」
ペンを取り、その辺のメモ帳へ彼はなにかを書き始めた。
『安高さん。
今、その銀行は多数の警官に包囲されている。
このままだとどうなるかはわかるな?
あなたの話を聞こう。
どうしてほしい?』
「読め」
目の前に出されたメモに目を落とす。
震える唇でそれを読み上げた。
「逃走用の車と、海外への飛行機のチケットを二人分用意しろ。
車には当座の資金として一億、積んでおくこと。
海外へ無事の脱出を約束しない場合は、十分ごとにひとり……殺す」
もうすぐ誰かが殺される。
その現実に喉から苦いものが上がってくる。
私が読み終わり、安高課長が通話を切ろうとしているのが視界の隅に見えた。
反射的に彼に体当たりして、阻止する。
「犯人はナイフ所持!
人質は五人、女性が三人、うち老人が一人です!」
「おい、黙れ!」
安高課長の拳が私の目もとに当たり、チカチカと星が飛んだ。
頭がぼーっとして、意識が朦朧となる。
「なに、勝手なことしてんだ!
オマエから殺されたいのか!」
馬乗りになって胸ぐらを掴み、彼が私を引き起こす。
「はっ、やれるもんならやってみなさいよ」
まだはっきりしない頭で、それでも挑発するように笑ってやる。
こんなの、余計に危なくなるだけだってわかっていた。
それでも安高課長に屈したくなかった。
「馬鹿にしやがって!
だいたいオマエはこのオレが付き合ってやっているのにいつもいつも逆らいやがって、気に食わなかったんだよっ!」
再び彼が拳を振り上げたところで、それを止めるように電話が鳴った。
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