鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 立てこもり事件

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「……ふん」

興がそがれたかのように拳を下ろし、課長が立ち上がる。
しかしすぐに私のすぐ横にしゃがみ込み、髪を引っ張って私に頭を上げさせた。

「出ろ。
また余計なこと喋ったら、今度こそ殺すからな」

腕を取られ、また強引に電話の前に立たされる。
すぐに課長の指がスピーカーのボタンを押した。

『安高さん?』

すぐに猪狩さんの声が聞こえてくる。

「用意ができたのか、聞け」

顎をしゃくって課長が命じてくる。
それを睨みつけたがすぐにでもる気だとナイフを脇腹に突きつけられ、黙って頷いた。

「要求したものは準備できましたか」

『ちょっと手配に手間取っていて、時間がかかりそうだ。
そこで相談なんだが、人質を解放してもらえないだろうか。
人質を解放してもらえれば、安高さんが安全に外国へ渡れるよう、手配すると約束する』

「はっ、嘘ばっかり」

呆れるように言った彼がナイフを握る手に力を入れる。
おかげで服を突き破りその先が肌に当たってチクリと痛んだ。

「三十分後にひとり、殺すと言え。
待つのはそれまでだ、と」

「三十分後にひとり、殺します。
待つのはそれまで、です」

私がやるわけではない、それでも殺すと言うたびにまるで私がこの中の誰かを手にかけるかのような錯覚に陥り、息が苦しくなる。
そんな私の様子を安高課長は愉しんでいるようだった。

『待て。
もっとよく……』

まだ猪狩さんが話しているのを無視して課長はボタンに指を乗せたが、なにかを思いついたのか急に外した。

「最初に殺すのは愛川雛乃だと伝えろ」

安高課長が醜く顔を歪めて笑う。
全身の血が一気に流れ出たかのように目の前が真っ暗になった。
あと三十分で私の人生が終わる?

「伝えないか」

さらにナイフをぐりっと捩じ込まれ、シャツにじわりと血が滲むのを感じだ。

「あ……はい。
さ、最初に、こ、殺す、のは、あ、あい、あい」

喉が発音を阻み、なかなか声が出てこない。
そんな私にさらにナイフを刺して課長は急かした。

「愛川、ひ、雛乃……です」

私が言い切ったタイミングで課長がボタンを押して通話が終わる。
足に力が入らず、私はその場に崩れ落ちていた。

「あと三十分の命、せいぜい大事にしろ」

高笑いする安高課長を誰もが怯えた目で見ていた。

力なく机に寄りかかる私はすっかり戦意を消失していると思っているのか、安高課長は他の四人を前にまた、不満をぶちまけだした。

「オマエ。
オマエがよくミスしてくれるせいで、オレの評価がどれだけ下がったと思ってるんだ、ああっ?」

「ひっ」

年配の女性行員の前にしゃがみ、ナイフを振りながら課長が偉そうに説教を始める。
彼女は憧れの安高課長がこんな最低な男だと知り、ショックを受けているようだ。
説教というよりもいかに自分が凄いか自慢をする彼の話を聞き流しながら、安高課長に殺されるにしてもどうやったら彼に一矢報いられるか考えていた。

「少し早いが、いいか」

安高課長が説教をやめて立ち上がる。
女性行員はあきらかにほっとした顔をしたが、私と目があってばつが悪そうに逸らした。
その気持ちはわかるからいい。
ちらりと壁に掛かる時計を確認したが、あれからまだ十五分しか経っていない。
勝手に人の寿命を縮めるなんて困る。
しかし安高課長はとにかくせっかちで、カップ麺ができる三分も待てないのだ。

「さて。
楽しい処刑の時間だ」

私の前にしゃがみ、彼がにたりと嫌らしい笑みを浮かべる。

「あの」

「なんだ?」

なんだか課長は期待に満ちた顔をしているが、私が命乞いでもすると思ったんだろうか。
残念でした、安高課長に命乞いするくらいなら殺されるほうを選ぶ。

「どうせ殺すならここより外がよくないですか?」

「なんでだ」

私が予想とは違うことをいい、不満そうに彼が顔を顰める。

「だってここで殺したところで外からは見えませんし、はったりかましているとか思われるかもしれませんよ」

黙って課長が店内を見渡す。
ぴったりとシャッターは閉じられ、外からはどこからも中はうかがえない。

「それに警察に安高課長の本気度が伝わると思います」

精一杯媚びて笑い、彼の顔を見る。

「それもそうだな」

しばらく私を見つめたあと、あっさりと言って彼が立ち上がった。
こういう乗せやすくてチョロいところ、ほんと助かるし、つくづく彼は小物なんだと思う。
それでもよしっ!と、心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。

「こい!」

私の腕を引っ張り、彼が通用口へと向かう。
私になにか大それた作戦があるわけではないが、とにかく外に出れば警察が――猪狩さんがなんとかしてくれると信じていた。
たとえ私が殺されたとしても、あとの四人は無事に保護されるはず。
安高課長の手がノブにかかりドアが、――開いた。
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