記憶がないなら私は……

しがと

文字の大きさ
1 / 4

記憶を無くした彼

しおりを挟む
悠人ゆうと!」

 恋人の利川悠人としかわゆうとが事故に巻き込まれたという連絡を受けた私は病院へ向かった。悠人は包帯を巻いてベッドの上に上半身を起こした状態でいた。

「あ……」

 私を見た悠人は戸惑っていたけれど、そんなことお構いなしに抱きついた。

「良かった。良かった」

 そう言って泣いている私に、悠人は衝撃的なことを言った。

「誰、あんた」
「えっ……」
「おい、誰って、彼女の野中友恵のなかともえだろ」

 私に連絡をくれた幼なじみの松山芳樹まつやまよしきが言ってくれたけれど。

「野中友恵って誰?」
「「え?」」

 もしかして記憶がない? そう思って自身の名前や今日が何月何日か分かるか聞いたら、ちゃんと答えた。

「もしかして、私のことだけ忘れてる?」

 ショックを受けていたら、病室の扉が開いた。

「あ、七海ななみちゃん」

 もう1人の幼なじみの井上七海いのうえななみが入ってきた。

「大丈夫か、悠人」

 七海ちゃんが悠人のそばに行ったら彼はまた衝撃的な行動をとった。

「七海、来てくれたんだな。嬉しいぜ」

 そう言った彼は七海ちゃんを抱き寄せてハグをした。

「え」
「おい、悠人どういうつもりだ」

 七海ちゃんがそう言って腕から抜け出そうとするけれど、彼は腕の強さを緩めない。むしろ強くしている。

「七海、七海」

 そう言えば、悠人は4つ上の七海のことがずっと好きだったな。彼女が大学生になって会う機会が減って、それでしばらくして私が告白したら受け入れてくれたから付き合っていたけれど。

(やっぱり、七海ちゃんのことがまだ好きなのかな。私のこと忘れちゃうくらいどうでも良かったのかな)

 そう思ったら悲しくなって私は病室を後にした。その後は芳樹くんに『悠人に私のことは絶対に話さないで』と連絡をして家についたのだった。

 悠人とは同い年の幼なじみ。物心ついた時から隣にいて、登下校も一緒で、放課後もよく一緒に遊んでいた。だから好きになるのは私にとって当たり前だった。でも、悠人が好きでよく彼を見ていたから、私は彼が七海ちゃんに恋していることはすぐに気がついた。七海ちゃんには、『可愛いな』とか『浴衣似合ってる』とか、会うたびに必ず褒めていたから。私には、可愛いなとか言ってくれたことないし、夏祭りの時、七海ちゃんと一緒に浴衣を着ても私には何も言わなかったから。だから、ああ、私じゃダメなんだ、と思った。

 それから時が経ち、七海ちゃんと芳樹くんが大学進学のために地元を離れることになった。悠人は七海ちゃんたちの前では普通にしていたけれど、引っ越しが終わった後、部屋でこっそり泣いているのに私だけが気がついた。しばらくは落ち込んでいたみたいだけれど、1年ほどで落ち込む姿も泣いている姿も見かけることは無くなった。悠人が七海ちゃんのことを吹っ切ったのかと思い、そのタイミングで私は告白したのだった。

 そしたらOKしてくれた。私のことを意識してくれたらいいな、という気持ちで告白したのでまさか交際をしてくれるとは思わなかった。だから私はすごく驚いたけれど、とても嬉しかった。それからの交際は順調だったと思う。悠人が事故に遭うまでの7年ほど、私たちは私たちなりに愛を育んできたと思う。周りのカップルに比べたら進むスピードは少し遅かったかもしれないけれど、ハグもキスも全部、私は悠人と経験した。大学生の時も社会人になってからも、忙しい時でもお互い時間を作ってデートを重ねていた。だから私はこのまま悠人と付き合い続けて結婚もできるのかもしれない、と思っていた。

 だけど、あの時の悠人は、その日の日付をちゃんと言えたのに、私のことは忘れてて七海ちゃんのことを抱きしめていた。つまり7年間、彼は七海ちゃんのことを想いながら私と付き合っていたのだ。そういえば付き合っている間、1度も私に『好きだよ』と言ってくれなかったな、と思い出して、私は彼が事故に遭った後初めて泣いたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います

木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。 サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。 記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

処理中です...