【架空戦記】蒲生の忠

糸冬

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(一)信長の首級

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 天正十年六月二日、寅の刻。

 朝の陽光が差し込む本能寺の境内は、不気味な静けさに静まりかえっていた。

 先刻まで、小規模ながらも命のやりとりを行う激しい戦闘があったとは信じがたいほどだ。

(弥平次の策が奏功したということか)

 明智光秀は、昨日山陰道を中国方面に向かう行軍を止め、五名の宿老を集めて極秘で行われた軍議の席の光景を思い返していた。

「なにも一万三千の大軍を一度に京洛に投入する必要はない」

 軍勢を転じ、本能寺の信長を討つとの光秀の宣告に宿老たちが動揺する中、いち早く立ち直ってそう進言したのは、光秀の娘婿の一人・明智弥平次秀満である。

 実のところ、光秀が信長を討つと決めてから三日とは経っていない。

 前月の二十九日、信長が本能寺にわずかな供回りと供に宿泊宿すること、そしてその報せを受けて信忠が堺から京へと戻ってくること、この二つの情報に接してからの決断である。

 当然、詳細な軍略やその後の具体的な展望など、充分に考えている時間の余裕など光秀にはなかった。

 なにはなくとも信長、さらには嫡子信忠を確実に討つことだけが念頭にあり、二人を同時に討てる機会こそ、今回を逃せば二度とはないと思い定めていた。

 とにかく光秀が一番に怖れたのは、信長に逃げられることだった。

 必要とあれば、家臣など置き捨てにして逃げ出すことを厭わないのが信長の性分である、と光秀は理解している。

 万に一つも遺漏があってはならない。

 だからこそ動かせる兵を一気に京に雪崩れ込ませ、本能寺を十重二十重に押し包んで確実に信長を討つとの意向を、挙兵に先だって五人の宿老に示したのだ。

 みな一様に驚きを示したものの、誰一人として信長を討つことに対して否とは言わなかった。

 信長の横暴、光秀の不満、それらは大なり小なり家臣達も感じ取っていたのだろう。

 ただ、その中にあって秀満だけが謀叛そのものに対しては反対しなかったものの、攻めかかる手筈について持論を示したのだ。

 曰く――、
 大軍による乱入では早くから信長に気づかれ、逃げる時間をみすみす与えるようなもの。

 選りすぐりの小勢をもって本能寺内に打ちこませれば、何が起こったか把握すらできぬ間に首級を頂戴できる。

 大将たる光秀は後方にあって部下の働きに目を光らせるだけでよい、等々。

 軍略に、誰もが客観的に判断できる正解などありえない。

 すべては光秀の決断にかかっている。
 そして、しばしの黙考の後、光秀は秀満の献策を容れた。

 己の進言に責任を負う形で、秀満が本能寺に向かうことになった。

 彼自身望むところであり、勇躍して引き連れる部下の選抜に取り掛かる。

 一方、信忠が宿所とする妙覚寺の襲撃は、光秀の信頼も篤い重臣・斉藤利三が担うことになった。

 二人はそれぞれ、手勢から二百名足らずの精鋭を選び抜いた上で、本隊から隠密理に先行して目的地に突入した。

 その後、光秀は残る手勢を分割して京の要所を固めるべく送り出すと、わずかな馬廻のみを連れて本能寺まで歩を進めた。
 信長の首級を確認するためだ。

 この一事ばかりは、たとえ信頼に足る家臣といえども任せきりには出来なかった。

 今のところは、秀満に襲撃を任せた決断は良い結果をもたらしている。
 光秀にはそう思われた。

 わずかな間とはいえ、喧噪に包まれたであろう本能寺からは、火の手さえ挙がっていなかった。

 耳を澄ませば、死にきれぬ者どもが漏らす呻き声がかすかに聞こえてくるような気がしたが、錯覚であろう。

 秀満による奇襲は鮮やかな手際であり、そのような討ち漏らしがあるとも思われなかった。

 そして今、光秀の眼前には秀満の手勢によって討たれた信長の首級がある。

 その死に顔は明らかな凶相である。

 少なくとも、己の死を覚悟した顔つきではない。

 最後の最後まで生きようとした執念が、信長の表情にありありと残っていた。

 これが、つい先刻まで天下の主として万民を震え上がらせていた男の首だと思うと、光秀はこれだけで大仕事を成し終えた気分になる。

 もっとも、今からの動きこそが肝心であることは充分に承知していた。

 信長を討ったといって、そのまま光秀が天下の主となれる訳ではない。

 むしろ、四方から押し寄せるであろう織田家の兵団を片端から打ち破っていかなければ明日はない。

「まずは、なによりだ。これで、天下に信長の死を知らしめることも出来よう。さて、いずれに首級を晒すべきであろうかな」
 光秀は将来への不安を押し殺し、大きく息を吐く。

 正直なところ、信長の首と対面することにためらいや恐れがなかったと言えば嘘になる。

 秀満もまた、主君の首級を前にして光秀が取り乱すのではないか、と懸念していた様子が見受けられた。

 しかし、光秀は自分自身で驚くほど平静さを保っていた。

 目の前にあるのは、ただの死人の首、それ以上でも、それ以下でもなかった。

 もはや、恐ろしくはない。

「殊更に首級を衆目に晒すことは如何と思われまするが。決して世の聞こえはよくありませぬぞ」
 秀満が苦言を呈した。

 戦さ働きの直後で気は高ぶっているものの、頭に血がのぼるようなことはない。状況を冷静にみていた。

 しかし、秀満の目をまっすぐに見据えた光秀は、首を左右に振る。

「弥平次の考えも判っておる。したが、これはどうあれ謀叛なのじゃ。武士の意地は武士以外には通じぬ。首級を晒さぬ事で、得られるものなど少ない。万が一にも、信長が逃げ延びているとの風聞が広まることがあってはならぬ。ここにこうして首級があると示せなければならん」
 光秀の言葉からは、自虐めいた気負いは感じられなかった。

「はっ」
 秀満も軽く頭を下げ、それ以上は抗弁しなかった。

(殿は逆心者との汚名を背負うことを覚悟しておられる)

「安心せよ。なにも髑髏をどうこうしようと考えておるわけではない」
 光秀が、秀満の心中を読んだように、薄く笑った。

 かつて信長が朝倉義景、浅井久政、長政父子の三人の首級を「薄濃」にして新年の祝勝会の酒肴にした。

 披露されたのはごく限られた馬廻りに対してのみであっただめ、光秀自身は実際に見た訳ではない。

 だが、世間が信長の振る舞いをどのように受け止めたか、忘れているわけではない。

 いかようにも言い分はあるにせよ、作法を知らぬ者の目に非道ととられてしまえば人心は離れる。

 その程度はわきまえていると言わんばかりの光秀の表情に、秀満も苦笑いを浮かべてうなずくしかなかった。

 そこへ、使番が甲冑を鳴らして駆け込んできた。

 息も荒く、光秀の前に進み出て片膝をついて平伏する。

「申し上げます! 我が主斉藤内蔵助、妙覚寺にて首尾良く秋田城介様が首級を頂戴してござります!」

 その言葉に、光秀の周囲を固める馬廻からおおと歓声があがった。

「ようございましたな。これで、信長父子の首を並べて、いずこなりとでも晒せるというものにござる」

 光秀に最も古くから付き従う股肱の臣である溝尾庄兵衛が、我が意を得たりとばかりに気色を浮かべた。

「うむ。内蔵助もよくやってくれた」
 光秀もわずかに笑みを漏らした。

 だが、その表情はすぐに引き締まる。

「我らは時の利を得ておる。この利を十全に活かさねばな」

「時の利、にございまするか」
 今ひとつ要領を得ないと言った風情で、庄兵衛が問い返した。

 世知に長じ、何を語らせても話題の尽きぬ男として家中で知られる庄兵衛であるが、とりたてて知恵がよく回る性分ではない。

「我らが起ったことは、まだ織田の将の誰も知らぬことじゃ。それと気づいて我らに兵を向ける前に、こちらは体勢を固めておかねばならぬ」

 光秀の言葉に、庄兵衛は「なるほど。流石は殿」と感心しきりである。

「まさに、仰せのとおりかと。まずは取り急ぎ、上杉、毛利あたりには使者を立てねば」
 秀満が勢い込んで言葉を重ねる。

「無論、長宗我部にもな」
 その後を引き継いで光秀が応じた。

 北陸の上杉には柴田勝家が、中国の毛利には羽柴秀吉がそれぞれ一軍を率いて兵馬を進め、優位に戦況を進めている。

 しかし、その背後で起こった変事は、彼らの足場を一夜にして失わせるものになるだろう。

 四国をほぼ手中に収めつつ長宗我部元親を討伐するため、堺には先日より織田(神戸)信孝を主将に、丹羽長秀、蜂屋頼隆らを副将とした四国遠征軍一万五千が集結しつつあった。

 信長が本能寺に斃れたとの報せは、厳しい戦を覚悟しているであろう元親にとってなによりの朗報となるだろう。

「むろん、かしこきところにも筋は通さねばならぬ。寺社筋もおろそかには出来ぬ。とにかくやるべきことは多いぞ。しばらくはろくに眠る暇もあるまい」

「それもこれも、殿が上様に御成になるためなれば、厭うものではありませぬぞ」

 最古参の老臣だけに、庄兵衛は感無量の面持ちである。

 居城を焼かれ、諸国を流浪したかつての日々を思えば、これからの奔走は苦労のうちに入らない、とでも言いたげだった。

「なれば、殿は次に兵をいずれに向けられるおつもりにございましょうや」
 秀満が問うた。

 次の一手が大事であることが理解できているだけに、秀満は庄兵衛ほど楽観的にはなれない。

「うむ……。三七の四国攻めの兵は一万五千とは申せ、当人の分限は伊勢二郡のみなれば、兵の実情は諸国からの寄せ集めばかり。優位にあるうちはともかく、劣勢となれば踏ん張りは利くまいな」

 今、明智勢に対していちはやく反撃できる可能性があるとすれば、大坂にて出陣直前となっている織田信孝の手勢であった。

 しかし、光秀が分析したとおり急ごしらえの寄せ集めの戦力であるため、頭数だけを見て怯む必要はないと思われた。

 今回の出陣に合わせ、畿内各地でから浪人者をかき集めているほどである。

 冷静になってみれば、この程度の戦力で本気で四国を制圧できると信長が考えていたか今となっては知るよしもない。

 一方、信長の居城である安土城がある近江、そしてかつての居城がある美濃国、尾張国などには有力な戦力はないが、織田勢の基盤となっている。

 これらの諸国をいち早く抑えることで、四方に散っている織田の軍勢を瓦解させる効果が期待できた。

「されば、近江にはそれがしが参りたく存じます。殿は大坂表にていち早く三七郎勢を追い散らし、その兵馬を手勢に加えるべきにございましょう。大坂には七兵衛殿もおりますし、殿の組下をあらためて合力させるにも都合がよろしいかと」

 四国攻めの副将として参陣している織田七兵衛信澄は、かつて謀叛の咎で誅殺された信長の弟・信勝の忘れ形見であり、光秀の娘婿でもある。

 此度の挙兵について、光秀は信澄になんら報せていない。

 秘事が露見する危険を避けたこともあるが、そもそもそのような余裕はなかったのだ。

 だが、今後の交渉次第では味方につけられる余地もあると考えられた。

 摂津方面には、茨木城の中川清秀、高槻城の高山重友といった光秀の組下がいる。

 ただし、光秀が彼らを組下に従えて指揮権を行使できるのは、その権限を信長から与えられているためである。

 その信長を他ならぬ光秀が討った以上、無条件で彼らが光秀の配下に馳せ参じると考えるのは甘いと言わざるを得ない。

 どう取り繕っても謀叛である以上、相応の利を示さなければ容易には靡かない可能性もあり得た。

 その事情は、有力な与力として期待する丹後の細川藤孝、大和の筒井順慶の両将も同様である。

「しかし、いかに時の利が大事とは申せ、あれもこれもと手を伸ばすのは如何なものかと」
 と、庄兵衛が首を捻るのも無理からぬところであった。

 明らかに兵力の分散であり、どちらの方面でも充分な成果が得られない恐れもあった。

 光秀は秀満の再びの献策と庄兵衛の指摘を受け、しばし黙考する。

 ややあって、秀満に対して小さく頷いてみせた。

「此度はそなたの案でうまく事が運んでおる。その武運に再び賭けてみようではないか」

 方針は決まり、明智勢は新たな目的に向かって動き始めた。

 やがて、四条河原に信長・信忠父子の首級が晒されていることを知った京の人々は仰天する。

 一夜のうちに、さしたる騒ぎも起こさぬうちに主君とその嫡男を討ち取った光秀の手際にまず驚かされた。

 そしてそれ以上に、天下の行方が一挙に混沌としてきたことを、京の人々は貴賤を問わず、否応なく思い知らされるのであった。
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