【架空戦記】蒲生の忠

糸冬

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(四)異国の男

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「十郎左衛門、供をせよ。これより本丸の鍋の方様の元に参る」
 賦秀が守役の一人・結解十郎左衛門を呼び、二ノ丸の蒲生屋敷を出ようとしたところ、大柄な男が進み出た。

「若旦那。それならソレガシをお連れ申してくれよ。本丸の奥の間には美しき女性がたくさんいるそうじゃないか」

 結解十郎左衛門を押しのけるようにして現れ、場違いにも陽気な声をあげた男は、その容貌もまた周囲からは大きく浮いていた。

 上背は周囲の武者より頭一つは大きい。
 前髪も落としておらず、金色に輝く髪を首の後ろで髷とも呼べぬ無造作な形で束ねている。

 その出で立ちも南蛮風の鎧下姿である。
 南蛮胴は着けず、小具足風に銀色に鈍く光る南蛮鎧の籠手のみを両腕に着けている。

 素材が異なるのか、あるいは製法が違うのか、同じ銀色でも賦秀が用いる銀の鯰尾兜とは輝きが異なる。

「異国者とて、無礼な物言いにもほどがあるぞ」
 生真面目な性分の結解十郎左衛門が腹を立て、異国の男の正面に立ちふさがる。

 しかし、身の丈六尺あまりの異国者の男を見上げながらの十郎左衛門の苦言は、柳に風と受け流されてしまう。

「いい加減、その若旦那という呼び方はやめろ」
 横合いから賦秀も眉を逆立てて声を荒げるが、その男は意に介した様子もない。

「ソレガシ、南蛮人ゆえ、日ノ本の言葉は難しいね」
 異人の証である金髪碧眼を持ち、彫りの深い面立ちの男は、意味ありげににやっと笑ってみせる。

 男の名はジョバンニ・ロルテス。

 彼の出身地である羅馬国にちなみ、山科羅久呂左衛門勝成なる日本の名を与えたのは、他ならぬ賦秀だった。

 山科の名字は、「生まれたのはどのような地であったか」との賦秀の問いに、ロルテスが「京の山科の如き窪地に似ているところね」と答えたことにちなむ。

 もっとも賦秀にその真偽を確かめる術はないし、今となってみれば知っていた地名が山科ぐらいしかなかったのではと疑いたくもなる。

 それほどまでにロルテスは冗談好きで、細かいところにはこだわらない気質の持ち主だった。

 二人の付き合いは意外と長い。

 ロルテス自身が語ったところによれば、元々はうるがん様と親しまれるイエズス会の宣教師・オルガンティーノの護衛として元亀元年に日本にやってきたという。

 その後は、オルガンティーノの元を離れ、食客として関家に身を寄せていた。

 彼自身はキリスト教の布教にさほど興味がなかったものらしい。

 もっとも、関家の当主である関盛信は伊勢侵攻を目論んだ信長に最後まで敵対したために、蒲生家に身元を長らく預けられていた。

 結果、ロルテスは実際には嫡子・関一政の元にあり、客将のような立場にあった。

 南蛮の知識は合戦に有用であると見込まれてはいるものの、正式な家臣として扶持を与えられている訳ではない。

 ロルテスは、しばしば関家の身元預かり先である蒲生家に、お忍びで姿をみせる一政の供をしてやってきており、その際に賦秀と知り合った。

 いま、関盛信改め万鉄斎と一政の父子は、神戸信孝率いる堺の四国遠征軍の一翼を担って出陣している。

 万鉄斎は、此度の出陣にあたって長きに渡った幽閉を解かれ、浪人衆の一手を預けられている。

 出陣に際して関親子に同陣を願い出たロルテスだったが、関家の手勢を率いる一政も、万鉄斎も揃って難色を示していた。

 紅毛人の手を借りるつもりはない、との態度に一悶着を起こし、ロルテスは結局居残りを命ぜられる羽目になっていた。

 安土城の賢秀の元に身柄を預けられていたところ、此度の変事に行き会ったのだ。

 信長の死という思いも寄らない事態に、さすがに賦秀ですら内心の動揺は押し隠せないでいるが、このロルテスという男だけは平然としている。

 賦秀はこの異国人の顔をしげしげと見つめた。

 彼の身の上話を信じるのであれば、今でもマルタ騎士団に籍を置いているというロルテスは西暦一五六五年、日本でいう永禄八年に起こったオスマントルコのマルタ島への大包囲戦を経験している。

 かねてよりロルテスは、その凄まじい戦いの光景をよく賦秀に語っていた。

 冗談好きのロルテスをして、それは人生観・死生観を変えるほどの衝撃であったらしい。

 かろうじて地獄のような包囲戦を生き延びた後、遠い世界の果てまで見聞をしたいとの思いから、オルガンティーノの護衛の役目を引き受けたという。

(異国人にとっては上様のことなど判らぬであろうから、無理もないが……)

「羅久呂左衛門よ、遊山ではないぞ。それよりお主は万鉄斎殿の元に身を寄せた折、軍略の手練れと名乗ったそうじゃな。此度はその力量に期待してよいのであろうな」
 賦秀は眼光鋭くロルテスを見据える。

「任せなよ若旦那。マルタ騎士団が島でどんな戦いをしてきたか、証明してみせるよ」
 あっけらかんとした口調で、ロルテスは安請け合いをする。軽薄な口ぶりは、小癪ながらもその面立ちによく似合っていた。

 賦秀としては苦笑いするしかないが、藁をもすがる思いであることは隠しようもない。

 ロルテスは問われれば前歴を語る。

 だが、それらは冗談交じりの話になることも多いうえに、そもそも裏付けを取りようもないこともあって、賦秀にしても、その人となりを知る逸話はあまり多く耳にしていない。

 マルタ騎士団と呼ばれる異国の兵団の一員としての資格を今なお有していること、その根拠地は異教の大軍に激
しく攻め立てられたがかろうじて死守したこと、そしてその戦さの後、故郷を離れる決意を固めたことなどを断片的に聞き知っているだけだ。

「お主の故郷に住む騎士なる者どもは、皆そのように気楽な心持ちで戦さに臨んでおるのか」

「いやあ、ソレガシのような真面目な人間は故郷にはそういませんぜ」
 賦秀の言葉を、ロルテスはにやりと笑って受け流す。

 つまりロルテスとは、そのような男であった。



 結局、賦秀は十郎左衛門とロルテスを連れて、本丸に向けて足を向けた。

 途中、揃って着物にたすき掛けをしてまとめ、頭には白鉢巻、手には薙刀を持ついかめしい女御衆の一行と出会う。

「これは忠三郎殿。そなたが一番に駆けつけてくれましたか」

 戦装束に身を固めた賦秀の姿に怯えた様子を見せる女御衆の先頭にあり、安堵の表情を浮かべたのは、賦秀が訪れようとしていた当人・鍋の方であった。

 他の女御衆同様にいかめしい装束で先頭に立っている鍋の方の様子に、賦秀は内心で驚く。

 彼の知る限り、平素の鍋の方は諸事控え目な女性であり、このような形で表に立つことなど考えられなかった。

 もっとも、賦秀が信長の小姓を勤めていたころから互いに見知った間柄ではあるが、実際に言葉を交わした経験は少ない。

(さぞ心細い思いをしておられように、御方様も城内の動揺を鎮めようと懸命なのだ)

 賦秀は小さく咳払いしてから口を開く。

「危難を避けるべく我が中野城にお招きしたく存じておりましたが、御方様にはまことに申し訳なきことながら、凶徒どもが間近に迫っておりますれば、城外に逃れることは難しゅうなり申した。かくなる上は、当城にて一戦いたす他にないものと存じまする」
 賦秀は畏まって述べる。

 女御衆の間から、声にならない悲鳴が漏れる。

「左様ですか。忠三郎殿の決めたことなれば、否とは申しますまい」
 鍋の方は眉を寄せて悲し気な表情をみせたものの、その声には落胆も悲嘆の色もなかった。

 既に信長の死に絶望し、それ以上に心が揺れることは今更なにもないといった風情である。

 だが、賦秀はその様子にも落胆することなく声を励ます。

「調者の報せによれば敵手は五千あまりとのこと。当方は一千ばかりに過ぎず、上様の築かれし城とは申せ、守りきれるとは限りませぬ。泣き言を申すようで心苦しくはございますが、お覚悟の程はお願いしたきところにございまする」

「構いませぬ。上様も、同じ命を落とすならば本能寺ではなくこの城の本丸にて最期を飾りたかったことにございましょう。上様になりかわりてこの私めが最期にその思いを果たせるのであれば、悔いはありませぬよ」
 鍋の方のてらいもない言葉に、賦秀は息を呑んだ。

 ただ絶望しているだけと見誤ったのは不覚だったか、と頭を垂れる。

「まこと、お見事なご覚悟」
 世辞ではなく、そう口を衝いて出ていた。

 武士であっても、戦場にあって気を高ぶらせてでもいなければ、感嘆に言える言葉とは思えなかった。

「とは申せ、婿殿もむざむざ負ける戦さをするつもりはないのでしょう?」

「それは無論のこと」
 挑発めいた鍋の方の言葉を受け、賦秀は気圧された己を恥じるように意気込んだ。

 このあたり、年相応の若さが顔を覗かせる。

「それがしの、否、我が配下の下人、人足に至るまでが全ての知恵を振り絞り、明智勢を跳ね返してご覧に入れまする」

「それでこそ上様の婿殿」鍋の方が微笑んだ。自らに言い聞かせるように小さく頷いてから言葉を継ぐ。「かくなる上は、この城の差配をお任せいたします。金蔵も焔硝蔵も全て自儘になさりませ。この一戦で全てを使い果たすつもりでおやりなされ」

「それは……」
 天下人の城である。

 どれほどの金銀や軍需物資が蓄えられているか、さすがの賦秀も全容は把握しきれていない。

 それを全て自由に用いて戦さが出来る。

 圧倒的に不利な情勢ながら、いやむしろ、不利な情勢であるからこそ、賦秀の胸は躍った。

 目の輝きに鋭さが増す。

 無論、鍋の方が正式に安土城の城代として指揮権を有している訳ではない。

 しかし、例えあとから横やりが入ろうとも、鍋の方の言葉云々を抜きにして、賦秀は己の思うがままの戦さをする覚悟を固めていた。
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