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(六)明智勢の仕寄り
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六月四日。未の刻。
秀満は近江国において、瀬田城の接収と山岡景隆をはじめとする周辺の国人を明智の味方として組み込むのに、丸一日を費やした。
「事は一刻を争うのですぞ。いささか悠長に過ぎるのでは」
光秀の亡妻・熙子の弟、つまり光秀にとって義理の弟であり、秀満の寄騎としてつけられている妻木範賢などは良い顔をしなかった。
範賢は光秀の縁者ということもあってか、今回の近江討ち入れにあたって秀満の軍師のような立場を自らに課している節があった。
だが、せっかくの進言を、秀満は意に介さなかった。
「拙速を尊ぶのも結構だが、それも時と場合によりけりじゃ。不眠不休でいつまでも槍働きが出来るものでもあるまい」
彼に言わせれば、光秀が神速で事を運んだのは、相手に事変の存在すら気づかせぬうちに行動することで先手を取るためだ。
しかし、もはや信長の死は畿内には知れ渡っている。
これからはむしろ先手を取ることよりも、主を失って混乱した相手を油断無く討ち果たしていくほうが確実だと秀満は考えていた。
その考えに従い、近江と美濃に対しては乱波を走らせ、信長の死の情報をばらまかせつつ、光秀につけば多大な恩賞が与えられることを匂わせて反織田派の決起を促していた。
その過程で、安土城では明智勢の来襲を聞いて兵が四散し、一度は日野から駆けつけた蒲生勢も逃げだし、もはや城はもぬけの空になっているとの報せも届いていた。
これを聞いて一刻もはやく安土城を占拠すべし、と息巻くのは寄騎武将のみならず、秀満の配下も同様だった。
秀満にとっては意に沿う形ではなかったが、半ば突き上げにあう格好で早朝には瀬田城を出陣し、湖畔沿いに東に向かっていた。
(それがしに近江の切り取りをお任せになった、殿の期待に応えねばならぬ)
当初、明智勢の主力をどこに差し向けるかについては重臣の間でも議論が分かれるところだった。
天下人の城として認知されている安土城の占拠こそ第一とすべし、との意見も強固に存在していたのだ。
結局、光秀は最も間近な難敵、すなわち堺にとどまる神戸信孝を大将とする四国への渡海をまっていた軍団を撃破することに決めていた。
一万五千を擁する信孝軍に対し、光秀の兵力は一万あまりと数の上では劣勢である。秀満に五千の兵を預け、東の抑えを命じたためだ。
光秀は兵数の差は、明智勢の士気の高さと、去就に迷う織田諸将の動揺につけこむことで補う腹づもりだった。
(殿は成し遂げるであろう。それがしもしくじりは許されぬ)
秀満はそう決意を新たにしていると、先行させていた物見が戻ってきた。
物見に出ていた武者は騎乗したまま秀満の間近まで馬鞍を寄せてきて、意外なことを告げた。
「安土城に居座る蒲生勢が、籠城の構えをみせておりまする」
「なにっ」
秀満の顔がたちまちこわばる。
「昨日のうちに蒲生の手勢が城を出たとの報せがあった筈ぞ。すでに退去したのではなかったのか」
秀満の寄騎衆として同陣する丹波衆のひとり、四王天政実が横から荒げた声をあげる。
安土城の搦め手から蒲生勢が落ち延びていったとの乱波の報告があったからこそ、無傷で城を手に入れられると踏み、無理攻めは控えていたのだ。
もちろん、政実が物見を怒鳴りつけたところで状況が変わるわけではない。
「蒲生が城を捨てた、というのは何かの誤報であったのやも知れぬ。あくまでも籠もって戦うというのであれば、攻め落とすほかあるまい」
最初からの想定通り、とばかりの秀満の落ち着いた声に、報せを聞いて気色ばんでいた政実はじめ諸将の動揺も収まる。
しかし、当の秀満は苦虫をかみつぶす思いを顔に出さないように苦労していた。
(空き城を占拠するだけならば良かったが、立て籠もられると厄介じゃな)
一度は安土城がただで手に入るものと思いこんでいただけに、間近に迫ったところで城攻めを行わなければならないとの報せには、居合わせた諸将も落胆を隠せない。
と同時に、なんとか合戦に及ばずに開城させられないかとの欲が沸く。
立て籠もるのせいぜい一千。多くても二千は越えまい、と秀満は踏んだ。
瀬田城の山岡勢を加えて、六千あまりに増えた明智勢にとっては勝てぬ相手ではない。
だが、ここでの損耗は出来るだけ避けたいのも事実だ。
観音寺城跡から弧を描いて下ってくる尾根筋は安土城のほぼ真南方向まで伸びている。その付け根付近の竜石山の麓に、佐々木源氏発祥の地とされる沙沙貴神社がある。
安土城の大手口からは、直線距離で四半里といったところだ。
神社の境内に本陣を定めた秀満は、城攻めの布陣に備えた準備を行わせる一方、妻木範賢、三宅業朝、荒木行重、四王天政実、猪飼野秀貞ら主立った将を集めて軍議を開いた。
「まずは使者を送ろうと思う。おとなしく門を開くならばそれでよい」
そう切り出した秀満に、例によって範賢が難色を示した。
「降る気があるなら、最初から立て籠もりはしますまい」
「そうとも限らぬであろう。蒲生の親父殿は律儀者と評されておるだけに、意地が邪魔をして兵を間近に見ぬ間からは降れぬと思うただけやもしれぬでな」
安土城の守りを任されているのが蒲生賢秀であることは周知であり、彼の評判も大抵の将は耳にしている。
秀満が何を言わんとしているかは諸将の間にもすぐ伝わった。
律儀者とはいうものの、かつて六角家の重臣でありながら一戦も交えずに織田家に降ったのが蒲生賢秀という男である。
此度も明智に降る可能性は充分にあった。
「そういうことであれば」
丹波衆の荒木行重が賛意を示す。
「とは申せ、天下の城となれば一戦交えてみたくもありますがな」
四王天政実が言い放ち、笑いが起こった。
光秀による丹波攻略の過程で降った丹波の国衆である荒木行重や四王天政実は、長年に渡って丹波国内の寸土を巡って小競り合いを続けるだけの日々を過ごしてきた。
他国との戦さといえば、せいぜいが但馬国にちょっかいを出す程度のものだった。
それが、光秀の配下となった結果で、一躍天下人の軍勢の一員となったのだ。
さらに光秀が新たな天下人になりおおせるならば、一介の国衆に過ぎなかった彼らにも、天下人の直臣として一国の太守となれる可能性も出てくる。
加えて彼らはあくまでも光秀に降ったのであって、元々信長に対する忠誠心など持ち合わせていない。主殺しの罪悪感も薄い。
そのためある意味では、光秀に古くから仕える家臣たちよりも意気軒昂な側面もあった。
とはいえこの時点で、安土城の接収に不安を覚えている者は一人もいない。
明智秀満勢が催した軍議の結果、まず開城を迫るとの方針が定まり、山岡景隆の配下から使者が送り出された。
安土城内には景隆の実弟・景佐がいる縁があり、無碍な扱いは受けないものと思われたからだ。
なお、山岡家は四人の男がいるが、瀬田城の陥落によって長男・景隆と三男・山岡景猶、四男・山岡景友は既に明智方に与している。
決死の覚悟で安土城に送り出された使者は、ほどなくして無事に本陣まで戻ってきた。
安土城を預かる賢秀が景友らとともに使者に応対し、「城内の意見をまとめるため、しばし時間を戴きたい」との回答を寄越してきていた。
「そうか、右兵衛大夫殿がのう……」
腑に落ちぬという口ぶりで秀満が呟く。右兵衛大夫とは蒲生賢秀のことだ。
賢秀が信長不在の安土城二ノ丸番衆の一人であることは聞き知っているが、どこか腑に落ちぬものを感じていた。
「弥平次殿。これは時間稼ぎに相違ありませぬぞ」
妻木範賢が眉をひそめる。
傍らで、三宅業朝も同意の印に渋い顔で頷いている。
「即座に城を明け渡さぬのであれば、ひと息に揉み潰すまででござろう」
荒木行重や四王天政実なども鼻息が荒い。
「うむ……。だが、奴輩め、時を稼いでなんといたす? 安土方は、我らをここに釘付けにしておけば情勢がよくなると踏んでおるのか」
そう応じながら、秀満は明智方にとっての近江以東における不安要素に思いを巡らせた。
信長の次男、伊勢・松ケ島城城主の北畠信意が動いたとの報せはまだ届いていない。
上杉攻めの最中の柴田勝家や、関東入りして日の浅い滝川一益の元には、まだ明智の挙兵の事実すら伝わっていないかも知れない。
仮に伝わっていたとしても、簡単に兵を返せる情勢にはない筈である。
美濃・岐阜城の織田信忠は、既に父とともに首級となって京洛に晒されている。
永禄十年以降、織田の本貫地のような扱いを受けている美濃だが、最も長きに渡って尾張の織田家と争ってきた国柄でもある。
ひとたび信長という枷が外れたことで、かえって不穏な情勢となっていることも考えられた。
少なくとも、美濃国内を短期間でまとめあげられる織田家の者はいないだろう。
織田の盟友・徳川家康は堺から行方知れずとなっている。おそらく自領・三河への逃避行の最中であろう。
明智方としても家康の探索にまでは人手をかけられないので、生き延びる可能性はある。
だが、家康が尾張、美濃と織田領を踏み越えてまで即座に弔い合戦の兵を向けてくるとは考えづらかった。
信長の死を関東の北条家が知れば、どのような動きを示すか予測が付かず、家康とて簡単に兵を動かせないはずだ。
「待つほかあるまい」
秀満はそう軍議を締めくくらざるを得なかった。
もちろん、ただ徒に時を過ごすような真似はしない。
佐和山城や長浜城といった有力な城を明智方の手中に収めるべく、反織田の志を持つ者にむけて決起を促す書状を再度書き、乱波に託す。
(時がかかれば、不利となるのはむしろ安土城の織田方であろう)
小賢しい時間稼ぎなどを行えば、却って織田家の首を絞めることになる。
若干の不安を抱きつつも、秀満は己の中でそう結論づけた。
秀満は近江国において、瀬田城の接収と山岡景隆をはじめとする周辺の国人を明智の味方として組み込むのに、丸一日を費やした。
「事は一刻を争うのですぞ。いささか悠長に過ぎるのでは」
光秀の亡妻・熙子の弟、つまり光秀にとって義理の弟であり、秀満の寄騎としてつけられている妻木範賢などは良い顔をしなかった。
範賢は光秀の縁者ということもあってか、今回の近江討ち入れにあたって秀満の軍師のような立場を自らに課している節があった。
だが、せっかくの進言を、秀満は意に介さなかった。
「拙速を尊ぶのも結構だが、それも時と場合によりけりじゃ。不眠不休でいつまでも槍働きが出来るものでもあるまい」
彼に言わせれば、光秀が神速で事を運んだのは、相手に事変の存在すら気づかせぬうちに行動することで先手を取るためだ。
しかし、もはや信長の死は畿内には知れ渡っている。
これからはむしろ先手を取ることよりも、主を失って混乱した相手を油断無く討ち果たしていくほうが確実だと秀満は考えていた。
その考えに従い、近江と美濃に対しては乱波を走らせ、信長の死の情報をばらまかせつつ、光秀につけば多大な恩賞が与えられることを匂わせて反織田派の決起を促していた。
その過程で、安土城では明智勢の来襲を聞いて兵が四散し、一度は日野から駆けつけた蒲生勢も逃げだし、もはや城はもぬけの空になっているとの報せも届いていた。
これを聞いて一刻もはやく安土城を占拠すべし、と息巻くのは寄騎武将のみならず、秀満の配下も同様だった。
秀満にとっては意に沿う形ではなかったが、半ば突き上げにあう格好で早朝には瀬田城を出陣し、湖畔沿いに東に向かっていた。
(それがしに近江の切り取りをお任せになった、殿の期待に応えねばならぬ)
当初、明智勢の主力をどこに差し向けるかについては重臣の間でも議論が分かれるところだった。
天下人の城として認知されている安土城の占拠こそ第一とすべし、との意見も強固に存在していたのだ。
結局、光秀は最も間近な難敵、すなわち堺にとどまる神戸信孝を大将とする四国への渡海をまっていた軍団を撃破することに決めていた。
一万五千を擁する信孝軍に対し、光秀の兵力は一万あまりと数の上では劣勢である。秀満に五千の兵を預け、東の抑えを命じたためだ。
光秀は兵数の差は、明智勢の士気の高さと、去就に迷う織田諸将の動揺につけこむことで補う腹づもりだった。
(殿は成し遂げるであろう。それがしもしくじりは許されぬ)
秀満はそう決意を新たにしていると、先行させていた物見が戻ってきた。
物見に出ていた武者は騎乗したまま秀満の間近まで馬鞍を寄せてきて、意外なことを告げた。
「安土城に居座る蒲生勢が、籠城の構えをみせておりまする」
「なにっ」
秀満の顔がたちまちこわばる。
「昨日のうちに蒲生の手勢が城を出たとの報せがあった筈ぞ。すでに退去したのではなかったのか」
秀満の寄騎衆として同陣する丹波衆のひとり、四王天政実が横から荒げた声をあげる。
安土城の搦め手から蒲生勢が落ち延びていったとの乱波の報告があったからこそ、無傷で城を手に入れられると踏み、無理攻めは控えていたのだ。
もちろん、政実が物見を怒鳴りつけたところで状況が変わるわけではない。
「蒲生が城を捨てた、というのは何かの誤報であったのやも知れぬ。あくまでも籠もって戦うというのであれば、攻め落とすほかあるまい」
最初からの想定通り、とばかりの秀満の落ち着いた声に、報せを聞いて気色ばんでいた政実はじめ諸将の動揺も収まる。
しかし、当の秀満は苦虫をかみつぶす思いを顔に出さないように苦労していた。
(空き城を占拠するだけならば良かったが、立て籠もられると厄介じゃな)
一度は安土城がただで手に入るものと思いこんでいただけに、間近に迫ったところで城攻めを行わなければならないとの報せには、居合わせた諸将も落胆を隠せない。
と同時に、なんとか合戦に及ばずに開城させられないかとの欲が沸く。
立て籠もるのせいぜい一千。多くても二千は越えまい、と秀満は踏んだ。
瀬田城の山岡勢を加えて、六千あまりに増えた明智勢にとっては勝てぬ相手ではない。
だが、ここでの損耗は出来るだけ避けたいのも事実だ。
観音寺城跡から弧を描いて下ってくる尾根筋は安土城のほぼ真南方向まで伸びている。その付け根付近の竜石山の麓に、佐々木源氏発祥の地とされる沙沙貴神社がある。
安土城の大手口からは、直線距離で四半里といったところだ。
神社の境内に本陣を定めた秀満は、城攻めの布陣に備えた準備を行わせる一方、妻木範賢、三宅業朝、荒木行重、四王天政実、猪飼野秀貞ら主立った将を集めて軍議を開いた。
「まずは使者を送ろうと思う。おとなしく門を開くならばそれでよい」
そう切り出した秀満に、例によって範賢が難色を示した。
「降る気があるなら、最初から立て籠もりはしますまい」
「そうとも限らぬであろう。蒲生の親父殿は律儀者と評されておるだけに、意地が邪魔をして兵を間近に見ぬ間からは降れぬと思うただけやもしれぬでな」
安土城の守りを任されているのが蒲生賢秀であることは周知であり、彼の評判も大抵の将は耳にしている。
秀満が何を言わんとしているかは諸将の間にもすぐ伝わった。
律儀者とはいうものの、かつて六角家の重臣でありながら一戦も交えずに織田家に降ったのが蒲生賢秀という男である。
此度も明智に降る可能性は充分にあった。
「そういうことであれば」
丹波衆の荒木行重が賛意を示す。
「とは申せ、天下の城となれば一戦交えてみたくもありますがな」
四王天政実が言い放ち、笑いが起こった。
光秀による丹波攻略の過程で降った丹波の国衆である荒木行重や四王天政実は、長年に渡って丹波国内の寸土を巡って小競り合いを続けるだけの日々を過ごしてきた。
他国との戦さといえば、せいぜいが但馬国にちょっかいを出す程度のものだった。
それが、光秀の配下となった結果で、一躍天下人の軍勢の一員となったのだ。
さらに光秀が新たな天下人になりおおせるならば、一介の国衆に過ぎなかった彼らにも、天下人の直臣として一国の太守となれる可能性も出てくる。
加えて彼らはあくまでも光秀に降ったのであって、元々信長に対する忠誠心など持ち合わせていない。主殺しの罪悪感も薄い。
そのためある意味では、光秀に古くから仕える家臣たちよりも意気軒昂な側面もあった。
とはいえこの時点で、安土城の接収に不安を覚えている者は一人もいない。
明智秀満勢が催した軍議の結果、まず開城を迫るとの方針が定まり、山岡景隆の配下から使者が送り出された。
安土城内には景隆の実弟・景佐がいる縁があり、無碍な扱いは受けないものと思われたからだ。
なお、山岡家は四人の男がいるが、瀬田城の陥落によって長男・景隆と三男・山岡景猶、四男・山岡景友は既に明智方に与している。
決死の覚悟で安土城に送り出された使者は、ほどなくして無事に本陣まで戻ってきた。
安土城を預かる賢秀が景友らとともに使者に応対し、「城内の意見をまとめるため、しばし時間を戴きたい」との回答を寄越してきていた。
「そうか、右兵衛大夫殿がのう……」
腑に落ちぬという口ぶりで秀満が呟く。右兵衛大夫とは蒲生賢秀のことだ。
賢秀が信長不在の安土城二ノ丸番衆の一人であることは聞き知っているが、どこか腑に落ちぬものを感じていた。
「弥平次殿。これは時間稼ぎに相違ありませぬぞ」
妻木範賢が眉をひそめる。
傍らで、三宅業朝も同意の印に渋い顔で頷いている。
「即座に城を明け渡さぬのであれば、ひと息に揉み潰すまででござろう」
荒木行重や四王天政実なども鼻息が荒い。
「うむ……。だが、奴輩め、時を稼いでなんといたす? 安土方は、我らをここに釘付けにしておけば情勢がよくなると踏んでおるのか」
そう応じながら、秀満は明智方にとっての近江以東における不安要素に思いを巡らせた。
信長の次男、伊勢・松ケ島城城主の北畠信意が動いたとの報せはまだ届いていない。
上杉攻めの最中の柴田勝家や、関東入りして日の浅い滝川一益の元には、まだ明智の挙兵の事実すら伝わっていないかも知れない。
仮に伝わっていたとしても、簡単に兵を返せる情勢にはない筈である。
美濃・岐阜城の織田信忠は、既に父とともに首級となって京洛に晒されている。
永禄十年以降、織田の本貫地のような扱いを受けている美濃だが、最も長きに渡って尾張の織田家と争ってきた国柄でもある。
ひとたび信長という枷が外れたことで、かえって不穏な情勢となっていることも考えられた。
少なくとも、美濃国内を短期間でまとめあげられる織田家の者はいないだろう。
織田の盟友・徳川家康は堺から行方知れずとなっている。おそらく自領・三河への逃避行の最中であろう。
明智方としても家康の探索にまでは人手をかけられないので、生き延びる可能性はある。
だが、家康が尾張、美濃と織田領を踏み越えてまで即座に弔い合戦の兵を向けてくるとは考えづらかった。
信長の死を関東の北条家が知れば、どのような動きを示すか予測が付かず、家康とて簡単に兵を動かせないはずだ。
「待つほかあるまい」
秀満はそう軍議を締めくくらざるを得なかった。
もちろん、ただ徒に時を過ごすような真似はしない。
佐和山城や長浜城といった有力な城を明智方の手中に収めるべく、反織田の志を持つ者にむけて決起を促す書状を再度書き、乱波に託す。
(時がかかれば、不利となるのはむしろ安土城の織田方であろう)
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