【架空戦記】蒲生の忠

糸冬

文字の大きさ
11 / 30

(十一)奇襲の備え

しおりを挟む
 沙沙貴神社の境内に幔幕を張った明智勢の本陣は憂色に包まれていた。

 二日にわたる強襲で、大手口、百々橋口をいずれも破ることが出来ず、徒に手負い討ち死にを出しているからだ。

 太陽が西に傾く頃合いに、早々に城攻めは打ち切られていた。

 仮にこれから首尾良く門を破ったところで、城内に入っていくらもしないほどに日没を迎えそうだったためだ。

 攻める側が敵の城の中で夜を明かすことなど危険きわまりなく、いったん兵を退くのが常道である。

(むしろ、この間合いで城内に押し入れるようになったとすれば、忠三郎の策を疑わねばならぬ状況じゃ)

 城攻めは何度も経験している秀満であるが、火薬や油を用いた見慣れぬ武具による迎撃により、火傷を負った者がこれまでの戦さでは見たこともないほどに多くなっている。

 炎は打ち壊された城下の町並みにも飛び火し、消火する者もないまま焼き尽くした。

 城下には黒々とした炭ばかりが目に入る、無惨な光景が広がっている。

 だがなにより、生きたまま人間が松明のように燃え上がる姿を何度も目の当たりにして、さしもの明智の猛者達が怖じ気づいてしまっている。

 加えて、予想されたことではあるが、安土城には呆れるほどに贅沢に鉄砲弾薬を有している。

 炎攻めを嫌って猛進すれば、たちまち鉄砲の狙い打ちにあってしまう。

「敵にも相応の死傷者が出ておるはず。いつまでも持ちこたえられますまい」
 秀満の苦悩とは裏腹に、妻木範賢は強気に強攻策を主張する。

 自身も火傷を負わされていながら、なお気持ちが萎えていないことは素直に賞賛に値した。
 だが、それと城攻めの続行についての判断とは別だ。

 秀満は簡単には首肯できなかった。

「同じ攻め方をただ続けても、門を破るのは難しいのではないかと。なにより、兵の士気が保ちませぬぞ」
 範賢の傍らから三宅業朝が反論する。

 彼自身は手傷を負っていないものの、やはり配下のむごたらしい死に様を幾度も目にしており、このままでは勝てないと考えている様子だった。

「しかし、今更攻め手を変えるのも如何なものかと。こちらが苦しい時は敵手も同じく苦しいもの。あとひと息と見るが」

 四王天政実は強攻策に同調するが、同じ丹波衆ながら荒木行重はそれに同調せず、黙り込んだままだ。

「矢玉や鉄砲玉、焔硝の類が尽きてきておる様子が全くみえぬ。これでは、こちらが攻めさせられておるようなもの」

 明智方の諸将の意見が割れ、本陣にて長々と額を付き合わせて軍議を行っていたところ、夕闇が訪れるのを待ちかねるように城内から喚声が起こった。

 大手口と百々橋口の門が開かれ、今にも騎馬武者が躍り出してくるような気迫が伝わってくる。

「夜討ちかっ!」
 真っ先に四王天政実が床几を蹴って立ち上がった。

 その表情には驚きよりも喜色が浮かんでいる。軍議を放り出して己の手勢のところまで駆け戻っていく。

「いや、そうみせかけてまた伏勢がおるのやも知れぬぞ!」
 政実の背中に呼びかけつつ、荒木行重も陣幕を払って飛び出していく。

 二日間の強襲がうまくいかず、今日の城攻めも終わった。

 さすがに疲労を隠せない面持ちで夕餉にありつこうとしていた明智の兵が、思わぬ事態に騒然となっていた。

 緒戦で奇襲を許した屈辱が和刷られない秀満も、過剰ともいえるほどに敏感に反応した。

 丹波衆に遅れじと幔幕を飛び出して馬上の人となり、周囲をくまなく警戒しながら味方の陣を回って敵の襲撃に備えさせる。

 開かれた門に付け入りをすべし、との進言を行う者は誰もいなかった。

(もし、攻めかかるふりをして手を出してこないとすれば、誘いであろう)
 秀満は、血気に逸って突出する味方の将兵がいないことにむしろ満足感を覚えていた。

 蒲生の罠など食い破ってやる、と言いたいところではあるが、夜討ちのための備えをせぬままおびき寄せられては敵手の思うつぼである。

 こちらが動かないことを知って焦れたのか、安土城の大手口から城外に出て弓鉄砲を放つ者までちらほらと現れた。

 だが、同じく飛び道具で応射するだけで明智勢は兵を押し進める動きを見せなかった。

 やがて、挑発が効果無しと判断したのか、門は固く閉じられ、城内からわき起こっていた鯨波も聞こえなくなった。

「どうやら、何事もなかったようでございますな。我が方が誘いに乗らず、打つ手がなかったものと見えまする」
 秀満と同じく騎乗して手鑓をたばさんだ範賢が、敵勢を揶揄しながらも、安堵の表情を隠せないでいる。

「こちらも思い描いたとおりに事は運んでいない面もあるが、織田勢も状況の厳しさは理解しているのであろうな」

 そこへ、息も絶え絶えといった様子で猪飼野秀貞が徒武者を引きつれて秀満の馬の傍らに走り込んできた。

 具足の乱れを直す余裕もない秀貞は、思いがけないことを告げた。

「搦め手口の番所が破られてござる!」

「なにっ! 詳しく申せ!」

 秀満はひらりと馬から飛び降り、秀貞の胸ぐらを掴み挙げかねない剣幕で問いかける。

「多くの騎馬武者に乗り崩しを受け、恥ずかしながら立ちむかう間もなく蹴散らされてしまった次第。申し訳ござらぬ」

 秀貞は咳き込みながらも、言い淀むことなく己の失態を口にした。

「敵が間近に迫ったことを、誰も気づかなかったと申すのか」

 殺気だった表情で、妻木範賢も傍らから詰め寄る。

「城内から突如沸きおこった鬨の声に、兵が皆、気を取られたのは不覚にござった」

「それで、敵は城内に退いたのか、確かめられたのであろうな」
 範賢がいらだたしげに問う。

「いえ、我らを追い散らした後、さらに先に進んだと思われまする。退いた姿はみておりませぬ」

「む? 先とはどういうことじゃ」

 首をかしげる範賢に対し、秀満は事の次第をある程度把握できた、と思った。

「それなりの数の敵が城外に出た、ということであろう。……して、鯰尾の兜の武者は見たか」

「はっ。しかとは判りかねますが、そのような兜をかぶった武者が先頭にたって斬り込んで参ったのは確かにございます」
 秀貞の答えに、秀満は眉間にしわを寄せた。

「ならば、そやつが蒲生忠三郎じゃ。城内から声を上げて我らの耳目を引きつけつつ、城外に討って出たようじゃな」

「その敵勢が城外に出て戻っておらぬ、ということは……」

 範賢はしばし思案げな顔をしていたが、ある可能性に思い至って表情を曇らせる。

 秀満も、厳しい面持ちで頷き返す。

「左様。夜討ちを企むやも知れぬ。物見を四方に放ち、忠三郎の行方を追わせよ」

「はっ。二度も同じ手は喰わぬことを知らしめてやらねば」

 肩を怒らせた範賢は、各陣の見張りを強化するよう指示を飛ばし始めた。

 その後ろ姿をみながら、秀満はまだなにか賦秀に策を仕掛けられている気がしてならなかった。

(完全に後手に回っておる。己の戦さが出来ておらぬ。儂の中に迷いが多すぎるせいなのか……)

 秀満の顔に、苦悶の色が濃く浮かんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【完結】新・信長公記 ~ 軍師、呉学人(ごがくじん)は間違えない? ~

月影 流詩亜
歴史・時代
​その男、失敗すればするほど天下が近づく天才軍師? 否、只のうっかり者 ​天運は、緻密な計算に勝るのか? 織田信長の天下布武を支えたのは、二人の軍師だった。 一人は、“今孔明”と謳われる天才・竹中半兵衛。 そしてもう一人は、致命的なうっかり者なのに、なぜかその失敗が奇跡的な勝利を呼ぶ男、“誤先生”こと呉学人。 これは、信長も、秀吉も、家康も、そして半兵衛さえもが盛大に勘違いした男が、歴史を「良い方向」にねじ曲げてしまう、もう一つの戦国史である。 ※ 表紙絵はGeminiさんに描いてもらいました。 https://g.co/gemini/share/fc9cfdc1d751

処理中です...