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(十三)長浜城の開城
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佐和山城から長浜城までの距離は、湖岸沿いをひたすら北上しておよそ四里足らず。
賦秀は兵を急がせ、午の刻を迎える前に長浜城を指呼のうちにとらえた。
既に城門は堅く閉ざされ、京極家の四つ目結の旗印が幾筋もたなびいている。
平城ながら、長浜城の防備は、油断しきっていた佐和山城ほど薄くないのは一目見てあきらかだった。
これは城内に京極高次自身がいて、自ら指揮を執っていることが大きかった。
彼は武田元明と異なり、安土城攻めに参陣していない。
秀吉の配下にあって、遠征に同陣していない境遇は元明と似ていたが、高次は領内に曲がりなりにも扶持を与えられている。
一足飛びの武功を求めず、長浜城を堅く守ることが家運を広げることにつながると考えた高次は、秀満からの合流要請を丁重に拒否していた。
しかし、長浜城の状況を見ても賦秀は動じなかった。
甲賀忍びが、城内に籠もる兵はおよそ五百ほどであることを伝えてきていたからだ。
城攻めには守備兵の三倍の兵数を要するとされ、その点では賦秀が率いる兵の数は明らかに足りない。
だが、きちんと守りさえ固めていれば、寡兵であっても堅い城であることは疑いのない佐和山城に対し、湖岸の平城である長浜城は、充分な兵がなければ守りきることは難しい。
勝算は充分にあるといえた。
あとは賦秀と高次の采配ぶりが勝敗を分けるだろう。
「佐和山と長浜、攻める順序が逆であったら、こうはうまく運ばなかったろうて」
賦秀は薄く笑ってそううそぶき、手ばやく仕寄りの布陣を命じる。
同時に、謀叛人を討って秀吉の城を奪い返すため、と称して近郷から兵を募った。
すると、明智勢に味方するをよしとせず、さりとて戦況には利あらずとして息を潜めていた浪人者などが、織田の軍勢に味方できるならば、とばかりに加わってきた。
結果、仕寄りの用意が整う頃にはおよそ三百名近い兵力が加わり、賦秀の手勢はあわせて一千三百となった。
賦秀はそれらのうち五百名ずつを横山喜内と赤座隼人に率いさせて、大手と搦め手に向かわせた。
本陣にあって賦秀が直率する三百名は、遊軍として敵の守りが薄いところに集中投入する腹である。
「采配の振るいようがあるというものじゃ」
喚声をあげ、大手と搦め手の両方から攻めかかる味方の動きに目をやりながら、賦秀は手勢の投入の機をうかがった。
仕寄りがはじまってしばらくの攻防の後、いち早く突破の兆しを見せたのは搦め手だった。
守備に就く兵数も少なく、浴びせられる弓矢や鉄砲の量もたかが知れており、盾や竹束に守られて門に取り付いた蒲生の兵を蹴散らすに至らない。
大槌や丸太が叩きつけられる度に、門扉が大きくきしむ。
やがて、搦め手で采配を振る赤座隼人からは加勢を求める使者が送られてきた。
手が足りぬと泣きついてきた訳ではなく、城内に突入する武功を若殿の前でみせたいという稚気のようなものを感じさせた。
賦秀は「隼人の働き天晴れ、なおも励め」と激励の言葉を使者に告げただけで、床几から腰を上げようとはしなかった。
長浜城の城壁の向こうにいる京極高次の思惑を読み取るべく、些細な動きも見逃すまいと鋭い視線を向け続けている。
そして、大手門における抵抗が弱まったのを見逃さなかった。
それでもなお、賦秀はすぐには動かない。
浴びせられる弓矢や鉄砲が少なくなってきたのは、搦め手に兵が回されたからだと踏んだ。
賦秀は城内を移動する兵の動きを、あたかも上空から見下ろすかのようにありありと脳裏に描きつつ、間合いを計って采配を振るう。
「これより大手の加勢に向かう! 皆、続けや!」
咆吼一声、賦秀は曳かれてきた馬にまたがるや味方をかき分けるようにして大手門に向かって走り出す。
賦秀の行動を心得ている馬廻りも遅れじとばかりに後に続く。その中には、笑みを絶やさない異国人、ロルテスの姿もある。
賦秀直率の三百名の中には、仕寄り道具を持った者はすくない。
その代わりに鉄砲放ちが多く含まれていた。
その中には、先刻落城させたばかりの佐和山城の蔵から持ち出してきた鉄砲も含まれている。
半ば借り物の鉄砲が一斉に火を噴き、大手の守備にあたる京極勢が籠もる櫓や城壁の狭間に弾丸が撃ち込まれる。
ほとんどの弾丸は空を切ったり壁に食い込んだだけに終わったものの、それでもいくらかは死傷させたものらしい。
京極勢からの弓矢や鉄砲の勢いがしばし弱まった。
その機をを逃さず、数名がかりで担ぎ上げられた丸太が幾度も門扉に打ち付けられた。度重なる打撃を受け、ついに閂ごと横木がへし折れる。
押し開かれた門の向こうには、飛び込んでくる蒲生勢を一網打尽にすべく槍衾が構えられていた。
が、兵を率いる横山喜内は、京極勢の手荒い出迎えがあることを読んでいた。
素早く仕寄りの兵を退かせ、賦秀の鉄砲隊に道を譲る。
すかさず前に出た鉄砲隊が、横列を組んで斉射する。
間合いを外された京極勢の槍衾が大きく崩れる。
「今ぞ! 突っ込め!」
そう叫びながらも、いつものように賦秀自身が真っ先に斬り込んでいく。
槍衾の脇から進み出た京極の鉄砲放ちから銃弾が浴びせられたが、賦秀の勢いに気圧されて空を切る。
一発だけ、鯰尾の兜の先端部を打ち砕いた弾丸があったが、それでひるむ賦秀ではない。
鉄砲を構えた兵を目がけて突進し、手鑓を振るって蹴散らす。
後続の馬廻り衆もたちまち数名を血祭りにあげて、京極勢の長鎗の備えを押しに押していく。
それはあたかも、敗走する敵を盾にするかのようだった。
敵味方入り乱れるようにして、城内の奥へ奥へと戦線は押し込まれていく。
京極勢は賦秀の勢いに押され、味方を収容すべく開かれていた門を閉ざす間合いを逃した。
間を与えず付け入りに成功し、そのまま本丸の眼下まで攻め寄せる。
「よし、もはやこの城は頂戴したも同然。が、ここも元は羽柴筑前が城。本丸櫓を焼き落として後で面倒な話を押しつけられてもかなわん」
中国方面で毛利勢と対峙している羽柴秀吉の猿面を脳裏に思い浮かべ、賦秀は苦笑する。
秀吉の家族が人質となっているやも知れず、問答無用で攻め潰すことは憚られた。
京極高次が武具を捨てて退去して城を明け渡すことを条件に、降参を認めて助命する旨の矢文を幾筋も打ちこませた。
「甘すぎる仕置きではございませぬか。上様への謀叛に荷担した奴輩なれば、首級を挙げねば申し訳が立たぬというものでは」
敵の大将首を狙っていた横山喜内が、賦秀の判断に対して不満げな顔を隠さない。
「判っておる。されど、我らにも時が足りぬゆえ、致し方ない。羽柴筑前の城をこれ以上荒らして、あらぬ文句をつけられても困るでな」
賦秀は口をへの字にして応じる。
それから、その口の片端をつり上げて露悪的な笑みを作ってみせた。
「どの道、明智の謀叛が失敗に帰すことになれば、京極殿は畿内に居場所とて無くなるのじゃ。罪を償わせるのは、それからでも遅くはない」
その物言いに、文句を付けた横山喜内も思わず噴き出した。
やがて、本丸から返事があった。
賦秀の提案を呑み、城外に退去するという回答だった。
夕方を迎える前に、矢止めが成立した。
本丸の門が開かれ、京極高次がわずかな供を連れて姿を見せる。
「……」
出迎えた賦秀を高次が口惜しげに睨み付ける。
今朝までは、まさかこのような仕儀に立ち至るなどとはまったく想像もしていなかった筈である。
「巷間、勝敗は兵家の常と申す。恨み言を聞くつもりはないゆえ、早々に立ち去られよ」
敢えて賦秀は居丈高に言い放つ。
それなりに利用価値はあるのかもしれないが、理由はどうあれ明智方についた高次自身を味方につけるつもりは毛頭無かった。
だが、行きがかり上、心ならずも京極勢となってしまっていた者については話が別だ。
賦秀は京極勢に武装解除を行わせた上で、敗残の京極を見限って蒲生の兵として加わる者はいないか配下に確かめさせた。
その結果、城兵のうち百名ばかりが進んで配下となることを求めてきた。
彼らは引き続き長浜城の守りにつくものと、安土城の増援として迎え入れられる者に分けられる。
一人一人、賦秀が兵の面構えをみて決めていく。
「殿は骨相でも見なさるんで?」
にやつきながらロルテスが尋ねる。
傍目には、どういう基準で選んでいるか判らないため、当然の疑問といえた。
「そういう話ではない。手元において戦わせるのがよいか、しっかりと地に足を付けてこの長浜城を守らせるのがよいか、見極めていただけだ」
なんでもないことのように応じる賦秀に、ロルテスは肩をすくめてみせた。
「面構え一つで簡単に判るものですかね。ソレガシなんぞ、未だ日ノ本の人間の顔を見分けるのが苦手なんですがね」
さらに賦秀は配下に城内の様子を臨検させる一方で、湖岸から狼煙をあげさせていた。
安土城にこもる味方に、佐和山城と長浜城を奪還した旨を伝えるものだ。
なお、賦秀は出陣にあたって後事の采配を、父・賢秀と前田信勝に託している。
「できれば、山本山城の阿閉貞征を討っておきたいが……」
本丸櫓から山本山城のある北の方角を伺いながら、賦秀はつぶやく。
かつての浅井氏の居城であった小谷城が廃城となって久しく、今では小谷城の枝城であった山本山城が北陸方面に向かう街道をおさえる要衝となっている。
それを聞きとがめ、赤座隼人があきれ顔を見せる。
「さすがにそれは欲の張りすぎというものでござろう。明智方が手中に収めたばかりであった佐和山やここ長浜と異なり、山本山城は元来、阿閉淡路殿の持ち城。なれば、さすがにひと息で揉み潰すことは難しかろうと存ずる」
「判っておる。すこし惜しくなっただけだ」
賦秀は苦笑して首をふる。
日没後ほどなくして、夕闇に紛れて、安土城から派遣されてきた大船を中心とする船団が近づいてきた。
合図の狼煙を見て、沖から駆けつけてきたのだ。
かつて信長は、速やかに京に兵員を輸送するため、長さ三十間と称される巨大船を湖上に浮かべたことがあった。
安土城の天主を造ってその技術を世に知らしめた岡部又右衛門が、その建造に携わったと伝わる。
南蛮の技術を用いて竜骨を備えた洋船構造であるため、和船では成し得ぬほどの巨躯を誇った船ではあったが、航走技術までは充分に吸収できず、人が艪を漕いで動かすには大きすぎた。
ほどなく巨大船は解体され、それより小振りの船へと資材は転用されたとされる。
今、賦秀らを迎えに来たのは、その巨大船から生み出された船だった。
ただし、さすがに一千を超える兵の全ては一度に乗れないこともあり、賦秀を初めとした数百名が船上の人となった。
長浜城は赤座隼人が城将として残った。
佐和山城の岡左内とあわせ、この二城こそが、安土を攻める明智勢の牽制を担うこととなる。
(形勢逆転、とまではいかぬ。したが、明智方の軍略が齟齬を来すことは必定。それだけ安土の陥落は遠のく。さて、次の手はいかにすべきか……)
賦秀は甲板の上に仰向けになって寝転がった。
夜空を眺め、船体の揺れに身を任せながら、いつしかごく束の間のまどろみに落ちていった。
賦秀は兵を急がせ、午の刻を迎える前に長浜城を指呼のうちにとらえた。
既に城門は堅く閉ざされ、京極家の四つ目結の旗印が幾筋もたなびいている。
平城ながら、長浜城の防備は、油断しきっていた佐和山城ほど薄くないのは一目見てあきらかだった。
これは城内に京極高次自身がいて、自ら指揮を執っていることが大きかった。
彼は武田元明と異なり、安土城攻めに参陣していない。
秀吉の配下にあって、遠征に同陣していない境遇は元明と似ていたが、高次は領内に曲がりなりにも扶持を与えられている。
一足飛びの武功を求めず、長浜城を堅く守ることが家運を広げることにつながると考えた高次は、秀満からの合流要請を丁重に拒否していた。
しかし、長浜城の状況を見ても賦秀は動じなかった。
甲賀忍びが、城内に籠もる兵はおよそ五百ほどであることを伝えてきていたからだ。
城攻めには守備兵の三倍の兵数を要するとされ、その点では賦秀が率いる兵の数は明らかに足りない。
だが、きちんと守りさえ固めていれば、寡兵であっても堅い城であることは疑いのない佐和山城に対し、湖岸の平城である長浜城は、充分な兵がなければ守りきることは難しい。
勝算は充分にあるといえた。
あとは賦秀と高次の采配ぶりが勝敗を分けるだろう。
「佐和山と長浜、攻める順序が逆であったら、こうはうまく運ばなかったろうて」
賦秀は薄く笑ってそううそぶき、手ばやく仕寄りの布陣を命じる。
同時に、謀叛人を討って秀吉の城を奪い返すため、と称して近郷から兵を募った。
すると、明智勢に味方するをよしとせず、さりとて戦況には利あらずとして息を潜めていた浪人者などが、織田の軍勢に味方できるならば、とばかりに加わってきた。
結果、仕寄りの用意が整う頃にはおよそ三百名近い兵力が加わり、賦秀の手勢はあわせて一千三百となった。
賦秀はそれらのうち五百名ずつを横山喜内と赤座隼人に率いさせて、大手と搦め手に向かわせた。
本陣にあって賦秀が直率する三百名は、遊軍として敵の守りが薄いところに集中投入する腹である。
「采配の振るいようがあるというものじゃ」
喚声をあげ、大手と搦め手の両方から攻めかかる味方の動きに目をやりながら、賦秀は手勢の投入の機をうかがった。
仕寄りがはじまってしばらくの攻防の後、いち早く突破の兆しを見せたのは搦め手だった。
守備に就く兵数も少なく、浴びせられる弓矢や鉄砲の量もたかが知れており、盾や竹束に守られて門に取り付いた蒲生の兵を蹴散らすに至らない。
大槌や丸太が叩きつけられる度に、門扉が大きくきしむ。
やがて、搦め手で采配を振る赤座隼人からは加勢を求める使者が送られてきた。
手が足りぬと泣きついてきた訳ではなく、城内に突入する武功を若殿の前でみせたいという稚気のようなものを感じさせた。
賦秀は「隼人の働き天晴れ、なおも励め」と激励の言葉を使者に告げただけで、床几から腰を上げようとはしなかった。
長浜城の城壁の向こうにいる京極高次の思惑を読み取るべく、些細な動きも見逃すまいと鋭い視線を向け続けている。
そして、大手門における抵抗が弱まったのを見逃さなかった。
それでもなお、賦秀はすぐには動かない。
浴びせられる弓矢や鉄砲が少なくなってきたのは、搦め手に兵が回されたからだと踏んだ。
賦秀は城内を移動する兵の動きを、あたかも上空から見下ろすかのようにありありと脳裏に描きつつ、間合いを計って采配を振るう。
「これより大手の加勢に向かう! 皆、続けや!」
咆吼一声、賦秀は曳かれてきた馬にまたがるや味方をかき分けるようにして大手門に向かって走り出す。
賦秀の行動を心得ている馬廻りも遅れじとばかりに後に続く。その中には、笑みを絶やさない異国人、ロルテスの姿もある。
賦秀直率の三百名の中には、仕寄り道具を持った者はすくない。
その代わりに鉄砲放ちが多く含まれていた。
その中には、先刻落城させたばかりの佐和山城の蔵から持ち出してきた鉄砲も含まれている。
半ば借り物の鉄砲が一斉に火を噴き、大手の守備にあたる京極勢が籠もる櫓や城壁の狭間に弾丸が撃ち込まれる。
ほとんどの弾丸は空を切ったり壁に食い込んだだけに終わったものの、それでもいくらかは死傷させたものらしい。
京極勢からの弓矢や鉄砲の勢いがしばし弱まった。
その機をを逃さず、数名がかりで担ぎ上げられた丸太が幾度も門扉に打ち付けられた。度重なる打撃を受け、ついに閂ごと横木がへし折れる。
押し開かれた門の向こうには、飛び込んでくる蒲生勢を一網打尽にすべく槍衾が構えられていた。
が、兵を率いる横山喜内は、京極勢の手荒い出迎えがあることを読んでいた。
素早く仕寄りの兵を退かせ、賦秀の鉄砲隊に道を譲る。
すかさず前に出た鉄砲隊が、横列を組んで斉射する。
間合いを外された京極勢の槍衾が大きく崩れる。
「今ぞ! 突っ込め!」
そう叫びながらも、いつものように賦秀自身が真っ先に斬り込んでいく。
槍衾の脇から進み出た京極の鉄砲放ちから銃弾が浴びせられたが、賦秀の勢いに気圧されて空を切る。
一発だけ、鯰尾の兜の先端部を打ち砕いた弾丸があったが、それでひるむ賦秀ではない。
鉄砲を構えた兵を目がけて突進し、手鑓を振るって蹴散らす。
後続の馬廻り衆もたちまち数名を血祭りにあげて、京極勢の長鎗の備えを押しに押していく。
それはあたかも、敗走する敵を盾にするかのようだった。
敵味方入り乱れるようにして、城内の奥へ奥へと戦線は押し込まれていく。
京極勢は賦秀の勢いに押され、味方を収容すべく開かれていた門を閉ざす間合いを逃した。
間を与えず付け入りに成功し、そのまま本丸の眼下まで攻め寄せる。
「よし、もはやこの城は頂戴したも同然。が、ここも元は羽柴筑前が城。本丸櫓を焼き落として後で面倒な話を押しつけられてもかなわん」
中国方面で毛利勢と対峙している羽柴秀吉の猿面を脳裏に思い浮かべ、賦秀は苦笑する。
秀吉の家族が人質となっているやも知れず、問答無用で攻め潰すことは憚られた。
京極高次が武具を捨てて退去して城を明け渡すことを条件に、降参を認めて助命する旨の矢文を幾筋も打ちこませた。
「甘すぎる仕置きではございませぬか。上様への謀叛に荷担した奴輩なれば、首級を挙げねば申し訳が立たぬというものでは」
敵の大将首を狙っていた横山喜内が、賦秀の判断に対して不満げな顔を隠さない。
「判っておる。されど、我らにも時が足りぬゆえ、致し方ない。羽柴筑前の城をこれ以上荒らして、あらぬ文句をつけられても困るでな」
賦秀は口をへの字にして応じる。
それから、その口の片端をつり上げて露悪的な笑みを作ってみせた。
「どの道、明智の謀叛が失敗に帰すことになれば、京極殿は畿内に居場所とて無くなるのじゃ。罪を償わせるのは、それからでも遅くはない」
その物言いに、文句を付けた横山喜内も思わず噴き出した。
やがて、本丸から返事があった。
賦秀の提案を呑み、城外に退去するという回答だった。
夕方を迎える前に、矢止めが成立した。
本丸の門が開かれ、京極高次がわずかな供を連れて姿を見せる。
「……」
出迎えた賦秀を高次が口惜しげに睨み付ける。
今朝までは、まさかこのような仕儀に立ち至るなどとはまったく想像もしていなかった筈である。
「巷間、勝敗は兵家の常と申す。恨み言を聞くつもりはないゆえ、早々に立ち去られよ」
敢えて賦秀は居丈高に言い放つ。
それなりに利用価値はあるのかもしれないが、理由はどうあれ明智方についた高次自身を味方につけるつもりは毛頭無かった。
だが、行きがかり上、心ならずも京極勢となってしまっていた者については話が別だ。
賦秀は京極勢に武装解除を行わせた上で、敗残の京極を見限って蒲生の兵として加わる者はいないか配下に確かめさせた。
その結果、城兵のうち百名ばかりが進んで配下となることを求めてきた。
彼らは引き続き長浜城の守りにつくものと、安土城の増援として迎え入れられる者に分けられる。
一人一人、賦秀が兵の面構えをみて決めていく。
「殿は骨相でも見なさるんで?」
にやつきながらロルテスが尋ねる。
傍目には、どういう基準で選んでいるか判らないため、当然の疑問といえた。
「そういう話ではない。手元において戦わせるのがよいか、しっかりと地に足を付けてこの長浜城を守らせるのがよいか、見極めていただけだ」
なんでもないことのように応じる賦秀に、ロルテスは肩をすくめてみせた。
「面構え一つで簡単に判るものですかね。ソレガシなんぞ、未だ日ノ本の人間の顔を見分けるのが苦手なんですがね」
さらに賦秀は配下に城内の様子を臨検させる一方で、湖岸から狼煙をあげさせていた。
安土城にこもる味方に、佐和山城と長浜城を奪還した旨を伝えるものだ。
なお、賦秀は出陣にあたって後事の采配を、父・賢秀と前田信勝に託している。
「できれば、山本山城の阿閉貞征を討っておきたいが……」
本丸櫓から山本山城のある北の方角を伺いながら、賦秀はつぶやく。
かつての浅井氏の居城であった小谷城が廃城となって久しく、今では小谷城の枝城であった山本山城が北陸方面に向かう街道をおさえる要衝となっている。
それを聞きとがめ、赤座隼人があきれ顔を見せる。
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「判っておる。すこし惜しくなっただけだ」
賦秀は苦笑して首をふる。
日没後ほどなくして、夕闇に紛れて、安土城から派遣されてきた大船を中心とする船団が近づいてきた。
合図の狼煙を見て、沖から駆けつけてきたのだ。
かつて信長は、速やかに京に兵員を輸送するため、長さ三十間と称される巨大船を湖上に浮かべたことがあった。
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ほどなく巨大船は解体され、それより小振りの船へと資材は転用されたとされる。
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ただし、さすがに一千を超える兵の全ては一度に乗れないこともあり、賦秀を初めとした数百名が船上の人となった。
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物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
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