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(四)
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「浅間丸」の左右舷側に支柱が立ち並んで、格納庫の形状が姿をみせるのと相前後して、飛行甲板用の木材として、白々とした台湾檜が第三船台近くの「浅間丸」用の資材を収める倉庫に運び込まれた。
実際に飛行甲板として木材を敷き詰める工程はもう少し先のことになるが、必要になる資材を早手回しで確保しておくのは、場所をとることに目をつぶりさえすれば悪い話ではなかった。
なにしろ、直前になって資材が用意できていなければ、工事が止まってしまう。
「これも高級木材なのだろうが、チーク材に比べて強度が若干心配だな。あと、白すぎるのが難点かも知れん。上空からは、さぞ目立つだろう」
薄暗い倉庫の中に整然と並ぶ木材の山を検分しながら、勝見中佐が難しい表情で呟き、帳面に何事かを書きつけていく。
これまで、海軍艦艇の甲板用の資材として多く用いられてきたのはチーク材であるが、もっぱら輸入に頼らざるを得ないことから、近年建造される艦艇では「国産」の台湾檜が用いられることが多くなっている。
「強度に問題がなければ、贅沢は言えません。早いところ、甲板を張ったところをみてみたいものです」
供をして歩く厨屋は、取りなすように応じるが、勝見中佐の渋い面持ちは変わらない。
「いや、やはり迷彩を兼ねて、塗装を施す必要があるだろう」
「せっかくの美しい木目がもったいない気もしますが……。塗料を調達しなければなりませんね」
「油で溶いた単なるペンキでは駄目だ。あれは意外と燃えるものだ。艦政本部に難燃性の塗料を調達させせねばならん」
勝見中佐は、いつにもまして険しい顔つきになって首を横に振った。
厨屋は剣幕に閉口しつつも、反論はしない。素直に「承知しました」と応じてその場を収める。
(「谷風」が被雷した際、火災に難儀した経験から仰っているのだろうか……)
もっとも厨屋の考えすぎかもしれない。
まだ、勝見中佐の心底を聞き出せるほど親しくはなかった。
「艤装員長! こちらにおられましたか」
気づまりな空気を吹き払うような声が聞こえたかと思うと、つい先日艤装員の一人として勝見中佐の指揮下に入った万代大尉が駆け寄ってくる。
万代大尉は航空科の士官で、「浅間丸」竣工後には飛行長となる予定であるが、肝心の航空隊が影も形もない段階では、まだ仕事らしい仕事がない。
折りに触れて機体の格納などに関して意見を出しているが、手持無沙汰なのか、伝令じみた仕事も率先して買って出ている。
もっとも、仕事に関しては腰が軽いが、本人の腹回りは年の割に早くも貫禄が付き始めている。
「なにかあったか」
勝見中佐は眉間にしわを寄せて尋ねる。
「いえ。艤装員事務所に横須賀海軍工廠の技官が来ておりまして。艤装員長に是非お話ししたいことがあるとか、なんとか。なんでも、射出機に関する話のようで」
万代大尉の話に、勝見中佐は「ほう」と小さく声を上げてうなずいた。
厨屋らが艤装員事務所に戻ると、松木という名の技官が待っていた。
勝見中佐と厨屋、そして成り行きで万代大尉も加えた三人で、艤装員事務所の机を挟んで松木技官と向かい合って話を聞くことになる。
「お忙しいところ、申し訳ございません。改装中の『浅間丸』に、射出機の設置を検討していただきたく、参上した次第です」
丸眼鏡をかけた細面の松木技官は、挨拶する間も惜しむかのように、机の上に図面を広げた。
描かれた射出機には、寸法などは記されているものの、ざっくりとしたものだ。
設計図というよりは概念図といったほうが良い。
「あればもちろん便利だろうが、技術的には難しいと聞いている」
図面に目を走らせつつ、勝見中佐は呟くような口調で問う。
少なくとも、門前払いする様子はない。
機関を乗せ換えたとはいえ、駆逐艦一隻分の出力では、「浅間丸」は竣工しても最高速力はせいぜい22ノットから23ノット程度にとどまると見込まれている。
艦載機を円滑に運用するには、最低でも26ノットは欲しいとされている。
ただでさえ飛行甲板の短い「浅間丸」は、合成風力も不足することから、航空機の発艦には条件の制約が大きくなるのは現状では避けがたい。
しかし、実用的な射出機が搭載できるのなら、「浅間丸」は各段に戦力としての価値が高まることになる。
勝見中佐が不意に持ち込まれた話にも聞く耳を持つのは、その期待があるためだ。
現在、水上機用の火薬式カタパルトは実用化されて戦艦や巡洋艦に搭載されているが、日本海軍には本格的なカタパルトを設置している航空母艦はまだない。
翔鶴型空母などは、カタパルト設置を見越した設計で建造されているものの、肝心の射出機の実用化の目途が立たないまま、未設置の状態で就役している。
水上機用の火薬式カタパルトは、一機や二機を飛ばすのであれば問題なく運用できる。
だが、そのまま空母に流用することはできない。
なぜなら、射出するたびにカートリッジの交換が必要となる火薬式は、射出間隔は一機当たり五分ほどかかるとの計算もある。
せめて一機あたり一分程度の間隔で発艦させられなければ、一度に数十機の艦載機を発艦させる正規空母では、実用的ではないのだ。
それでなくても、大量の火薬カートリッジを倉庫に積み上げたい艦長はいないだろう。
「射出機の主な方式としては蒸気式、油圧式、空気式、火薬式などが考えられます。あとバネ式などでしょうか。自分は、蒸気式が将来的には最も有望と考えておりますが、仰る通り、技術的な障害が高いのは事実です」
「それで、今回貴官が設置を求めるのは、どの方式になる」
「油圧式です。火薬式は加速の調整が難しく、零戦などは機体構造が保たないでしょうし、空気式は射出能力に限界があり、爆装した艦攻は重すぎて飛ばすのは難しいでしょうから。もちろん、油圧式にも問題はありますが」
油圧式射出機は、油圧シリンダーと蓄圧機(アキュムレーター)、気蓄タンクで構成される。
高圧空気によるピストンの押し出し動作により滑車ブロックを動かし、ワイヤーで連結された甲板上のフックを走らせる仕組みだ。
ピストンの十倍の逆倍力をかけることで、フックはピストンの十倍の距離を高速移動することになる。
「問題とは」
目に鋭い光をたたえて、勝見中佐が問う。
痩せぎすの頼りない見た目ながら、松木技官もひるまない。
「雷装した艦攻であれば、おおむね十機程度なら連続して射出できると見込んでいます。それ以上となると難しくなります」
「では、十機を射出した後の射出機はどうなるんだ?」
今度は横から厨屋が尋ねる。
「試作の射出機では、シール材の問題で、十機目を射出したあたりから油漏れの発生率が急激に高まります。他に問題が生じなければ、シール材の交換には一時間ほどかかっております」
(油漏れか)
厨屋は思わず、頭上の飛行甲板に設置された射出機から漏れた油が、「浅間丸」の艦橋に立つ自分に降り注ぐ光景を想像してしまう。
「なるほど、正規空母の艦長では、乗り気になる話ではないな」
ふっと肩の力を抜いた勝見中佐が苦笑する。
射出機の点検作業中は、飛行甲板の前部がふさがってしまうため、発艦不能になってしまう。
十機程度では、とても正規空母が実戦で用いられる性能ではない。
「仰るとおりです。しかし、艦隊の空母ならたった十機しか出せないとなりますが、おそらく『浅間丸』の搭載機数は三十機未満なのではないでしょうか? それなら、十機程度でも雷装して出せるなら役に立つと自分は考えます」
油圧式の射出機の加速は急激ではないため、火薬式とは異なり零戦でも射出可能であること、航空魚雷を吊った九七式艦攻も飛ばせるだけの能力があること、などの利点を松木技官は力説する。
「機械室は艦橋の後ろになるのか」
勝見中佐が考え込む。
あまりいい顔をしないのは、その分、格納庫が狭くなることを懸念するためだ、と厨屋は即座に理解した。
一機か二機、搭載機数を減らすことになるかもしれない。
ただでさえ二十機あまりしか積めない「浅間丸jにとっては痛い数字である。
「致し方ありません。蓄圧機や気蓄タンクを艦橋の前に置く訳にもいきませんから」
艦橋より前の飛行甲板は支柱に支えられているだけで、文字通りの板である。内部から射出機の保守作業を行えるはずもない。
そのため、射出機のレール部分は飛行甲板からジャッキアップしやすい設計となっており、専用のジャッキを飛行甲板脇の待避所に保管しておく必要があった。
射出機の設置方法から具体的な運用に関する仕様につき、松木技官は懸命に説明する。
航空機を飛ばさない夜間に保守作業を行うことを想定して、照明の光が外部に漏れないように張る、分厚いキャンバス地のテントを用意することまで、松木技官が考える運用には含まれていた。
(用意周到というべきか、力を入れる場所が違うというべきか)
厨屋は勝見中佐と顔を見合わせ、互いに苦笑を見せあった。
「大尉はどう思う」
ひとしきりの説明を聞いたあとで、勝見中佐はそれまで黙って聞いているだけだった万代大尉に話を振る。
「正直、気が進みませんね。性能はともかく、信頼性に問題があるようでは、とても部下にこいつを使って飛べと命じる気にはなれません。十機程度なら大丈夫との話ですが、多分、や、だろう、に搭乗員の命を賭けさせる訳にはいかんのです」
憤然とした調子で、万代大尉が口をとがらせる。
うなずいた勝見中佐が、松本技官に向き直る。
「もっともだな。そのあたり、貴官はどう考えている。もっと信頼性を高めてから持ち込むべきではないのか」
「仰ることは重々承知しております。しかし、戦時である以上、時間ばかりかけている訳にはいきません。信頼性を高めるためには実験を重ねる必要がありますが、そのためには予算が不可欠です。そして、予算を確保するにはまず使い物になるという実績が必要なのです」
松本技官は負の堂々巡りとでもいうべき、苦しい状況を明かす。
「事情は承知した。では、もう一つ尋ねるが、なぜわざわざ本艦に話を持ってきた? 横須賀でも、射出機を搭載できそうな特設空母の一隻ぐらいあるだろう」
「実を申しますと、艤装員長の仰る通り、商船から改装中の空母に搭載してもらえないか打診はいたしました。ただ、いずれも色よい返事がもらえませんでした」
松木技師が言うには、射出機の有用性については誰もがおおむね理解を示してくれたという。
しかし、油圧式射出機が技術的に不安定だということもさることながら、竣工日は厳しく定められ、ぎりぎりの工程が組まれているため、余計な工事を増やしたくないというのが、彼らの本音であった。
「その点、計画外で厳密な期限を切られてていない『浅間丸』なら、融通が利くと踏んだか」
「はい。ただ、理由はもう一つあります。自分はかつて、豪華客船『浅間丸』を横浜港で見たことがあります。あの、『太平洋の女王』が、航空機の運用もままならなず、単なる航空機運搬船になってしまうのは忍びない。射出機は必ず、実用に耐えうるものにします。どうか、お願いいたします」
松木技官は深々と頭を下げた。
しばしの沈黙ののち、勝見中佐はおもむろに口を開いた。
「いいだろう。飛行甲板の設置に合わせて工事ができるよう、検討してみよう」
勝見中佐は笑みを浮かべて即決した。
難点はいろいろあっても、射出機が活用できる利点が上回ると判断したのだろう。
その後、松木技官は、長崎三菱造船所の技師たちと引き合わされ、射出機の設置に関して早速協議を始めた。
多少、工程表を書き直す必要はあるものの、工事が遅延する可能性は低いだろうと、長崎三菱造船所の技師たちは請け合った。
「万代大尉は不満か」
松木技官が辞去した後、厨屋は万代大尉に尋ねる。
「不満ということはないです。使い物にならんというのなら、使わなければよいのですから。触らない分には、邪魔にはならんと思いますね」
自分を納得させるように応じつつ、万代大尉は口をへの字に曲げる。
「まあ、たとえ射出機の性能が満足いくものだとしても、肝心の搭載機が旧式の複葉機じゃあ、宝の持ち腐れになるだろうがな」
「実は、ぬか喜びさせてはいかんと思って伝えていなかったが、戦闘機については、三号零戦を十機、確保できる目途がある。射出機の搭載を交渉材料に出来るから、ほぼ確実だろう」
普段、険しい表情をしていることの多い勝見中佐が、やや頬を緩めて厨屋と万代大尉の話に割って入る。
「本当ですか」と厨屋が声を上げると、万代大尉も「そりゃ、ありがたい」と相好を崩した
三号零戦こと零戦三二型は、生産が開始されてからまだ半年も経たない最新鋭機である。
二号零戦と呼ばれる二一型と比較すると、空母の昇降機の幅を考慮した主翼端の折り畳み機構が省略され、主翼が50センチずつ切り落としたように短くなっているのが外見上の大きな特徴である。
エンジンは出力が増強された栄二一型に換装され、速力のみならず、急降下性能、横転性能も向上している。
加えて、20ミリ機銃の携行弾数が60発から100発に増えている。
「新型が割り当てられるとは、予想外でした」
旧式の九六式艦戦が回ってくることすら覚悟していただけに、朗報を聞かされた厨屋は素直に喜ぶ。
「どうも、三号零戦は燃料搭載量が少ないのと、翼端の折りたたみ機構を省略して単純に直線的に成型した影響で、航続距離が減少しているらしい」
そのため、正規空母に搭載することに難色を示す者が多いらしく、十機程度なら確保できる見込みがあると勝見中佐は解説する。
「そういう事情ですか。ただ『浅間丸』の場合は、船団護衛でも対潜哨戒でも、戦闘機を遠距離まで進出させる必要はないでしょうから、あまり気にならないですね」
かつては艦攻に乗っていたという万代大尉は、戦闘機に関しては畑違いなのか初めて聞く話であるらしい。得心顔でしきりにうなずいている。
「航続距離が短いということは、滞空時間が短いということでもある。少ない機体で直掩を回すとなると、やりくりに苦労することはあるかも知れん」
勝見中佐は慎重であるが、与えられる任務に具体的なイメージが沸かない以上、あれこれ考えたところで仕方がない。
「艦戦はそれで文句なしとして、艦攻のほうはどうなるんでしょうか」
厨屋が改めて尋ねる。
せっかく戦闘機が零戦なら、艦攻も九七式を調達したいのが本音である。
「そのことなんだが、実は万代大尉にひとつあてがあるらしい」
勝見中佐は、意味ありげに万代大尉に視線を向ける。
「艤装員長のお言葉を借りる訳じゃないですが、ぬか喜びさせては申し訳ないと思って、いままで黙っていたんですがね」
万代大尉は、厨屋に向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。
実際に飛行甲板として木材を敷き詰める工程はもう少し先のことになるが、必要になる資材を早手回しで確保しておくのは、場所をとることに目をつぶりさえすれば悪い話ではなかった。
なにしろ、直前になって資材が用意できていなければ、工事が止まってしまう。
「これも高級木材なのだろうが、チーク材に比べて強度が若干心配だな。あと、白すぎるのが難点かも知れん。上空からは、さぞ目立つだろう」
薄暗い倉庫の中に整然と並ぶ木材の山を検分しながら、勝見中佐が難しい表情で呟き、帳面に何事かを書きつけていく。
これまで、海軍艦艇の甲板用の資材として多く用いられてきたのはチーク材であるが、もっぱら輸入に頼らざるを得ないことから、近年建造される艦艇では「国産」の台湾檜が用いられることが多くなっている。
「強度に問題がなければ、贅沢は言えません。早いところ、甲板を張ったところをみてみたいものです」
供をして歩く厨屋は、取りなすように応じるが、勝見中佐の渋い面持ちは変わらない。
「いや、やはり迷彩を兼ねて、塗装を施す必要があるだろう」
「せっかくの美しい木目がもったいない気もしますが……。塗料を調達しなければなりませんね」
「油で溶いた単なるペンキでは駄目だ。あれは意外と燃えるものだ。艦政本部に難燃性の塗料を調達させせねばならん」
勝見中佐は、いつにもまして険しい顔つきになって首を横に振った。
厨屋は剣幕に閉口しつつも、反論はしない。素直に「承知しました」と応じてその場を収める。
(「谷風」が被雷した際、火災に難儀した経験から仰っているのだろうか……)
もっとも厨屋の考えすぎかもしれない。
まだ、勝見中佐の心底を聞き出せるほど親しくはなかった。
「艤装員長! こちらにおられましたか」
気づまりな空気を吹き払うような声が聞こえたかと思うと、つい先日艤装員の一人として勝見中佐の指揮下に入った万代大尉が駆け寄ってくる。
万代大尉は航空科の士官で、「浅間丸」竣工後には飛行長となる予定であるが、肝心の航空隊が影も形もない段階では、まだ仕事らしい仕事がない。
折りに触れて機体の格納などに関して意見を出しているが、手持無沙汰なのか、伝令じみた仕事も率先して買って出ている。
もっとも、仕事に関しては腰が軽いが、本人の腹回りは年の割に早くも貫禄が付き始めている。
「なにかあったか」
勝見中佐は眉間にしわを寄せて尋ねる。
「いえ。艤装員事務所に横須賀海軍工廠の技官が来ておりまして。艤装員長に是非お話ししたいことがあるとか、なんとか。なんでも、射出機に関する話のようで」
万代大尉の話に、勝見中佐は「ほう」と小さく声を上げてうなずいた。
厨屋らが艤装員事務所に戻ると、松木という名の技官が待っていた。
勝見中佐と厨屋、そして成り行きで万代大尉も加えた三人で、艤装員事務所の机を挟んで松木技官と向かい合って話を聞くことになる。
「お忙しいところ、申し訳ございません。改装中の『浅間丸』に、射出機の設置を検討していただきたく、参上した次第です」
丸眼鏡をかけた細面の松木技官は、挨拶する間も惜しむかのように、机の上に図面を広げた。
描かれた射出機には、寸法などは記されているものの、ざっくりとしたものだ。
設計図というよりは概念図といったほうが良い。
「あればもちろん便利だろうが、技術的には難しいと聞いている」
図面に目を走らせつつ、勝見中佐は呟くような口調で問う。
少なくとも、門前払いする様子はない。
機関を乗せ換えたとはいえ、駆逐艦一隻分の出力では、「浅間丸」は竣工しても最高速力はせいぜい22ノットから23ノット程度にとどまると見込まれている。
艦載機を円滑に運用するには、最低でも26ノットは欲しいとされている。
ただでさえ飛行甲板の短い「浅間丸」は、合成風力も不足することから、航空機の発艦には条件の制約が大きくなるのは現状では避けがたい。
しかし、実用的な射出機が搭載できるのなら、「浅間丸」は各段に戦力としての価値が高まることになる。
勝見中佐が不意に持ち込まれた話にも聞く耳を持つのは、その期待があるためだ。
現在、水上機用の火薬式カタパルトは実用化されて戦艦や巡洋艦に搭載されているが、日本海軍には本格的なカタパルトを設置している航空母艦はまだない。
翔鶴型空母などは、カタパルト設置を見越した設計で建造されているものの、肝心の射出機の実用化の目途が立たないまま、未設置の状態で就役している。
水上機用の火薬式カタパルトは、一機や二機を飛ばすのであれば問題なく運用できる。
だが、そのまま空母に流用することはできない。
なぜなら、射出するたびにカートリッジの交換が必要となる火薬式は、射出間隔は一機当たり五分ほどかかるとの計算もある。
せめて一機あたり一分程度の間隔で発艦させられなければ、一度に数十機の艦載機を発艦させる正規空母では、実用的ではないのだ。
それでなくても、大量の火薬カートリッジを倉庫に積み上げたい艦長はいないだろう。
「射出機の主な方式としては蒸気式、油圧式、空気式、火薬式などが考えられます。あとバネ式などでしょうか。自分は、蒸気式が将来的には最も有望と考えておりますが、仰る通り、技術的な障害が高いのは事実です」
「それで、今回貴官が設置を求めるのは、どの方式になる」
「油圧式です。火薬式は加速の調整が難しく、零戦などは機体構造が保たないでしょうし、空気式は射出能力に限界があり、爆装した艦攻は重すぎて飛ばすのは難しいでしょうから。もちろん、油圧式にも問題はありますが」
油圧式射出機は、油圧シリンダーと蓄圧機(アキュムレーター)、気蓄タンクで構成される。
高圧空気によるピストンの押し出し動作により滑車ブロックを動かし、ワイヤーで連結された甲板上のフックを走らせる仕組みだ。
ピストンの十倍の逆倍力をかけることで、フックはピストンの十倍の距離を高速移動することになる。
「問題とは」
目に鋭い光をたたえて、勝見中佐が問う。
痩せぎすの頼りない見た目ながら、松木技官もひるまない。
「雷装した艦攻であれば、おおむね十機程度なら連続して射出できると見込んでいます。それ以上となると難しくなります」
「では、十機を射出した後の射出機はどうなるんだ?」
今度は横から厨屋が尋ねる。
「試作の射出機では、シール材の問題で、十機目を射出したあたりから油漏れの発生率が急激に高まります。他に問題が生じなければ、シール材の交換には一時間ほどかかっております」
(油漏れか)
厨屋は思わず、頭上の飛行甲板に設置された射出機から漏れた油が、「浅間丸」の艦橋に立つ自分に降り注ぐ光景を想像してしまう。
「なるほど、正規空母の艦長では、乗り気になる話ではないな」
ふっと肩の力を抜いた勝見中佐が苦笑する。
射出機の点検作業中は、飛行甲板の前部がふさがってしまうため、発艦不能になってしまう。
十機程度では、とても正規空母が実戦で用いられる性能ではない。
「仰るとおりです。しかし、艦隊の空母ならたった十機しか出せないとなりますが、おそらく『浅間丸』の搭載機数は三十機未満なのではないでしょうか? それなら、十機程度でも雷装して出せるなら役に立つと自分は考えます」
油圧式の射出機の加速は急激ではないため、火薬式とは異なり零戦でも射出可能であること、航空魚雷を吊った九七式艦攻も飛ばせるだけの能力があること、などの利点を松木技官は力説する。
「機械室は艦橋の後ろになるのか」
勝見中佐が考え込む。
あまりいい顔をしないのは、その分、格納庫が狭くなることを懸念するためだ、と厨屋は即座に理解した。
一機か二機、搭載機数を減らすことになるかもしれない。
ただでさえ二十機あまりしか積めない「浅間丸jにとっては痛い数字である。
「致し方ありません。蓄圧機や気蓄タンクを艦橋の前に置く訳にもいきませんから」
艦橋より前の飛行甲板は支柱に支えられているだけで、文字通りの板である。内部から射出機の保守作業を行えるはずもない。
そのため、射出機のレール部分は飛行甲板からジャッキアップしやすい設計となっており、専用のジャッキを飛行甲板脇の待避所に保管しておく必要があった。
射出機の設置方法から具体的な運用に関する仕様につき、松木技官は懸命に説明する。
航空機を飛ばさない夜間に保守作業を行うことを想定して、照明の光が外部に漏れないように張る、分厚いキャンバス地のテントを用意することまで、松木技官が考える運用には含まれていた。
(用意周到というべきか、力を入れる場所が違うというべきか)
厨屋は勝見中佐と顔を見合わせ、互いに苦笑を見せあった。
「大尉はどう思う」
ひとしきりの説明を聞いたあとで、勝見中佐はそれまで黙って聞いているだけだった万代大尉に話を振る。
「正直、気が進みませんね。性能はともかく、信頼性に問題があるようでは、とても部下にこいつを使って飛べと命じる気にはなれません。十機程度なら大丈夫との話ですが、多分、や、だろう、に搭乗員の命を賭けさせる訳にはいかんのです」
憤然とした調子で、万代大尉が口をとがらせる。
うなずいた勝見中佐が、松本技官に向き直る。
「もっともだな。そのあたり、貴官はどう考えている。もっと信頼性を高めてから持ち込むべきではないのか」
「仰ることは重々承知しております。しかし、戦時である以上、時間ばかりかけている訳にはいきません。信頼性を高めるためには実験を重ねる必要がありますが、そのためには予算が不可欠です。そして、予算を確保するにはまず使い物になるという実績が必要なのです」
松本技官は負の堂々巡りとでもいうべき、苦しい状況を明かす。
「事情は承知した。では、もう一つ尋ねるが、なぜわざわざ本艦に話を持ってきた? 横須賀でも、射出機を搭載できそうな特設空母の一隻ぐらいあるだろう」
「実を申しますと、艤装員長の仰る通り、商船から改装中の空母に搭載してもらえないか打診はいたしました。ただ、いずれも色よい返事がもらえませんでした」
松木技師が言うには、射出機の有用性については誰もがおおむね理解を示してくれたという。
しかし、油圧式射出機が技術的に不安定だということもさることながら、竣工日は厳しく定められ、ぎりぎりの工程が組まれているため、余計な工事を増やしたくないというのが、彼らの本音であった。
「その点、計画外で厳密な期限を切られてていない『浅間丸』なら、融通が利くと踏んだか」
「はい。ただ、理由はもう一つあります。自分はかつて、豪華客船『浅間丸』を横浜港で見たことがあります。あの、『太平洋の女王』が、航空機の運用もままならなず、単なる航空機運搬船になってしまうのは忍びない。射出機は必ず、実用に耐えうるものにします。どうか、お願いいたします」
松木技官は深々と頭を下げた。
しばしの沈黙ののち、勝見中佐はおもむろに口を開いた。
「いいだろう。飛行甲板の設置に合わせて工事ができるよう、検討してみよう」
勝見中佐は笑みを浮かべて即決した。
難点はいろいろあっても、射出機が活用できる利点が上回ると判断したのだろう。
その後、松木技官は、長崎三菱造船所の技師たちと引き合わされ、射出機の設置に関して早速協議を始めた。
多少、工程表を書き直す必要はあるものの、工事が遅延する可能性は低いだろうと、長崎三菱造船所の技師たちは請け合った。
「万代大尉は不満か」
松木技官が辞去した後、厨屋は万代大尉に尋ねる。
「不満ということはないです。使い物にならんというのなら、使わなければよいのですから。触らない分には、邪魔にはならんと思いますね」
自分を納得させるように応じつつ、万代大尉は口をへの字に曲げる。
「まあ、たとえ射出機の性能が満足いくものだとしても、肝心の搭載機が旧式の複葉機じゃあ、宝の持ち腐れになるだろうがな」
「実は、ぬか喜びさせてはいかんと思って伝えていなかったが、戦闘機については、三号零戦を十機、確保できる目途がある。射出機の搭載を交渉材料に出来るから、ほぼ確実だろう」
普段、険しい表情をしていることの多い勝見中佐が、やや頬を緩めて厨屋と万代大尉の話に割って入る。
「本当ですか」と厨屋が声を上げると、万代大尉も「そりゃ、ありがたい」と相好を崩した
三号零戦こと零戦三二型は、生産が開始されてからまだ半年も経たない最新鋭機である。
二号零戦と呼ばれる二一型と比較すると、空母の昇降機の幅を考慮した主翼端の折り畳み機構が省略され、主翼が50センチずつ切り落としたように短くなっているのが外見上の大きな特徴である。
エンジンは出力が増強された栄二一型に換装され、速力のみならず、急降下性能、横転性能も向上している。
加えて、20ミリ機銃の携行弾数が60発から100発に増えている。
「新型が割り当てられるとは、予想外でした」
旧式の九六式艦戦が回ってくることすら覚悟していただけに、朗報を聞かされた厨屋は素直に喜ぶ。
「どうも、三号零戦は燃料搭載量が少ないのと、翼端の折りたたみ機構を省略して単純に直線的に成型した影響で、航続距離が減少しているらしい」
そのため、正規空母に搭載することに難色を示す者が多いらしく、十機程度なら確保できる見込みがあると勝見中佐は解説する。
「そういう事情ですか。ただ『浅間丸』の場合は、船団護衛でも対潜哨戒でも、戦闘機を遠距離まで進出させる必要はないでしょうから、あまり気にならないですね」
かつては艦攻に乗っていたという万代大尉は、戦闘機に関しては畑違いなのか初めて聞く話であるらしい。得心顔でしきりにうなずいている。
「航続距離が短いということは、滞空時間が短いということでもある。少ない機体で直掩を回すとなると、やりくりに苦労することはあるかも知れん」
勝見中佐は慎重であるが、与えられる任務に具体的なイメージが沸かない以上、あれこれ考えたところで仕方がない。
「艦戦はそれで文句なしとして、艦攻のほうはどうなるんでしょうか」
厨屋が改めて尋ねる。
せっかく戦闘機が零戦なら、艦攻も九七式を調達したいのが本音である。
「そのことなんだが、実は万代大尉にひとつあてがあるらしい」
勝見中佐は、意味ありげに万代大尉に視線を向ける。
「艤装員長のお言葉を借りる訳じゃないですが、ぬか喜びさせては申し訳ないと思って、いままで黙っていたんですがね」
万代大尉は、厨屋に向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。
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1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
大和型重装甲空母
ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を4隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
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