【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

文字の大きさ
8 / 15

(八)

しおりを挟む
 「浅間丸」は十日を掛けて南シナ海を南下し続けた末に、日本軍の占領下にあるシンガポールの沖合まで進出した。

 セレター軍港を望見しながら、厨屋はようやく肩の力が抜ける思いがした。

「最後まで油断は禁物ではあるが、どうにか最初の航海は無事に終えられそうだな」

 勝見大佐の表情にも安堵感がうかがえる。

「はい。乗組員には、よい訓練になったと思います」

「この際だ。何か気づいたことがあれば聞いておきたい」

「はっ。出港前は、潜水艦は航空機が飛んでいることに気づけば潜望鏡を下げて回避するから、航空機で頭を押さえるだけで、撃沈出来なくても船団を守れると教わりましたが、事はそんな簡単な話ではないように思います」

 厨屋の言葉に、勝見大佐は静かにうなずく。

「そうだな。夜間や悪天候を衝いてでも接近してくるような相手を思えば、空母さえいればなんとかなるというのは、実に安直だ」

「それに、果たして船団護衛に空母がつくのが正解なのか、悩むところもあります」

 厨屋も最初は、かりに第二航空護衛戦隊の護衛がつけば、輸送船の被害を極限できるはずと単純に考えていた。

 しかし、実際に合流後の護衛の配置を考えてみると、「天龍」は輸送船ではなく「浅間丸」を守る位置につくであろうし、駆逐艦「澤風」と「汐風」も、二隻のうち一隻は「浅間丸」の後方につく形になると予想された。

 そうなると、輸送船を間近で護衛にするのは、残る駆逐艦一隻のみとなってしまう。

 もちろん、思わぬ契機で急遽誕生したとはいえ、「浅間丸」は貴重な空母である。

 しかし、輸送船ではなく空母を守ることを優先してしまうのでは、なんのための護衛か判らなくなってしまう。

 航海中に抱いた疑念を、厨屋は思いつくままに口にする。

「空母は船団の護衛の足を引っ張るか」

 勝見大佐の口ぶりには、とがめたり揶揄したりする色は窺えない。

 純粋に興味深く思っている様子だった。

 厨屋は、踏み込みすぎた話題になってしまったかもと思いつつ、もはや話を途中でやめる訳にもいかない。

「つまるところ、護衛艦艇が少なすぎるという話になってしまうのでしょうが、空母はむしろ輸送船団から離れた安全な場所を航行して、航空機の傘だけ差し掛けるような形にするほうが良いのかもしれません」

「だがそれならば、少なくと南方資源地帯と内地を結ぶ航路に関しては、空母による護衛よりも、陸上基地から陸攻でも飛ばしたほうが効率的ということになるかもしれんな」

  考え込む表情の勝見大佐を前に、厨屋もそれ以上なにも言えなかった。



 「佐南丸」の護衛を終えてセレター軍港に入港した「浅間丸」は、意外な命令を受けた。

 マレー半島西側のペナン島の基地に進出している第二航空護衛戦隊の後を追って、急ぎ合流せよというものだった。

「てっきり、内地に向かうタンカーの護衛でもやるのかと思っていましたが。ペナン島で何を護衛しろというんでしょうね」

 航海長の田丸少佐が訝しむ。疑問はもっともだが、厨屋も答えは持ち合わせていない。

 けっきょく、セレター軍港の入港は一晩限りとなり、補給こそ受けられたが、乗員の上陸すら許されなかった。
 
 入港した「浅間丸」に、燃料、食料、水などの他、意外なことに油圧射出機用のシール材が運び込まれた。

 シール材がどこから持ち込まれたのかについては、軍事機密を理由に詳細が伝えられることはなかった。

 そのため、射出機の整備員らは様々な仮説をひねりだした。

 横須賀海軍工廠の松木技師が手回ししたという説。
 南方の天然ゴム産地を占領したことで、シール材の改良がはかどったという説。
 そして、セレター軍港を占領した際に押収したものの、使い道がなくて倉庫に死蔵されていたものが回ってきたという説。

 真偽を確かめる暇もなく、補給を終えた「浅間丸」は一晩を過ごしたセレター軍港を出てペナン島へと向かう。

 ペナン島に到着してみると、第二航空護衛戦隊の軽巡洋艦「天龍」、駆逐艦長「澤風」「汐風」のみならず、伊号潜水艦に加え、ドイツ海軍のUボートの見慣れぬ小さな艦影も桟橋に見受けられた。

 ペナン島の保養施設を借りて、「天龍」の艦長、「澤風」「汐風」の駆逐艦長、そして第二航空護衛戦隊の司令である松山少将とその幕僚が一堂に会して、顔つなぎを兼ねた会議が行われた。

 「浅間丸」からは勝見大佐が参加し、厨屋がその間の留守を預かる。

 翌朝に戻ってきた勝見大佐は、厨屋をはじめ、主要な各科の長を作戦室に集めた。

 集まった顔ぶれの中で中佐は厨屋のみ。通信長の古結大尉のほかは、みな少佐である。

「第二航空護衛戦隊には、インド洋に進出して通商破壊戦の実施を行うよう命令が下った。言わばこれは、インド洋版の『乙号作戦』であるようだ」

 勝見大佐の言葉に、威勢のよい歓声はあがらない。

「意外ですね。対艦攻撃の訓練も行ってきて良かった」

 万代少佐が、驚きの表情を浮かべつつも前向きな呟きを漏らす。

 確かに、いるかいないかも判らない潜水艦を探し続けるより、商船相手とはいえ、積極的に攻撃を仕掛けるほうが、航空隊としてはやりがいはあるのだろう。

(ペナン島行きを伝えられた時点で、こうなることに予想がついていてもおかしくはなかったな)

 厨屋は自分の洞察力の至らなさに、少し悔しい思いを抱く。

 ペナン島は、インド洋に進出して作戦を行うための、潜水艦部隊の有力な拠点なのだ。

 いくら乙号作戦でオーストラリアの東から来る輸送船を沈めても、西側ががら空きでは効果が半減する。こちらにも戦力を回す必要があるのは道理ではある。

 ただし、作戦海域はインド洋であるが、一口にインド洋と言っても広い。

 便宜的に大まかな区分として、カルカッタから南に引いた線より東側が第一航空護衛戦隊、西側が第二航空護衛戦隊の受け持ちとなった。

 正確に言えば、既に第一航空護衛戦隊は洋上にあって任務に就き、戦果も挙げているという。

 第一航空護衛戦隊の航空戦力は、水上機母艦「瑞穂」が搭載する零式水上偵察機である。

 加えて「瑞穂」は建造当初から主機の艦本式ディーゼルに抱えた不調が解決しておらず、あまり遠方にまで進出させられない事情もあった。

 「浅間丸」が、より西側の海域を担当することで、西からやってくる船団の接近を早い段階で探知し、縦深をとって攻撃できると目論まれていた。

「『瑞穂』の零式水偵でやれるのなら、九七式艦攻ならもっと戦果をあげられますよ」

「しかし、随分と敵中に踏み込む必要がありますね。だいたい、このあたりを遊弋することになりますか」

 腕が鳴るといわんばかりの飛行長の万代少佐とは対照的に、航海長の田丸少佐は海図を指さし、険しい視線を向ける。

 陸上から遠く離れた海域であり、英軍偵察機の行動範囲外であることはまず確実だ。

「紅海やアフリカ東海岸からオーストラリアに向かう航路は予想がつく。さらに大きく南側に回り込めば、そうそう見つからんだろう」

 と、勝見大佐。

 カルカッタから南に伸びる架空の線は一度たりとも陸地に振れることなく、そのまま南極に至る。

 インド洋のとてつもない広さを思い、厨屋は内心で恐怖を抱く。

「浅間丸」が万が一にも撃沈されたら、仮に救命艇でその場で命は助かったとしても、どこにもたどり着けないまま海の藻屑となるのが関の山だろう。

(いかんな、要らぬ想像を膨らませすぎだ。味方の艦艇に拾い上げられる可能性がないとも言えまい)

 それより厨屋が少し意外に感じたのは、第二航空護衛戦隊を率いる松山少将が、引き続き旗艦を径巡洋艦の「天龍」に定めたことだ。

「てっきり、打撃の中核を担う本艦に司令部が置かれることになると思っておりましたが」

 文句というほどではないが、つい厨屋は本音を口にしてしまう。

 数名が同意のしるしにうなずく。

 第一航空護衛戦隊の丸茂少将が、水上機母艦「瑞穂」を旗艦としていると聞かされただけに、なおさらだ。

 確かに「浅間丸」には、通信能力にしろ作戦室の広さにしろ、旗艦としての機能が充実しているとは言い難い。

 それに、司令以下の要員が乗り込むとなれば物理的にも心理的にも圧迫感があるため、気は楽ではある。

 しかし、それはそれで自分たちが軽んじられているようで面白くない厨屋である。

「必ずしも、松山司令は空母だけで戦さをするつもりはないということだろう。『天龍』と二隻の駆逐艦には、臨検に備えた人員と武装、拿捕した商船を操るための要員が本来の定数外乗り込んでいる。船室には、捕虜を収容するためにわざと空き部屋を作っているとも聞いた」

 幹部たちの不満をなだめるように、勝見大佐は皆を見回して声に力を籠める。

「航空攻撃で商船を沈めるだけなら、不要な手間をかけたことになってしまいますからね」

 厨屋は司令部批判とやり玉にあげられないよう、つい言葉を取り繕った。

 松山司令としては、『浅間丸』以外の乗組員の士気も考えねばならないのだろう。



  ペナン島を出撃した第二航空護衛戦隊は、マラッカ海峡を抜けるや南西に針路を取ってインド洋を進み、さらには赤道を超えた。

 今回は航行中に、訓練に次ぐ訓練という訳にはいかない。

 対潜哨戒用に零戦や九七式艦攻を発艦させるが、日本側の航路など存在しない海域である。

 こんなところに、わざわざ英米が潜水艦を進出させているはずもない。

 なにしろ、第二航空護衛戦隊は無線を封止して航行しており、第三海上護衛隊司令部にすら正確な位置は伝えていないのだ。



 出港から六日目の早朝。

 これまでは、念のため直掩こそあげていたが、敵の輸送船に気取られるのを避けて航空機による索敵は行われていなかった。

 なお、「浅間丸」を含め、第二航空護衛戦隊の艦艇に、電波探信儀や逆探は一隻も搭載されていない。

 だが、厨屋にしても、電波探信儀の存在は知っていても、装備されていないことにさほどの不安は感じていない。

 さすがに「闇夜の提灯」論を真に受けている訳ではないが、作戦中に不用意に電波を出すことには消極的である。

 後世の視点から見れば「知らぬが仏」といったところだろう。

 それはさておき、第二航空護衛戦隊は東に向かう輸送船に出くわすこともなく航行を続け、航路からおおきく南側へと踏み込んだ。

 すでに、カルカッタから南に引いた線より西側に入り込んでいる。

 そろそろ作戦を開始する頃合いだと厨屋が思っていると、「天龍」の司令部から、航空機による偵察の実施命令が届いた。

 駆逐艦二隻はむろんのこと、海軍が保有する軽巡洋艦の中でも小型旧式の「天龍」には水偵は搭載されていない。

 戦隊の目となる索敵は、すべて「浅間丸」が担うことになる。

 「浅間丸」は風上に舳先を向け、全速の二十三ノットで海面を突き進む。

 第二小隊と第三小隊の九七式四号艦攻が計六機、自走して次々に飛び立つ。

 あくまでも索敵であるため、発艦していく九七式艦攻にはいずれも爆弾は搭載されていない。

 飛行甲板を目一杯に使えば、射出機なしでも離陸は可能だった。

 爆弾を搭載した状態で送り出し、敵を見つけ次第攻撃させるのも一つの手段ではある。米海軍の艦爆が索敵に出る際は、そのような戦法を取ることが多いともいわれる。

 しかし、何も発見できなければ爆弾を投棄してからでなければ着艦できない。

 発見した船への攻撃は、一刻を争う緊急性がある訳でもない。爆弾を無駄に捨てる運用はできなかった。

「習熟のためにも、射出機を用いた発艦で良かったのでは」

 六機が無事に離陸を終える様を発着指揮所で見届けた厨屋は、艦橋に戻ってきておもむろに勝見大佐に尋ねる。

 油圧式射出機の油圧シリンダーのシール材は、シンガポールで運び込まれたものに交換済である。

 動作試験は済ませているが、九七式艦攻の射出はまだ行っていない。

 艦長席の勝見大佐は静かに首を横に振った。

「副長の意見にも一理あるが、いざ敵を発見して攻撃隊を出す、という時に故障されても困るからな」

 むろん、索敵にあたっては、艦攻が飛来した方角から逆に「浅間丸」の居場所を見破られてしまうわけにはいかない。

 そのため、六機の九七式艦攻は、「浅間丸」より北東五十浬に指定した海域を基点として定め、そこから各機ごとに割り振られた針路へと放射状に索敵線を伸ばす形になる。

 発艦から二時間半ほど経過したところで、「浅間丸」から見てほぼ真北に約百五十浬と、および北北西に約百七十浬の海域に、速力約十ノットで独航する一万トン程度の貨物船を発見したとの通信が相次いでもたらされた。

 発見した九七式艦攻の航法と位置測定に誤りでもない限り、二隻は別々の船の筈である。

「どちらから攻撃しますか。あるいは、同時に攻撃する手もありますが」

 厨屋は勢い込んで問う。

「副長、そう急くな。その判断を下すのは司令部だ」

 勝見大佐が笑ってたしなめる。

 ほどなくして、「天龍」から、二隻の貨物船を攻撃せよとの命令が届く。

 無線の傍受を警戒して発光信号で送られた命令であるから、内容は簡潔であり、具体的な手順にまでは言及されていない。

 やはり、司令部が空母におかれていないことの弊害は大きいのではないか、と厨屋は思わざるを得ない。

「いま、四号艦攻を六機、索敵に出しておりますので、使えるのは第一小隊、第四小隊の計六機。輸送船一隻につき一小隊三機ずつを差し向けて、二隻同時に片付けてやりましょう。二十五番の爆装でいきます」

 いつになく真剣な面持ちで万代少佐が勝見大佐に進言する。

 「浅間丸」の弾薬庫に一番多く積まれているのは対潜用の六号爆弾、ついで対艦攻撃用の二十五番(二百五十キロ)爆弾である。

 わずかながら八十番(八百キロ)爆弾や航空魚雷もあるにはあるが、緒戦で使ってしまうわけにはいかない。

「技量のほどを疑うわけではないが、三機だけで問題ないか」

 勝見大佐が尋ねる。

「連中の腕なら、三機のうち一機は命中させるでしょう。仮に二十五番一発で沈まなければ、索敵から戻ってきた六機を向かわせます。まあ、貨物船の速度では、そうそう逃げられんでしょう」

 万代少佐は強気である。勝見大佐も厳かにうなずく。

「いいだろう。それで行こう」
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

九九式双発艦上攻撃機

ypaaaaaaa
歴史・時代
欧米列強に比べて生産量に劣る日本にとって、爆撃機と雷撃機の統合は至上命題であった。だが、これを実現するためにはエンジンの馬力が足らない。そこで海軍航空技術廠は”双発の”艦上攻撃機の開発を開始。これをものにしして、日本海軍は太平洋に荒波を疾走していく。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

小沢機動部隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。 名は小沢治三郎。 年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。 ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。 毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。 楽しんで頂ければ幸いです!

万能艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
第一次世界大戦において国家総力戦の恐ろしさを痛感した日本海軍は、ドレットノート竣工以来続いてきた大艦巨砲主義を早々に放棄し、個艦万能主義へ転換した。世界の海軍通はこれを”愚かな判断”としたが、この個艦万能主義は1940年代に置いてその真価を発揮することになる…

山本五十六の逆襲

ypaaaaaaa
歴史・時代
ミッドウェー海戦において飛龍を除く3隻の空母を一挙に失った日本海軍であったが、当の連合艦隊司令長官である山本五十六の闘志は消えることは無かった。山本は新たに、連合艦隊の参謀長に大西瀧次郎、そして第一航空艦隊司令長官に山口多聞を任命しアメリカ軍に対して”逆襲”を実行していく…

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

処理中です...