【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

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(九)

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 「浅間丸」の格納庫は、再びの喧噪に満ちていた。

 実は、万代少佐は敵発見の報告を受ける前から出撃に備え、六機の九七式四号艦攻には既に二百五十キロ爆弾の装着を命じていた。

 無駄骨に終わる可能性もあった早手回しのおかげで、準備は早々に整う。

 後部昇降機を用いて、零戦と九七式艦攻が次々と飛行甲板へと運び上げられていく。

 飛行甲板後部に並べられた機体は暖機運転で発動機をうならせている。

 発着指揮所に足を運んだ厨屋が、手に汗を握る思いで発艦の様子を見守る中、零戦三二型が四機、相次いで滑走して飛び立った。

 独航している貨物船を攻撃するのに護衛をつける必要性は薄いが、最初の出撃ということもあり、念を入れるとの勝見大佐の判断によるものだ。

 続いて、飛行隊長の小弓大尉が自ら偵察員席に乗り込んだ第一小隊の九七式艦攻が、油圧式射出機により発艦する。

 飛行甲板から飛び出した九七式艦攻は、離陸直後はいったん飛行甲板より低く沈み込んでから、力強く上昇していく。

 飛行甲板下の艦橋からは、九七式艦攻の下腹が視界内に一瞬入り込んでくるように見えるはずだ。

 そのあとも、手すきの乗組員が帽振れで見送る中、二百五十キロ爆弾を吊った九七式艦攻が、およそ一分間隔で飛び立っていく。

 厨屋としては、油圧式射出機の調子こそが最も気になるところだ。

 射出機が実戦で役に立つか立たないかは、今後の「浅間丸」の運用に大きな影響を与える。

(なんとかもってくれよ)

 厨屋の祈りが通じたか、交換したシール材の品質が優れていたためか、油圧式射出機は懸念された油漏れを起こすことなく、無事に六機の攻撃隊を空へと送り出した。

 六機目の離陸が成功すると、誰ともなく歓声があがる。

 総勢十機の攻撃隊は、基点とする海域までは編隊を組んで同行し、その後に二手に分かれることになる。

「点検急げ!」

 攻撃隊を見送った「浅間丸」では、休む間もなく号令がかかり、飛行甲板上に駆けだした整備員が、射出機の回りに取りつく。

 攻撃の結果次第では、索敵から戻ってくる九七式艦攻を、再び射出機で緊急発進させる必要が出てくる。

 その時になって、射出機が動きませんでは済まされないのだ。



 攻撃隊を送り出した後、零戦と九七式艦攻の発動機音が消えた「浅間丸」の艦内には落ち着かない空気が流れる。

 千人以上の乗組員がいる第二航空護衛戦隊にあって、零戦と九七式艦攻の搭乗員のわずか十数名のみが今「戦っている」のだ。

(これが、航空戦というものなのか)

 厨屋は、あまりの手ごたえのなさに、なんだか現実のこととは思えない気がした。

 もっとも、現実感がないのは当然かもしれない。

 ほんの数か月前は冬を迎えた長崎にいたのだ。赤道付近の気温の高さに、身体の慣れが追いついていない。

 だが、手ごたえがないまま吉報を待ち続けた甲斐はあった。

 北側の貨物船に向かった第一小隊は一発、北西の貨物船に向かった第四小隊は二発、それぞれ二百五十キロ爆弾を命中させたとの通信が届いたのだ。

 「浅間丸」の艦橋では、歓声があがるというよりも、安堵の息をつく者が多かった。

「半分命中とは、こちらの予想を上回ったな」

 万代少佐は、さすがに相好を崩して喜ぶ。

 やがて、戦果確認のため上空にとどまっている機から続報が届く。

 命中弾一発の貨物船は、燃料に引火したのか大火災を起こしてたちまち沈没した一方で、二発が命中した貨物船は傾いて航行を停止し、ゆっくりと沈みつつあるようだ。

「北西の貨物船から発信されていると思われる、通信を捉えております。緊急信号の後、平文で打電しております」

 通信長の古結大尉が艦長に報告する。

「なんと言っている」

 勝見大佐が気ぜわしそうに尋ねる。

「航空機による爆撃を受け、浸水が止まらず、沈没は避けられないと悲鳴をあげております」

 航空機による襲撃では、潜水艦による雷撃と異なり、何が起こったか報せる間もなく爆沈、という形にはなかなかならない。

「艦上機か水上機か、種別を伝えているか」

「いえ。単に航空機としか言っておりません。水上機だったかどうか、確かめる間もなかったのではないですか」

「通信長。その手の楽観は禁物だぞ」

 古結大尉の言葉を、勝見大佐は聞きとがめた。

「艦長。ここは第二波を出してとどめを刺しましょう」

 嫌な雰囲気になりかけたところに、万代少佐が声を弾ませて進言する。

 しかし、勝見大佐は首肯しなかった。

「司令部の判断次第になるが、救助に別の船が駆けつけてくるのなら、そこを狙うべきだろう。ともあれ、戦果を挙げたことで敵にも我々の存在が知られた。これからは、一層慎重に当たらねばならんぞ」

「そうですな。『浅間丸』はとにかく足が遅いですから、船団を護衛する駆逐艦あたりに追いかけられたら、もう逃げ切れませんからな」

 万代少佐は、内心はともかく、表向きは納得して引き下がる。

 二人のやり取りを聞きながら、厨屋は沈みかけた輸送船の乗組員の心情を想像する。

 たとえ救命艇に乗り込んだところで、三百六十度どちらに向かっても陸地ははるかに遠いのだ。

(生きた心地がしないとは、このことだろうな)

 厨屋は、開戦以来はじめて敵国の人間を不憫に思った。

 だが、そのような同情心を抱いたことを後悔するのに、さほどの日数はかからなかった。



 翌日。

 幸先よく成果を上げた第二航空護衛戦隊はさらに西進し、昨日と同じように夜明けを待って九七式艦攻四機を索敵のために発艦させる。

 前日の索敵結果を踏まえ、より西側を重視した海域を哨戒することになる。

 六機のうち一機は、昨日沈め損ねた貨物船の状況を確認するために差し向けられる。

 もし沈んでいないようなら、救助の船を誘い出す囮として放置にするなり、さっさと撃沈するなり、対策を考えなければならない。

 しかし、出撃した六機はいずれも船影発見を報じないまま、索敵線の先端まで到達し、折り返して帰還してくる時刻となった。

 損傷して航行を停止していた貨物船の消息も掴めなかったが、こちらは夜のうちに沈んでしまったものと思われた。

「救難信号を傍受して、針路を変えたのですかな。だとしたら、もう少し西に踏み込む必要があるのでは」

 索敵の結果を待たず、すでに残る九七式艦攻の爆装を命じている万代少佐が焦れたように呟く。

「慌てることはないだろう。どの道、オーストラリアに向かってくるんだから、待ち構えていればいい」

 勝見大佐はそうなだめるが、いずれにせよ司令部の判断次第である。

  やがて、九七式艦攻の帰還を待たず、「天龍」のマストに、再度の索敵を命じる発光信号が瞬いた。

「随分と積極的だな。すぐに出せるか」

「いったん爆弾を外す必要があります。やはり搭載機数が十二機では、やりくりが難しいですな」

 昨日は早手回しが奏功しただけに、今回は裏目となった万代少佐は渋い顔である。

 やむなく、万代少佐は攻撃に備えて待機していた九七式艦攻から爆弾を外して偵察に割り当てる。

 射出機を用いず、向かい風を目いっぱい捉えて九七式艦攻六機が第二波として索敵に向かう。

 だが、彼らが折り返し地点に到達する時間になっても、敵発見の報は届かない。

 またも空振りに終わるかと「浅間丸」の艦橋に重苦しい空気が流れだしたところに、一機から「貨客船一隻発見」の通信が入る。

 一万五千総トンほどと見積もられると伝えてくるのは、「浅間丸」と比較したうえで、似た大きさに見えるからだろう。

 彼我の距離は直線距離で約百六十浬と、思いのほか近い。

 もし相手が空母だったとしたら、完全に間合いに入ってしまっていたところだ。

 往路で見落とした可能性もあるが、索敵計画に穴があったかどうかの検討は後回しだ。

「攻撃できるか」

「時間的に、今からだと攻撃は出来ても、帰還が日没後になりますね」

 勝見大佐の問いに、海図と時計を見比べた万代少佐は唸り声をあげる。

「では、ここで無理をする必要もないか」

 明日の朝、発見した貨客船の位置を推定して索敵攻撃を行うか、それとも夜のうちに針路を変える可能性を考慮して、改めて索敵をやり直すべきか。

 「浅間丸」では既に明日に備えた検討がはじまっていたが、そこへ「天龍」からの発光信号が届いた。

 「澤風」を先行させて、貨客船のいる海域に向かわせると言う。

「貨客船を拿捕させるつもりなのか……」

 勝見大佐は考え込む表情になる。

 航空攻撃では撃沈する以外に方法はないが、駆逐艦であれば敵船を投降させて拿捕できる。

 そのため、「天龍」と二隻の駆逐艦には、それぞれ臨検用の陸戦隊と操船要員が乗り込み、捕虜を収容する空き部屋が確保されているという話を、厨屋らは勝見大佐から聞いている。

 「澤風」の派遣は、せっかくの用意を無駄にしたくないとの考えによるものか。

「……今から貨客船が針路を変えないと仮定すれば、『澤風』が一晩走り続ければ、翌朝の日の出を背にしながら接触できると思われます」

 海図で彼我の距離を確かめた田丸少佐が見通しを口にする。

「しかし、どうせならタンカーや貨物船を物資ごと手に入れるほうが良いだろう。独航している貨客船が陸軍の兵士を運んでいたりすれば、簡単に制圧できるとは限らん。駆逐艦の連中の気持ちも判らんではないが……」

 そこまで言ったものの、航空攻撃による撃沈を具申すべきではないか、との勝見大佐への進言を厨屋はのみこむ。

 みれば、勝見大佐もまた、難しい表情で考え込んでいたからだ。



 結局、「浅間丸」側から司令部の判断に異を唱えることはなく、「澤風」は発光信号を瞬かせつつ、増速して北西方面に針路を向けた。

 「浅間丸」以下の艦艇は、南西に二十浬ほど進んだ海域で遊弋して一晩を明かす。

 翌朝。
 東の空が白み始める中、「浅間丸」から艦攻が三機だけ、北西方面に索敵に出る。

 索敵の数が減らされたのは、「澤風」による貨客船の拿捕の首尾が判明するまで、仮に新たな獲物を見つけたところで即座に対応しかねるためだ。

 三機のうち、「澤風」が向かった貨客船の位置を確かめる任務が与えられていた九七式艦攻は、目標の貨客船を発見したと打電してきた。

 場所は、針路を変えずに航行していると仮定した場合の予想位置どおりであった。

 貨客船発見の通信は「澤風」も傍受しているはずであり、問題なく接触できるものと思われた。

 事実、「澤風」が発した「敵艦見ゆ。これより停船を命じ、制圧する」との通信が届く。

 それからしばらく、音沙汰はなくなる。

 むろん、「澤風」が返り討ちに遭ったなどという話ではない。

 停船に素直に応じるか、あくまでも抵抗して撃沈を余儀なくされるかはともかく、「澤風」がいちいち実況中継を通信してくる訳もない。

「本艦に匹敵する大きさの貨客船だとすれば、拿捕した後で空母に改装する話が持ち上がるかもしれませんね」

「昇降機はともかく、主機の交換が必要となれば、簡単にはいかんだろう」

 間をもてあまして厨屋が勝見大佐と気の早い会話をしているところに、通信長の古結大尉が難しい顔をして通信の束を持って艦橋に姿を見せる。

「艦長。妙な通信を傍受しました」

「妙とはどういうことか。『澤風』の襲撃が不首尾だったか」

「いえ。そうではなく。発信者名が『澤風』ではありません。が、発信しているのはほぼ間違いなく『澤風』の筈なんですが」

 古結大尉は通信を書き記した紙をかざして見せる。

 厨屋も、勝見大佐の傍らから通信紙をのぞき込む。

 そこには「我れ、浮舟のない艦上機と思われる単発機の接触を受く。これより東方に待避す」と書かれていた。

「浮舟がないとわざわざ断っている以上、確実に水上機ではないということですね」

 厨屋は表情をこわばらせて呟く。

 「澤風」が貨客船と接触しているのは、インド亜大陸やセイロン島から陸上機が飛んで来られるような距離ではない。

 すなわち、艦上機を運用できる空母が、偵察機を飛ばせる位置にいることになる。

 ただ、古結大尉が妙と断ったのは、通信の内容についてではない。

 その通信の発信者は、「浅間丸」となっていたのだ。
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