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(十三)
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西南西の空に浮かんだ黒点が、接近するにともない航空機の姿を描く。
「浅間丸」は、出撃させた攻撃隊と入れ違いになる形で、見慣れぬ機影の接触を受けた。
レーダーを持たない「浅間丸」で敵接近を知る方法は、対空見張員の視力に限られる。
接近してくるのは機首の尖った単葉機で、もちろん浮舟はついていない。かなりの高速を発揮している。
「浅間丸」からの発光信号の合図を受けて、直掩の零戦が迎撃に向かう。
だが、二機のみの直掩の零戦は位置取りが悪く、ただちに撃墜できる位置にいなかった。
攻撃隊の小弓大尉から届いた「偵察機が接近している」との通信に基づいて、二機の零戦は「浅間丸」北西側で待ち構えていたのだが、思いのほか西側から回り込んできたために対処できなかったのだ。
無線を封止しているので、上空の零戦を「浅間丸」の通信室から管制することもできない。
もっとも、零戦の無線は性能が悪いため、たとえ通信しようとしても聞こえない可能性が高かったが。
高速の敵機は必要以上に日本艦隊に接近することなく、大きく右旋回いて弧を描いて遁走していく。
やがて、敵機から発信されたと思われる無線が、「浅間丸」の通信室で傍受された。
あるいは警戒をより厳重にしていれば、打電されるまえに零戦で撃墜することも不可能ではなかったかと思われたが、あとの祭りである。
どのみち、「浅間丸」に残された零戦は四機のみ。効果的な迎撃など望むべくもない。
「とうとう見つかったか。艦攻のようにみえたが、随分と速いな。時速五百キロは出ていたのではないか」
「浅間丸」右舷側の発着艦指揮所で上空を見上げていた厨屋は、思わず眉間にしわを寄せる。
実際のところ、英海軍機については知らないことが多い。九七式四号艦攻より高速の艦攻がいるとすれば、かなり手ごわい相手となる。
「副長。今のはおそらく、ファイアフライとかいう複座の艦戦ではないかと思われます」
見張員の一人が、厨屋の呟きを聞きとがめておずおずと訂正してくる。
「すまん、ありがとう。そうか、あれがファイアフライか」
厨屋は、ばつの悪い思いをしながら礼を述べ、識別表で見た英軍機を思い返す。
確かに、そんな名前があったと記憶していた。
いずれにせよ、こちらも発見されたとなれば、攻撃隊の来襲は必至である。
「いよいよ正念場か。そろそろ味方の攻撃隊が、敵空母を発見してもおかしくないころだが……」
厨屋が時計を確認したまさにその時、小弓大尉機からの電文が「浅間丸」の通信室で傍受されていた。
「隊長! 十一時方向!」
操縦席で藤松飛曹長が声を上げる。
「おう、見えた」
小弓大尉は、水平線近くの海上に伸びる細い航跡と、その先端にある英空母部隊の姿に目を凝らす。
ここに来るまでに、偵察機と思しき単機のほか、「浅間丸」に向かったと思われる攻撃隊の姿を目撃している。
気になったのは、日本側の攻撃隊のように稠密な編隊を組んでいるわけではなく、三々五々といった様子だったことだ。
もちろん、こちらの接近に気づいて急いで出撃したのが原因だろうが、それだけではない。
小編隊ごとに複葉機であったり単葉機であったりとばらばらで、小弓大尉が見たところあわせて三十機ほどの攻撃隊は、五機種ぐらいで構成されるように見えた。
その事実が意味するところは判らない。できるのは、「浅間丸」に敵編隊接近中の一報を入れることだけだ。
(「浅間丸」が攻撃を凌げるかも気がかりだが、まずは俺たちが攻撃を成功させなければ話にならん)
小弓大尉はあらためて眼下の光景を確かめる。
太めの航跡を曳く空母が二隻、横並びに航行しているのが見える。
その他、露払いのように重巡洋艦一隻が先行し、空母の側面と背後に、駆逐艦が計五隻配置されている。
なお、その後方に輸送船団らしき影もわずかに見えるが、今は手出しできる状況にない。
小規模ながら輪形陣の構えであるが、空母一隻当たりの護衛艦艇の数は三隻という計算となり、数字だけでいえば「浅間丸」とそう大差ない。
小弓大尉は、ほんの束の間、なんとも言い難い思いにとらわれる。
九七式艦攻を一号艦攻の頃から乗り続けているベテラン艦攻乗りである小弓大尉であるが、これまでのキャリアのほとんどを、小型空母の航空隊や基地航空隊、あるいは内地で教官を務めるなどして過ごしてきた。
正規空母の航空隊に所属したことはなく、真珠湾攻撃以来の大規模な海戦に参加した経験もない。
「浅間丸」の飛行隊長に抜擢された際も、力量が見込まれた喜びよりも、またしても主力部隊の一員となれなかった残念さが勝っていたのは否めない。
しかし、皮肉なことにまったくの裏方と思われた場所で、わずかな護衛艦艇に守られた正規空母を雷撃できる機会が巡ってきたのだ。
考えてみれば勝見大佐以下、乗組員の多くは大なり小なり、報われない経歴の持ち主ばかり集められている気がするし、そもそも「浅間丸」にしろ再生機扱いの九七式四号艦攻にしても、順調に表舞台ばかりを歩んできた訳ではない。
(この攻撃が成功裡に終われば、そのすべてが報われるということになるのだろうか)
そんな思いが小弓大尉の脳裏をよぎる。
だが、感傷的になっている暇はない。
(……さて、どちらを攻撃するべきか)
小弓大尉は、はやる気持ちをおさえて策を練る。
たかだか九機の艦攻では荷の重いことだが、空母を二隻とも手傷を負わせることを求められている。
虻蜂取らずとなる恐れはあるが、無傷の空母を一隻残しては後の始末が悪い。
もちろん、英海軍も小弓大尉がじっくりと品定めする時間を与えるはずはなかった。
空母上空には、およそ十機の戦闘機が直掩としてあがっている。
なかには複葉機のシーグラディエイターも混じっている。
三機のシーハリケーンが、日本軍機の接近を察知して接近してくる。
六機の零戦隊が呼応するように一斉に増槽を投下する。
うち二機が、敵戦闘機隊に向けてグンと加速しながら突っ込んでいく。
相手のほうが一機多いが、数の差などものともしない闘志で格闘戦に巻き込んでいく。
直掩として攻撃隊に張り付くのはわずか四機。
心もとない限りだが、常用二十二機の特設空母が、正規空母ばりに攻撃隊を繰り出そうとすることにそもそも無理があるのだ。
(おっ)
小弓大尉は、思わず目を疑う。
眼下では、英艦隊が思いがけない動きをみせていた。
二隻横並びの陣形を組んでいた英空母のうち、北側の空母は取舵を切って北に艦首を向けたのに対して、南側の空母は逆に面舵を切り、艦首を南に向けたのだ。
当然、せっかくの輪形陣は中央部から二つに裂け、一方の側面に護衛艦艇がいない、がら空き状態になる。
(これぞ天佑神助。ここで攻撃を成功させねば嘘というものだ)
小弓大尉は、眼下の英艦隊が、ヴィアン少将が危惧する「寄せ集め」であることなど知らない。
ましてや、重巡洋艦「シュロップシャー」が、旗艦である空母「インドミタブル」の針路を読み違えて反対側に舵を切り、南側を航行していた「フォーミタブル」がそれにつられる形で陣形を割ってしまったことなど判る由もない。
ただ、好機到来と感じただけだ。
「いくぞ。久和田、トツレだ」
小弓大尉は、後続する小隊に手短に攻撃目標を指示する。
九七式四号艦攻の三つの小隊は、火星エンジンを唸らせてひときわ力強く加速すると、三方に散った。
小弓大尉自ら率いる第一小隊は、大きく左に回り込んで南側の空母の右舷側からの雷撃をもくろむ。
第二小隊は、輪形陣に生じた空隙に飛び込んで、北側の空母を目掛けて突き進む。
そして、八百キロ爆弾を抱える第四小隊の三機は高度を取りつつ、北側の空母の上空の射点へと向かっていく。
ただでさえ少ない攻撃機を分けることには、小弓大尉にも逡巡はある。
しかし、二隻ともに損傷を与えなければ敵の動きを掣肘できないし、まとまって行動していると一網打尽にされる危険もあった。
雷装した九七式艦攻が三機ずつ、二手に分かれて低空へと舞い降りていく後ろを、零戦が距離を取って一機ずつ追いかけていく。
艦攻の後方に回り込んで攻撃を仕掛けてくる英軍機をさらに後ろから射撃して追い払う目論見である。
残る二機は、水平爆撃のコースに入ったあとは直進するしかない第四小隊の護衛についている。
三方向に分かれた日本の攻撃隊に対し、英軍戦闘機は明らかに出遅れた。
そもそも、火星エンジンの大馬力と大径の四翅プロペラにより最高時速五百キロ近くを発揮する九七式四号艦攻に対し、英軍のフルマーもシーグラディエイターも、最高速力は約四百キロ程度に過ぎない。
戦闘機のほうが遅いのだから、射点につく間もなく振り切られてしまう。
小弓大尉率いる三機の九七式四号艦攻は、海面すれすれまで降下し、そのまま行き足をつけて射点へと向かう。
当然、側面を守る二隻の駆逐艦から高角砲、次いで機銃が浴びせられる。
だが、英海軍の将兵にとって、九七式四号艦攻はあまりにも速く、そして高度が低かった。駆逐艦の乾舷よりも低いのだ。
動的目標を射撃するために必要となる諸元のうち、速度も未来位置も読み違えていては、いくら射撃しても命中するはずがない。
縦に並ぶ二隻の駆逐艦の間を突き抜けるようにして陣形を突破し、射点へと向かう。
小弓大尉が狙う南側の空母、すなわち「フォーミタブル」は、面舵をやめて目一敗に取舵を切っていた。
あたかも航跡でS字を描こうとするような動きは、北側に向かった「インドミタブル」に追随するためだ。
だが、急旋回の最中では、それ以上左に旋回できない。それどころか、直進に戻るにも時間がかかる。
あたかも「フォーミタブル」の針路を抑え込むように垂直尾翼の動きで機体を右方向に滑らせた三機の九七式四号艦攻が、間合いを詰めて射点に近づく。
見る間に空母の舷側が迫ってくる。距離、およそ二千メートル。
「魚雷発射用意!」
「用意、よし!」
小弓大尉の号令を受け、操縦席の藤松飛曹長が復唱する。
雷撃にあたっては照準を行うのは藤松飛曹長で、魚雷の投下レバーを操作するのは偵察員席の小弓大尉となる。
機銃の曳光弾が飛び抜けていく。後方の上空で炸裂した高射砲弾の鉄片が落ちてくる。
「ヨーソロー、ヨーソロー……。……射っ!」
距離、およそ八百メートル。
藤松飛曹長の鋭い声を受け、小弓大尉は間髪入れず投下レバーを引く。
懸吊架から外れた魚雷が海面へと滑り込み、重量物を解き放った九七式艦攻が枷を外されたかのように浮き上がる。
隊長機の左右を固める二機も、間髪入れずに魚雷を投下していく。
その直後、火星エンジンの力強い振動とは異なる空気の衝撃が、小弓大尉の九七式四号艦攻を襲った。
「二番機、爆発しましたぁ!」
電信員席の久和田二飛曹が悲鳴をあげる。
空母の高角砲の直撃を喰らったのか、後続していた九七式四号艦攻が橙色の炎に包まれて粉々に吹き飛ぶ様が、小弓大尉の視界の片隅に入った。
「畜生! 久和田、魚雷は走ってるか!」
「走ってます! 三本とも、走ってまぁす!」
小弓大尉の怒声交じりの問いに、久和田二飛曹が後方へと飛び去る光景を涙声で伝える。
やがて、小弓大尉機と三番機が、相次いで「フォーミタブル」の飛行甲板すれすれを飛び越えた。
久和田二飛曹は七・七ミリ旋回機銃で空母を撃つ。
もちろん機銃弾で空母に損傷を与えられるはずもないが、舷側の機銃の射手の照準を狂わせることができるなら、生還できる確率がコンマ数パーセントでも上がるかもしれない。
なにしろ「既に雷撃を終えた敵攻撃機に射撃をしても意味がない」、などという理屈は戦場では通じないのだ。漫然と直進飛行を続けていたのでは背中を撃たれておしまいだ。
小弓大尉は低い高度を保ったまま、緩やかに右旋回をかけて戦場を離脱していく。三番機も続く。
海面に白く描かれた雷跡が「フォーミタブル」の艦体に遮られたと思った次の瞬間、右舷側に水柱が高々と奔騰した。それが二本。
「二発命中!」
「よし! あとはもう一隻だ」
快哉を叫んだ小弓大尉は、北側の空母に視線を向けた。
倍の機数を差し向けた以上、相応の戦果を挙げてほしい、との彼の切なる願いは、まさしくかなえられた。
取舵を切り続けて左旋回していた空母の右舷で魚雷命中の水柱が立った。
そして、その水塊が崩れ切らないうちに、左右両舷の間際の海面で爆発が置き、水しぶきが飛び散る。同時に艦首付近で飛行甲板にも閃光が走り、装甲が四方に弾け飛んだのだ。
「インドミタブル」には魚雷一本と、水平爆撃による八百キロ爆弾一発が相次いで命中していた。
「浅間丸」は、出撃させた攻撃隊と入れ違いになる形で、見慣れぬ機影の接触を受けた。
レーダーを持たない「浅間丸」で敵接近を知る方法は、対空見張員の視力に限られる。
接近してくるのは機首の尖った単葉機で、もちろん浮舟はついていない。かなりの高速を発揮している。
「浅間丸」からの発光信号の合図を受けて、直掩の零戦が迎撃に向かう。
だが、二機のみの直掩の零戦は位置取りが悪く、ただちに撃墜できる位置にいなかった。
攻撃隊の小弓大尉から届いた「偵察機が接近している」との通信に基づいて、二機の零戦は「浅間丸」北西側で待ち構えていたのだが、思いのほか西側から回り込んできたために対処できなかったのだ。
無線を封止しているので、上空の零戦を「浅間丸」の通信室から管制することもできない。
もっとも、零戦の無線は性能が悪いため、たとえ通信しようとしても聞こえない可能性が高かったが。
高速の敵機は必要以上に日本艦隊に接近することなく、大きく右旋回いて弧を描いて遁走していく。
やがて、敵機から発信されたと思われる無線が、「浅間丸」の通信室で傍受された。
あるいは警戒をより厳重にしていれば、打電されるまえに零戦で撃墜することも不可能ではなかったかと思われたが、あとの祭りである。
どのみち、「浅間丸」に残された零戦は四機のみ。効果的な迎撃など望むべくもない。
「とうとう見つかったか。艦攻のようにみえたが、随分と速いな。時速五百キロは出ていたのではないか」
「浅間丸」右舷側の発着艦指揮所で上空を見上げていた厨屋は、思わず眉間にしわを寄せる。
実際のところ、英海軍機については知らないことが多い。九七式四号艦攻より高速の艦攻がいるとすれば、かなり手ごわい相手となる。
「副長。今のはおそらく、ファイアフライとかいう複座の艦戦ではないかと思われます」
見張員の一人が、厨屋の呟きを聞きとがめておずおずと訂正してくる。
「すまん、ありがとう。そうか、あれがファイアフライか」
厨屋は、ばつの悪い思いをしながら礼を述べ、識別表で見た英軍機を思い返す。
確かに、そんな名前があったと記憶していた。
いずれにせよ、こちらも発見されたとなれば、攻撃隊の来襲は必至である。
「いよいよ正念場か。そろそろ味方の攻撃隊が、敵空母を発見してもおかしくないころだが……」
厨屋が時計を確認したまさにその時、小弓大尉機からの電文が「浅間丸」の通信室で傍受されていた。
「隊長! 十一時方向!」
操縦席で藤松飛曹長が声を上げる。
「おう、見えた」
小弓大尉は、水平線近くの海上に伸びる細い航跡と、その先端にある英空母部隊の姿に目を凝らす。
ここに来るまでに、偵察機と思しき単機のほか、「浅間丸」に向かったと思われる攻撃隊の姿を目撃している。
気になったのは、日本側の攻撃隊のように稠密な編隊を組んでいるわけではなく、三々五々といった様子だったことだ。
もちろん、こちらの接近に気づいて急いで出撃したのが原因だろうが、それだけではない。
小編隊ごとに複葉機であったり単葉機であったりとばらばらで、小弓大尉が見たところあわせて三十機ほどの攻撃隊は、五機種ぐらいで構成されるように見えた。
その事実が意味するところは判らない。できるのは、「浅間丸」に敵編隊接近中の一報を入れることだけだ。
(「浅間丸」が攻撃を凌げるかも気がかりだが、まずは俺たちが攻撃を成功させなければ話にならん)
小弓大尉はあらためて眼下の光景を確かめる。
太めの航跡を曳く空母が二隻、横並びに航行しているのが見える。
その他、露払いのように重巡洋艦一隻が先行し、空母の側面と背後に、駆逐艦が計五隻配置されている。
なお、その後方に輸送船団らしき影もわずかに見えるが、今は手出しできる状況にない。
小規模ながら輪形陣の構えであるが、空母一隻当たりの護衛艦艇の数は三隻という計算となり、数字だけでいえば「浅間丸」とそう大差ない。
小弓大尉は、ほんの束の間、なんとも言い難い思いにとらわれる。
九七式艦攻を一号艦攻の頃から乗り続けているベテラン艦攻乗りである小弓大尉であるが、これまでのキャリアのほとんどを、小型空母の航空隊や基地航空隊、あるいは内地で教官を務めるなどして過ごしてきた。
正規空母の航空隊に所属したことはなく、真珠湾攻撃以来の大規模な海戦に参加した経験もない。
「浅間丸」の飛行隊長に抜擢された際も、力量が見込まれた喜びよりも、またしても主力部隊の一員となれなかった残念さが勝っていたのは否めない。
しかし、皮肉なことにまったくの裏方と思われた場所で、わずかな護衛艦艇に守られた正規空母を雷撃できる機会が巡ってきたのだ。
考えてみれば勝見大佐以下、乗組員の多くは大なり小なり、報われない経歴の持ち主ばかり集められている気がするし、そもそも「浅間丸」にしろ再生機扱いの九七式四号艦攻にしても、順調に表舞台ばかりを歩んできた訳ではない。
(この攻撃が成功裡に終われば、そのすべてが報われるということになるのだろうか)
そんな思いが小弓大尉の脳裏をよぎる。
だが、感傷的になっている暇はない。
(……さて、どちらを攻撃するべきか)
小弓大尉は、はやる気持ちをおさえて策を練る。
たかだか九機の艦攻では荷の重いことだが、空母を二隻とも手傷を負わせることを求められている。
虻蜂取らずとなる恐れはあるが、無傷の空母を一隻残しては後の始末が悪い。
もちろん、英海軍も小弓大尉がじっくりと品定めする時間を与えるはずはなかった。
空母上空には、およそ十機の戦闘機が直掩としてあがっている。
なかには複葉機のシーグラディエイターも混じっている。
三機のシーハリケーンが、日本軍機の接近を察知して接近してくる。
六機の零戦隊が呼応するように一斉に増槽を投下する。
うち二機が、敵戦闘機隊に向けてグンと加速しながら突っ込んでいく。
相手のほうが一機多いが、数の差などものともしない闘志で格闘戦に巻き込んでいく。
直掩として攻撃隊に張り付くのはわずか四機。
心もとない限りだが、常用二十二機の特設空母が、正規空母ばりに攻撃隊を繰り出そうとすることにそもそも無理があるのだ。
(おっ)
小弓大尉は、思わず目を疑う。
眼下では、英艦隊が思いがけない動きをみせていた。
二隻横並びの陣形を組んでいた英空母のうち、北側の空母は取舵を切って北に艦首を向けたのに対して、南側の空母は逆に面舵を切り、艦首を南に向けたのだ。
当然、せっかくの輪形陣は中央部から二つに裂け、一方の側面に護衛艦艇がいない、がら空き状態になる。
(これぞ天佑神助。ここで攻撃を成功させねば嘘というものだ)
小弓大尉は、眼下の英艦隊が、ヴィアン少将が危惧する「寄せ集め」であることなど知らない。
ましてや、重巡洋艦「シュロップシャー」が、旗艦である空母「インドミタブル」の針路を読み違えて反対側に舵を切り、南側を航行していた「フォーミタブル」がそれにつられる形で陣形を割ってしまったことなど判る由もない。
ただ、好機到来と感じただけだ。
「いくぞ。久和田、トツレだ」
小弓大尉は、後続する小隊に手短に攻撃目標を指示する。
九七式四号艦攻の三つの小隊は、火星エンジンを唸らせてひときわ力強く加速すると、三方に散った。
小弓大尉自ら率いる第一小隊は、大きく左に回り込んで南側の空母の右舷側からの雷撃をもくろむ。
第二小隊は、輪形陣に生じた空隙に飛び込んで、北側の空母を目掛けて突き進む。
そして、八百キロ爆弾を抱える第四小隊の三機は高度を取りつつ、北側の空母の上空の射点へと向かっていく。
ただでさえ少ない攻撃機を分けることには、小弓大尉にも逡巡はある。
しかし、二隻ともに損傷を与えなければ敵の動きを掣肘できないし、まとまって行動していると一網打尽にされる危険もあった。
雷装した九七式艦攻が三機ずつ、二手に分かれて低空へと舞い降りていく後ろを、零戦が距離を取って一機ずつ追いかけていく。
艦攻の後方に回り込んで攻撃を仕掛けてくる英軍機をさらに後ろから射撃して追い払う目論見である。
残る二機は、水平爆撃のコースに入ったあとは直進するしかない第四小隊の護衛についている。
三方向に分かれた日本の攻撃隊に対し、英軍戦闘機は明らかに出遅れた。
そもそも、火星エンジンの大馬力と大径の四翅プロペラにより最高時速五百キロ近くを発揮する九七式四号艦攻に対し、英軍のフルマーもシーグラディエイターも、最高速力は約四百キロ程度に過ぎない。
戦闘機のほうが遅いのだから、射点につく間もなく振り切られてしまう。
小弓大尉率いる三機の九七式四号艦攻は、海面すれすれまで降下し、そのまま行き足をつけて射点へと向かう。
当然、側面を守る二隻の駆逐艦から高角砲、次いで機銃が浴びせられる。
だが、英海軍の将兵にとって、九七式四号艦攻はあまりにも速く、そして高度が低かった。駆逐艦の乾舷よりも低いのだ。
動的目標を射撃するために必要となる諸元のうち、速度も未来位置も読み違えていては、いくら射撃しても命中するはずがない。
縦に並ぶ二隻の駆逐艦の間を突き抜けるようにして陣形を突破し、射点へと向かう。
小弓大尉が狙う南側の空母、すなわち「フォーミタブル」は、面舵をやめて目一敗に取舵を切っていた。
あたかも航跡でS字を描こうとするような動きは、北側に向かった「インドミタブル」に追随するためだ。
だが、急旋回の最中では、それ以上左に旋回できない。それどころか、直進に戻るにも時間がかかる。
あたかも「フォーミタブル」の針路を抑え込むように垂直尾翼の動きで機体を右方向に滑らせた三機の九七式四号艦攻が、間合いを詰めて射点に近づく。
見る間に空母の舷側が迫ってくる。距離、およそ二千メートル。
「魚雷発射用意!」
「用意、よし!」
小弓大尉の号令を受け、操縦席の藤松飛曹長が復唱する。
雷撃にあたっては照準を行うのは藤松飛曹長で、魚雷の投下レバーを操作するのは偵察員席の小弓大尉となる。
機銃の曳光弾が飛び抜けていく。後方の上空で炸裂した高射砲弾の鉄片が落ちてくる。
「ヨーソロー、ヨーソロー……。……射っ!」
距離、およそ八百メートル。
藤松飛曹長の鋭い声を受け、小弓大尉は間髪入れず投下レバーを引く。
懸吊架から外れた魚雷が海面へと滑り込み、重量物を解き放った九七式艦攻が枷を外されたかのように浮き上がる。
隊長機の左右を固める二機も、間髪入れずに魚雷を投下していく。
その直後、火星エンジンの力強い振動とは異なる空気の衝撃が、小弓大尉の九七式四号艦攻を襲った。
「二番機、爆発しましたぁ!」
電信員席の久和田二飛曹が悲鳴をあげる。
空母の高角砲の直撃を喰らったのか、後続していた九七式四号艦攻が橙色の炎に包まれて粉々に吹き飛ぶ様が、小弓大尉の視界の片隅に入った。
「畜生! 久和田、魚雷は走ってるか!」
「走ってます! 三本とも、走ってまぁす!」
小弓大尉の怒声交じりの問いに、久和田二飛曹が後方へと飛び去る光景を涙声で伝える。
やがて、小弓大尉機と三番機が、相次いで「フォーミタブル」の飛行甲板すれすれを飛び越えた。
久和田二飛曹は七・七ミリ旋回機銃で空母を撃つ。
もちろん機銃弾で空母に損傷を与えられるはずもないが、舷側の機銃の射手の照準を狂わせることができるなら、生還できる確率がコンマ数パーセントでも上がるかもしれない。
なにしろ「既に雷撃を終えた敵攻撃機に射撃をしても意味がない」、などという理屈は戦場では通じないのだ。漫然と直進飛行を続けていたのでは背中を撃たれておしまいだ。
小弓大尉は低い高度を保ったまま、緩やかに右旋回をかけて戦場を離脱していく。三番機も続く。
海面に白く描かれた雷跡が「フォーミタブル」の艦体に遮られたと思った次の瞬間、右舷側に水柱が高々と奔騰した。それが二本。
「二発命中!」
「よし! あとはもう一隻だ」
快哉を叫んだ小弓大尉は、北側の空母に視線を向けた。
倍の機数を差し向けた以上、相応の戦果を挙げてほしい、との彼の切なる願いは、まさしくかなえられた。
取舵を切り続けて左旋回していた空母の右舷で魚雷命中の水柱が立った。
そして、その水塊が崩れ切らないうちに、左右両舷の間際の海面で爆発が置き、水しぶきが飛び散る。同時に艦首付近で飛行甲板にも閃光が走り、装甲が四方に弾け飛んだのだ。
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歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
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