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フローレンスの婚約
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ジョシュアたちは、学園の卒業を一月後に控え、残り少ない学園生活を惜しんでいた。
まもなく十八歳になるジョシュアは、卒業後、フォーク伯爵家の嫡男として本格的な後継教育へ入る。
父ダニエル伯爵に付き、領地で領政と社交を学ぶ日々が始まるのだ。
その一方で、今年十五歳になるフローレンスとの婚約は、いまだに認められないままだった。
理由はわかっている。カサンドラとの噂――深い関係を続けている事実が、パーシバル侯爵家の判断を曇らせている。
ジョシュア自身、その関係が長く続くものではないと理解していた。
卒業までの残された一ヶ月だけの、『今だけの関係』。
卒業をもって、すべて終わらせるつもりだった。
彼女との絆は、あくまで“学生時代の想い出”として胸の奥にしまうはずだった。
「卒業式の夜は、朝まで一緒に過ごしたいわ」
潤んだ瞳で囁くカサンドラを、拒めるほどジョシュアは大人ではなかった。
――これが最後。
そう自分に言い訳しながら、彼女の熱に身を委ねてしまう。
その夜が、八年後の運命を大きく変えるとも知らずに。
◇◇◇
「フローラ...... 本当に、いいのかい?」
( お父様は反対なのね。それでも、わたしの気持ちを思いやってくださるのだわ。)
「ジョシュア君の噂は知っているね。それでも、彼で大丈夫なのかい?」
フローレンスは目を伏せる。彼女の長いまつ毛が、可愛らしい顔に影を落とす。
「フローラ、ラークは反対しているわけではないのよ。ただ......わたし達は、可愛い娘のあなたに幸せになって欲しいの。」
母ダフネの優しい声がフローレンスの心に響く。
「お母様、わかっているわ。ありがとう。」
( わたしを心配してくれる。その気持ちは嬉しいわ。でも、わたしは......。)
兄バーナードが重い口を開く。
「僕は、反対だ。ジョシュアにフローレンスはもったいない。」
フローレンスは、目を見開き、いつもは優しい兄を見つめた。
「バーニーお兄様。心配してくれるのよね。でもね、わたし、やっぱりジョシュが好きなの。だから、婚約したいわ。」
可愛い妹の恋心を、小さな頃から見守ってきたバーナードは、眉間に皺を寄せ天を仰いだ。
「もう一度、聞くよ、フローラ。
本当に、ジョシュア君と婚約したいんだね?」
父ラークが、真剣な表情で可愛い娘に問いかける。
「お父様、お母様、バーナードお兄様。
みんなの心配は嬉しいわ。...... でも、わたしは、ジョシュア様と婚約したいと思います。...... だから、お祝いして欲しいわ。」
大きく垂れ目がちの翠の瞳を潤ませて、上目遣いのフローレンスに否は言えない家族であった。
「ジョシュア君、フローレンスを悲しませるような事があれば、すぐに娘は返してもらう。肝に銘じておいてくれ。」
婚約の締約を済ませ、パーシバル侯爵家と、フォーク伯爵家の晩餐の席でラーク侯爵が、みんなの前でジョシュアに告げた。
両家の家族は、ジョシュアに厳しい目を向ける。フローレンスだけは、不安そうな目でジョシュアを見つめていた。
「はい。フローラを悲しませるようなことは絶対にしません。彼女の笑顔を守ります。」
ジョシュアは、フローレンスの手をとり、二人は優しく見つめあった。
周囲も二人の幸せな未来を願って、祝福した。
◇◇◇
卒業式から5日後、カサンドラはルナリア王国のハワード侯爵家へ嫁ぎ、婚約者アデルとの結婚生活が始まった。
「カサンドラ。十四歳の君と出会ってから四年……君はこんなにも美しく、魅力的な女性に成長した。これからは夫婦として、ともにハワード侯爵家を支えていこう。」
アデルの穏やかな笑顔に迎えられ、カサンドラは“きっと幸せになれる”と信じていた。
ハワード侯爵夫妻──義父オスカー侯爵と義母サブリナ侯爵夫人は温和な人柄で、隣国から嫁いできたカサンドラを心から歓迎してくれた。
何もかもが新しい環境の中、カサンドラは必死に“良き侯爵夫人”であろうと振る舞い、微笑みを絶やさず過ごしていた。
そんなある日、嫁いで二ヶ月も経たぬ頃、思わぬ知らせがもたらされる。
カサンドラの懐妊が判明し、ハワード侯爵家は祝福一色に染まった。
……ただ一人、当のカサンドラを除いて。
(あれ……生理がこない?
環境が変わったせい……よね?)
彼女は胸の奥に小さく湧き上がった不安を、何度もそう言い聞かせて押し込めていた。
しかし、日が経つにつれ違和感は増していく。頭痛。だるさ。吐き気。
“もしや”という考えが浮かんでは、即座にかき消される。
(そんなはず……ないわ。だってこれは、学園時代の……)
不安と恐れを抱え、誰にも相談できずに過ごすカサンドラ。
だが、毎日身支度を整える侍女たちの目は誤魔化せなかった。
「若奥様にお仕えして二ヶ月……なのに、月のものが一度も……」
「まさか……」
小声ながらも、使用人たちはすでに気づき始めていた。
“若き侯爵夫人の身体に、変化が起きている”という事実に。
(赤ちゃん……本当にアデル様の子? ……本当に?)
胸の奥に沈む不安は日に日に重くなり、カサンドラの心は塞ぎこんでいった。
周囲は、初めての妊娠と慣れない環境による一時的な不安だと受け止め、かえって優しく気遣ってくれる。
その温かさが、今のカサンドラには息苦しいほどだった。
そして徐々に、アデルと顔を合わせる機会も減っていった。
(アデル様……どうして会いに来てくださらないの?)
出産までの月日、カサンドラはアデルを求め続けながらも、深い孤独の中で過ごすことになった。
◇◇◇
アデルは執務室の窓辺に立ち、庭のベンチに腰掛ける妻の姿を静かに眺めていた。
――あの日、十四歳だったカサンドラが初めて微笑んだ瞬間を、いまでもはっきり覚えている。
彼女は可憐で、純粋で、守ってやりたいと思わせる少女だった。
結婚前の自分は、恋も遊びも自由に楽しんできた。
けれど、十五歳になった婚約者の彼女が“自分だけの初めて”だったこと……それは素直に嬉しかった。
男としての満足であり、夫としての責任を強く自覚させる出来事でもあった。
――だからこそ。
結婚後、彼女の身体に“自分以外の経験の痕跡”があると気づいた時、胸の奥で小さな失望が疼いた。
理性では、自分だって綺麗な生き方をしてきたわけではないと分かっている。彼女にも自由な交友を認めていた。
それでも、期待していた分だけ落胆したのは紛れもない事実だった。
……まあいい。
夫婦とは、互いに過去ごと受け入れていくもののはずだ。
今は、後継者をまず二人。それを授かるまでは軽率な浮気は控えると決めている。家を継ぐ者として当然の務めだ。
カサンドラが子を宿したと知ったときは、本当に嬉しかった。ハワード家に新しい命が生まれる――それは何よりの吉報だ。
ただ……妊娠してからの彼女は、以前より塞ぎ込みがちだ。初めての妊娠で情緒が揺れているのだろう。あまり刺激しないほうが良いと思い、距離を取っている。
……正直に言えば、少しだけ面倒に感じる時もある。でも、それはきっと夫婦なら誰でも通る道だ。
だから今は、そっと見守るしかない。彼女が落ち着けば、また微笑んでくれると信じている。
______________
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まもなく十八歳になるジョシュアは、卒業後、フォーク伯爵家の嫡男として本格的な後継教育へ入る。
父ダニエル伯爵に付き、領地で領政と社交を学ぶ日々が始まるのだ。
その一方で、今年十五歳になるフローレンスとの婚約は、いまだに認められないままだった。
理由はわかっている。カサンドラとの噂――深い関係を続けている事実が、パーシバル侯爵家の判断を曇らせている。
ジョシュア自身、その関係が長く続くものではないと理解していた。
卒業までの残された一ヶ月だけの、『今だけの関係』。
卒業をもって、すべて終わらせるつもりだった。
彼女との絆は、あくまで“学生時代の想い出”として胸の奥にしまうはずだった。
「卒業式の夜は、朝まで一緒に過ごしたいわ」
潤んだ瞳で囁くカサンドラを、拒めるほどジョシュアは大人ではなかった。
――これが最後。
そう自分に言い訳しながら、彼女の熱に身を委ねてしまう。
その夜が、八年後の運命を大きく変えるとも知らずに。
◇◇◇
「フローラ...... 本当に、いいのかい?」
( お父様は反対なのね。それでも、わたしの気持ちを思いやってくださるのだわ。)
「ジョシュア君の噂は知っているね。それでも、彼で大丈夫なのかい?」
フローレンスは目を伏せる。彼女の長いまつ毛が、可愛らしい顔に影を落とす。
「フローラ、ラークは反対しているわけではないのよ。ただ......わたし達は、可愛い娘のあなたに幸せになって欲しいの。」
母ダフネの優しい声がフローレンスの心に響く。
「お母様、わかっているわ。ありがとう。」
( わたしを心配してくれる。その気持ちは嬉しいわ。でも、わたしは......。)
兄バーナードが重い口を開く。
「僕は、反対だ。ジョシュアにフローレンスはもったいない。」
フローレンスは、目を見開き、いつもは優しい兄を見つめた。
「バーニーお兄様。心配してくれるのよね。でもね、わたし、やっぱりジョシュが好きなの。だから、婚約したいわ。」
可愛い妹の恋心を、小さな頃から見守ってきたバーナードは、眉間に皺を寄せ天を仰いだ。
「もう一度、聞くよ、フローラ。
本当に、ジョシュア君と婚約したいんだね?」
父ラークが、真剣な表情で可愛い娘に問いかける。
「お父様、お母様、バーナードお兄様。
みんなの心配は嬉しいわ。...... でも、わたしは、ジョシュア様と婚約したいと思います。...... だから、お祝いして欲しいわ。」
大きく垂れ目がちの翠の瞳を潤ませて、上目遣いのフローレンスに否は言えない家族であった。
「ジョシュア君、フローレンスを悲しませるような事があれば、すぐに娘は返してもらう。肝に銘じておいてくれ。」
婚約の締約を済ませ、パーシバル侯爵家と、フォーク伯爵家の晩餐の席でラーク侯爵が、みんなの前でジョシュアに告げた。
両家の家族は、ジョシュアに厳しい目を向ける。フローレンスだけは、不安そうな目でジョシュアを見つめていた。
「はい。フローラを悲しませるようなことは絶対にしません。彼女の笑顔を守ります。」
ジョシュアは、フローレンスの手をとり、二人は優しく見つめあった。
周囲も二人の幸せな未来を願って、祝福した。
◇◇◇
卒業式から5日後、カサンドラはルナリア王国のハワード侯爵家へ嫁ぎ、婚約者アデルとの結婚生活が始まった。
「カサンドラ。十四歳の君と出会ってから四年……君はこんなにも美しく、魅力的な女性に成長した。これからは夫婦として、ともにハワード侯爵家を支えていこう。」
アデルの穏やかな笑顔に迎えられ、カサンドラは“きっと幸せになれる”と信じていた。
ハワード侯爵夫妻──義父オスカー侯爵と義母サブリナ侯爵夫人は温和な人柄で、隣国から嫁いできたカサンドラを心から歓迎してくれた。
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カサンドラの懐妊が判明し、ハワード侯爵家は祝福一色に染まった。
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周囲は、初めての妊娠と慣れない環境による一時的な不安だと受け止め、かえって優しく気遣ってくれる。
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彼女は可憐で、純粋で、守ってやりたいと思わせる少女だった。
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カサンドラが子を宿したと知ったときは、本当に嬉しかった。ハワード家に新しい命が生まれる――それは何よりの吉報だ。
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