旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋

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静かに囁かれる噂

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 その日、フローレンスは当日になって風邪気味となり、ジョシュアは愛する彼女を気遣い、一人で夜会に向かうことになった。

「僕の可愛い奥さん、暖かくしてゆっくり休んでね。さっと顔を出したら、すぐに帰ってくるから。(チュッ)」
 ジョシュアは、後ろ髪を引かれながらも、フローレンスを気遣って出かけて行った。

 夜会では、偶然にも「帰省しているのなら」と誘われたカサンドラと再会する。
 夜会の主催者であるアルヴァーン侯爵夫妻への挨拶を済ませ、ジョシュアは友人たちの元へ足を向けた。

「おい、ジョシュ!お前の元カノが来てるぞ!」
「相変わらずというか、昔以上に色っぽくなってるぞ!」
「お前、また噂になるぞ……大変だな。」

 学園時代、ジョシュアとカサンドラの親密な関係を知る友人たちは、そっと下卑た目を向け、何やら囁き合っている。

 ジョシュアは、噂が立つのを嫌い距離を置こうとした。しかし、カサンドラにダンスを求められ、一曲だけ応じることにした。
 手を取られ、音楽に合わせて歩き出すと、腕の温もりと呼吸の近さが、学園時代の記憶を呼び起こす。

「ふふ……懐かしいわね。もう八年前のことなのに……まるでつい昨日のことのようだわ。そんなにそわそわして。私を、ちゃんと見て、ジョシュ」
 カサンドラの微笑には、ほのかな切なさが滲んでいた。

 ジョシュアの心は揺れた。目の前の女性は、二十六歳の大人になったカサンドラ。理性はフローレンスのことを思い出させる——無邪気で愛らしい笑顔、穏やかな仕草、二人で過ごす家庭の安らぎ。それを思い浮かべるたび、フローレンスへの愛情と罪悪感が胸を締めつける。

 だが、身体は正直だった。カサンドラの指先の感触、視線の温度、声の響き。心の奥底で、かつての恋心がひそかに疼く。“こんなに自然に話せる相手、他にいないかもしれない”という感覚が、理性の壁をかすかに押し広げる。

「あなたは、よく奥様と一緒に夜会に参加されるのかしら? 今夜は、一人なのね?」

 言葉の端々に、昔の親密さが垣間見える。距離を保ちながらも、互いの体温を感じる時間――それは甘く、危ういひとときだった。心の奥ではフローレンスを愛している。しかし、理性の隙間に入り込む、カサンドラの存在がざわめく。

「ああ。今日は妻が風邪気味でね。普段は二人で参加している。妻の体調が気になるから、早めにお暇しようと思っているんだ」

 フローレンスの笑顔が脳裏に浮かぶ。無垢で、家庭に根差した幸せの象徴。その思い出が、心の奥で安定をもたらす。

 しかし、その安定を揺さぶるのは、目の前のカサンドラだった。彼女はまだ、彼の心の一部であり続ける。笑い方、声のトーン、仕草のひとつひとつが、かつての記憶を呼び覚ます。「こんな“楽しい自分”をどこに置いてきた?」——胸の奥の欠落感が疼き、理性の壁を揺らす。

 心の中で二つの感情がぶつかる——
 一方は、妻と家族への愛情と責任。
 もう一方は、昔の恋心と、今ここで呼び覚まされた胸の高鳴り。

 息が詰まり、手のひらの汗が止まらない。頭の中では理性が叫ぶ——「フローレンスを愛している、だから耐えろ」。
 だが身体は、カサンドラの微笑みに微かに引き寄せられる。理性と衝動の狭間で、ジョシュアの心は揺れ続けた。

 一方、フローレンスの兄バーナードと、その妻ソフィアは、夜会の会場でカサンドラを見つけて以来、妹の身を案じていた。

「嫌な噂でフローラが傷つかなければいいけど……」
「なんで今頃、帰ってくるのよ!? 隣国でじっとしていなさいよ!」

 二人の視線の先で、過去に噂になった二人は、静かに踊っていた。


「ジョシュ……また会いたいわ。」
 カサンドラは、思い詰めたように小さな呟きを漏らす。その姿は、記憶の中の強気な彼女とは似つかわしくない、どこか弱々しいものだった。

 正直、ジョシュアは関わりたくなかった。できることなら距離を置きたい......。しかし、懐かしさと後悔が混ざった高揚感が胸を満たす。

 卒業を期限に終わった関係。その別れを思い出すたび、胸が切なくなる。当時は仕方のない別れだった。しかし、今ここにいるカサンドラは、後継を産む責任を果たした大人の女性だ。あの時には選べなかった“もう戻れない過去”への切なさが、突然押し寄せる。

 カサンドラもまだ自分を気にしている気がして、心が揺れる。ふと目が合ったとき、視線が逸れず、自分だけが揺れているのか、相手もなのか──その曖昧さに、さらに心が乱れる。

 今後への期待と恐れが同時に膨らむ。
 気づけば、また会う約束をしていた。

 だが、フローレンスにだけは、絶対に知られたくない。彼女だけは傷つけたくない......それだけを、ジョシュアはひたすら恐れていた。




「今夜の夜会は、どうだったの? バーニーお兄様たちにはお会いした?」
 フローレンスは、夜会から早めに戻ったジョシュアに声をかけた。

「ああ、バーニーとソフィアは元気だったよ。近々、食事に誘われたんだ。フローラの体調が良くなったら、招待しよう。」
 ジョシュアは、優しい笑顔を浮かべて答えた。



____チュッ。
「おやすみ。僕の天使さん。」

 すやすや眠る可愛いローズマリーの寝顔を見つめ、胸が締め付けられた。
「僕は何を考えていたんだろう......。」

 夜会でのカサンドラとの会話が胸を焦がす。再会したあの瞬間のドキドキ感。
 ついつい、「彼女も思い出しているだろうか」と期待してしまう自分がいた。

 しかし同時に、あれは一時の揺らぎだったと思う自分もいる。フローレンスとローズマリーへの愛情を再確認し、カサンドラとは距離を置くべきだと……。

 二人の夜は、静かに更けていった。
嵐の前の静けさ――。

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