完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』

恋せよ恋

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琥珀色の誓い、残り火の願い

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 その夜、別荘の大広間には、昼間の喧騒が嘘のような静寂が満ちていた。

 灯が落とされた室内。かすかに残る暖炉の火が、赤暗い光で壁を揺らしている。薪のはぜる音だけが、時を刻むように響いていた。

 エルンスト侯爵家先代当主エドワードと、レーヴェン伯爵家先代当主クレマン。
 かつて学院で切磋琢磨し、数多の荒波を共に乗り越えてきた老いた友二人が、グラスを手に暖炉を囲んでいた。

 窓の外には、月明かりに濡れた白薔薇の庭が、銀色の海のように広がっている。

「……あの二人、まるで昔の私を見ているようだったな」
 エドワードが懐かしむような声を漏らすと、クレマンも深く刻まれた目尻を下げた。
「全くだ。ユリウス坊やのあの屈託のない笑みは、若い頃のあんたにそっくりだよ」

「やめてくれ。あの頃の私は、向こう見ずなだけの若造だった」
「その無鉄砲さが、行き詰まっていた私を何度も救ってくれた。だからこそ、今もこうして酒を汲み交わしていられるのだ」
 チリン、と繊細な音を立てて、二人はグラスを合わせた。
 琥珀色の液体が月光を吸い込み、妖しく、けれど温かに揺れる。

「……あの水害の折、レーヴェン家が我が領に手を差し伸べてくれなければ、エルンストの地は死に絶えていた。あの恩義、生涯忘れることはない」
 エドワードの静かな独白に、クレマンは首を横に振った。
「友を助けるのに理由はいらん。だが、こうして孫たちが縁を繋いだのは……神の悪戯か、あるいは導きかもしれんな」

 沈黙が落ち、暖炉の火がぱちりと爆ぜて二人の顔を照らし出す。
「リリアーナは聡い子だ。あの澄んだ瞳は、まっすぐに未来を見据えている」
「ユリウスも、見かけによらず芯が強い。あの子は誰かを守るためなら、己を顧みない危ういほどの優しさを持っている」
 クレマンがゆっくりとグラスを置いた。

「二人が出会った今日という日を、彼らはいつか思い出すだろう。人生の岐路に立った時、支えとなるのは今日の記憶かもしれん」
「白薔薇の庭で交わした、あの小さな手と手の温もりを、か?」
「そうだ。あの薔薇は、ただの飾りではない。我々が守り抜き、共に育てた友情の結晶だ。……あの子らには、それを繋いでほしい」
 二人はしばらくの間、言葉を失くしたように月を見上げた。

 夜露に濡れた白薔薇たちは、まるでお互いの秘密を共有するように、静かに、気高く輝いている。

「どうか、あの子らが――この白薔薇のように、清らかに、誇り高く咲けますように」
 エドワードの祈るような呟きに、クレマンは深く頷き、目を閉じた。

 二人の老人が背負ってきた誇りと、孫たちの幸福を願う切実な想い。
 暖炉の火が最後の一音を立て、静かにその願いを包み込んだ。

 白薔薇の庭を吹き抜ける夜風は、どこか懐かしく、そして未来を祝福する春の香りを運んでいた。
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