完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』

恋せよ恋

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毒ある囁き、凛たるプライド

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 放課後の学院、中庭を抜ける風は冷たさを帯び始めていた。

 訓練場の隅では、夕闇に溶けゆく光の中でユリウスがセシリアの木剣を検分していた。

「……ここだ。握りが緩んでいる。これでは手に余計な負担がかかる。包帯を巻き直した方がいい」
「ありがとうございます、ユリウス先輩!」

「気にするな。……今日はもう終わりにしよう。あまり無理をして手を痛めては元も子もない」

 屈託のない笑顔で頷くセシリア。その光景は、側から見れば兄妹のような、あまりに無垢で穏やかなものだった。

 ――けれど、それを見つめるリリアーナの日傘は、かすかに震えていた。
 笑い声が風に乗って届くたび、胸の奥で重い軋みが響く。

(……また。また、あの方と)

 “白薔薇”と讃えられる端正な唇が、屈辱に戦慄く。

 ユリウスが他の女性に囲まれる姿は、これまで何度も目にしてきた。だが、セシリアという少女は決定的に違っていた。

 彼女の瞳には下心がなく、ただ真っ直ぐに、ユリウスの善意をその身に受けている。

(……ユリウス様は、あの子にだけ、特別な温度で微笑むのね)

 呟きは、風にかき消された。

 その時、剣を合わせた拍子にセシリアが体勢を崩した。

「大丈夫か!?」
 瞬時に差し伸べられたユリウスの手が、セシリアの小さな手をしっかりと包み込む。

 その瞬間、リリアーナの視界が、焦熱の赤に染まった。

(――ああ、これが、嫉妬)

 醜く、粘り気のある感情。認めざるを得ないその正体は、あまりに苦い。
 彼女はスカートの裾を指が白くなるほど強く握りしめた。完璧な淑女の仮面が剥がれ落ちそうになるのを、気力だけで繋ぎ止める。

 ユリウスがセシリアの頭を、よくやったと労うように撫でた瞬間。
 リリアーナの心の糸が、ぷつりと音を立てて弾けた。

「……もう、たくさんですわ」
 踵を返し、風のようにその場を去る。

 背中にはいつもの優雅さを纏わせて。けれどその胸中には、荒れ狂う嵐が吹き荒れていた。
 ユリウスを信じている。だが、信じているからこそ、彼が自分以外に向ける「特別」が耐え難い。

 そんな彼女を待ち構えていたのは、獲物を見つけた猛禽のような、令嬢たちの群れだった。

「ごきげんよう、リリアーナ様。……あら、お顔色が優れませんわね?」
「“白薔薇”は、今日もお独りでいらっしゃるのかしら」
 隠しきれない好奇心と、低俗な愉悦。彼女たちは歩み寄り、扇の陰で毒を吐き出す。
「ねえ、ご存じ? “白薔薇の婚約者”様、またあの方と二人きりですのよ」
「ええ、まるで恋仲のような睦まじさですこと。稽古の後は、お二人で食事までされているそうですわ」
「リリアーナ様、お気の毒に……。彼にとって、婚約者は『義務』、あちらは『本気』なのかもしれませんわね」

 心に無数の針を刺されるような痛み。

 だが、リリアーナは表情一つ変えず、静かに、そして誰よりも深く、美しい微笑を湛えた。
「――親切なご忠告、痛み入りますわ。ですが」
 氷のように冷たく、刃のように鋭い声が、令嬢たちの言葉を断ち切った。
「誰にでも優しい方を、その尊い性質ゆえに嘲笑う。……そのような浅ましい真似、私には理解できかねます。皆さま、他にすべきことはありませんの?」

「っ……!」
 一刀両断。令嬢たちが絶句する中、リリアーナは流れるような動作で歩き出した。

 勝利したはずなのに。その胸は、誇りと、剥き出しの悲鳴を上げる恋心とが入り混じり、今にも破裂しそうだった。
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