初恋の令嬢を探すあなたへ 〜それは私ですが、十九回振られたので、もう名乗りません〜

恋せよ恋

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十回目の春、変わらないのは私だけ

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 十五歳の春。アルバン王立学園の入学式を告げる鐘の音は、フェリシア・オタワにとって「約束の合図」のように聞こえた。

「……やっと、毎日会えるわ!」
 真新しい制服に身を包み、鏡の前でくるりと回る。

 幼い頃は陽光を透かすような金色だった髪は、成長と共にしっとりと落ち着いた明るい茶色に変わった。けれど、エメラルドの瞳も、彼が「苺みたいだ」と笑った唇も、すべては彼が好きな幼い頃のだった。

 初恋は、五歳の夏。両親とお兄様と一緒に訪れた避暑地でのことだった。

 両親とはぐれ、見知らぬ別荘の裏庭で泣きじゃくっていた私。色とりどりの薔薇が咲き誇るアーチの奥、水色のドレスを汚して座り込んでいた私を見つけたのが、その別荘の持ち主――アルバン侯爵家の嫡男で、二歳年上のステファン・アルバン様だった。

『……君は、妖精?妖精の国に、帰れなくなってしまったの?』

 銀糸のような髪をなびかせ、紫水晶アメジストの瞳を丸くして、そう問いかけてきた美しい彼こそ、私にとって妖精のような王子様だった。あの夏の日から十年間、フェリシアは夏と冬――、避暑地で会うたびに、彼に恋心を伝え続けてきた。

「ステファン様、お嫁さんにしてください!」
「ははは。フェリシアは本当に可愛いね。……うん、大きくなったらね」

 そんなやり取りは、昨日までは「幼馴染の微笑ましい光景」だった。けれど今日からは違う。淑女教育を受ける一人の女性として、彼の隣に立ちたかった。

 高鳴る胸を抑え、一年生の学年棟を飛び出して三年棟へと向かう。学園で一番に彼へ挨拶をしたくて、角で待ち伏せた。

「……あ、ステファン様!」
 大人びた制服姿の背中を見つけ、駆け寄る。

 けれど、振り返ったステファンの瞳は、驚くほど平坦だった。
「フェリシア、どうしてここに?」

「入学のご挨拶をと思って……ステファン様、私、ついに同じ学園に――」
「悪いけど、三年の学年棟には来ちゃダメだよ。君はもう学園の一年生なんだから。ね?」
 突き放すような言葉。だが、その声はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちていた。

 彼はフェリシアの頭を軽く叩くと、聞き分けのない妹をあやすような笑みを浮かべる。
「また夏に、実家の方で会おう。じゃあね」

 ……また、夏? 毎日会えると思っていたのは、私だけだったの……? 目も合わせず去っていく背中を、ただ見送るしかなかった。

 動悸が止まらない。だがそれは恋の昂りではなく、冷たい水が心に浸透していくような、嫌な震えだった。


 数日後、偶然、通りかかった校庭。校舎の裏にあるベンチから楽しげな笑い声が聞こえた。ステファン様と、その友人たちの声だ。

「ステファン、相変わらずあの可愛い子オタワ侯爵令嬢に懐かれてるな。あれだけ一途に求婚されて、婚約者にするつもりはないのか?」
 茶化すような問いに、フェリシアは息を殺した。

 彼ならどう答えるのか。いつものように笑って誤魔化すのか。それとも――。

「婚約者? それはないよ」
 聞こえてきたのは、熱に浮かされ、独り言めいたステファンの声だった。

「僕は、昔出会った『運命の妖精』を探しているんだ。両親が出会った時の話、話したことあるだろ? あの、いくつもの偶然が重なって結ばれた『真実の愛』。僕もあんな風に、魂が震えるような劇的な出会いをしたいんだよ」

 視界が、ぐにゃりと歪んだ。十年間、毎年繰り返された、避暑地での私のあの告白。彼にとってそれは、魂を震わせる「偶然」でも、「運命」でもない。ただの、うるさい季節の挨拶に過ぎなかった。

「そうだ。あの日、庭で見かけた妖精みたいな…… あの子が、きっとどこかにいるはずなんだ」

 ――ステファンお兄さま、それは私よ。

 初めて出会った、あの夏の日。薔薇のアーチの奥で、あなたが出会った“妖精”は、私――フェリシア。あなたのすぐそばで、今にも泣き出しそうな顔のまま立ち尽くしている、この私なのだから。

 彼は一度も、フェリシアのエメラルド色の瞳を「運命」として見てはいなかったのだ。
 
 彼に恋したまま迎える、十回目の春。
 五歳の冬から、夏と冬、年に二度きりの再会のたびに、フェリシアは拗らせた初恋のすべてを伝えてきた……。前回の冬の告白が、十九回目であり、終わりになるはずのない想いだったはずなのに……。

「……もう、諦めよう」

 満開の桜が舞い散る中、の告白を最後に、彼女の初恋は静かに終わりを迎えた。
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