4 / 11
偽りの運命が綻び始める
しおりを挟む
ステファンがフローラを「運命の妖精」として公認してからというもの、学園内の空気は奇妙な緊張感に包まれていた。
アルバン侯爵家の嫡男が、無名の、しかも産業も乏しい子爵家の令嬢を寵愛している。それが「真実の愛」であれば美談だが、その陰には十年間、彼を想い続けたフェリシアの存在があるからだ。
フェリシア・オタワ侯爵令嬢。
彼女はただの「片思い令嬢」ではなかった。成績は常に学年上位。誰に対しても分け隔てなく接し、困っている生徒がいればそっと手を差し伸べる。その凛とした美しさと人格は、教師からも生徒からも絶大な信頼を得ていた。
(……面白くないわ。どうして誰もあの女を蔑まないの?)
ステファンの腕を独占しているはずのフローラは、焦っていた。
自分がステファンの隣にいても、周囲の視線は「身の程知らずな子爵令嬢」という冷ややかなもの。対するフェリシアは、失恋の傷すら見せず、以前にも増して美しく、才知と気品をまとった令嬢として、ひときわ眩しく映っていた。
さらに、フェリシアの周りには、彼女を放っておかない男子生徒たちが集まり始めていた。
「フェリシア嬢、この後の講義で使う資料、僕が運びましょうか?」
「まあ、ありがとうございます。でも、これくらい自分で運べるわ」
一年棟の廊下で、高位貴族家の嫡男たちが競うようにフェリシアに声をかけている。その光景を遠くから目撃したステファンは、胸の奥を掻きむしられるような不快感に襲われていた。
「……あんな奴ら、フェリシアの何を知っているんだ」
彼女は僕にだけ笑い、僕にだけ「大好きだ」と言うはずだった。
フローラという「運命」を手に入れたはずなのに、フェリシアに群がる男たちを見ると、まるで自分の領土を荒らされているような、悍ましい独占欲が首をもたげる。
そんなステファンの焦りを感じ取ったのか、フローラはついに禁じ手に手を染めた。
ある日の放課後。一年棟と三年棟をつなぐ渡り廊下で、フローラはフェリシアを呼び止めた。
人影がまばらであることを、彼女はあらかじめ確かめている。そして――自ら、三段ほどの段差の縁へと立った。
「フェリシア様……!どうか、ステファン様を……私にお譲りくださいませ!」
芝居がかった、必要以上に大きな声。その言葉が終わるのと同時に、フローラは自ら身体を傾け、三段ほどの低い段差を転げ落ちた。
短い悲鳴。そして次の瞬間、廊下の向こうから――ステファンが駆け寄ってくるのが、はっきりと見えた。
「フローラ! 大丈夫か!?」
「あ、あう……。フェリシア様が、突然……。『ステファン様を奪わないで』と言ったら、突き飛ばされて……」
フローラは涙を浮かべ、擦りむいた手首を抑えて俯いた。
(これで終わりよ。侯爵令嬢が格下の令嬢を突き飛ばしたなんて、最低の醜聞だわ)
顔を伏せながら、フローラは「してやったり」と口角を歪めた。
駆けつけた生徒たち。そして、ステファン。だが、その場の空気はフローラの予想とは全く違うものになった。
「……は? フェリシアが、突き飛ばした……?」
ステファンが呆然と呟く。その目は、階段の上に立つフェリシアを捉えていた。
突き飛ばしたはずのフェリシアは、いっさい動じることもなく、ただ冷然とフローラを見下ろしていた。
「嘘だろ。フェリシア嬢が、そんなことをするかな……」
「フェリシア様は誰に対しても優しいのに、信じられないわ」
「そうだよ。あんなこと、フェリシア様がするわけないじゃないか」
周囲の生徒たちから漏れたのは、フローラへの同情ではなく、フェリシアへの圧倒的な信頼だった。
「信じられないな。フェリシアは……そんな子じゃない」
ステファンの口から出た言葉に、フローラは凍りついた。
彼はフローラを抱き起こしながらも、そのアメジストの瞳には「疑念」の色が混じっている。
「ステファン様……? 信じてくださらないのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ……僕が知っているフェリシアは、正々堂々とした奴なんだ」
ステファンは気づき始めていた。
十九回も告白してきたフェリシアは、いつだって真っ直ぐだった。卑怯な真似など一番嫌うはずだ。
対して、今、腕の中にいる「運命の妖精」のはずのフローラは、どこか……何かが、噛み合わない。
「不愉快ですわ」
階段の上から、フェリシアの氷のような声が降ってきた。
「アルバン侯爵令息様。あなたの『運命の相手』を守るために、私を悪役に仕立て上げるのは勝手ですが、他の方々の目までは欺けないようですわね」
その言葉は、ステファンのプライドを粉々に砕いた。
「フェリシア、違うんだ、僕は――」
「失礼いたします。これ以上、見苦しいお芝居に付き合えるほど、私は暇ではございませんので」
フェリシアは、一度もステファンと目を合わせることなく、背を向けて去っていった。
その背中は、かつて自分を恋い慕い追いかけていた頃よりもずっと気高く、そして、もう二度と手の届かない場所にあるように見えた。
ステファンは、腕の中のフローラを支える手に力が入りきらない。自分の信じた「運命」が、砂の城のように崩れ始めていた。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
アルバン侯爵家の嫡男が、無名の、しかも産業も乏しい子爵家の令嬢を寵愛している。それが「真実の愛」であれば美談だが、その陰には十年間、彼を想い続けたフェリシアの存在があるからだ。
フェリシア・オタワ侯爵令嬢。
彼女はただの「片思い令嬢」ではなかった。成績は常に学年上位。誰に対しても分け隔てなく接し、困っている生徒がいればそっと手を差し伸べる。その凛とした美しさと人格は、教師からも生徒からも絶大な信頼を得ていた。
(……面白くないわ。どうして誰もあの女を蔑まないの?)
ステファンの腕を独占しているはずのフローラは、焦っていた。
自分がステファンの隣にいても、周囲の視線は「身の程知らずな子爵令嬢」という冷ややかなもの。対するフェリシアは、失恋の傷すら見せず、以前にも増して美しく、才知と気品をまとった令嬢として、ひときわ眩しく映っていた。
さらに、フェリシアの周りには、彼女を放っておかない男子生徒たちが集まり始めていた。
「フェリシア嬢、この後の講義で使う資料、僕が運びましょうか?」
「まあ、ありがとうございます。でも、これくらい自分で運べるわ」
一年棟の廊下で、高位貴族家の嫡男たちが競うようにフェリシアに声をかけている。その光景を遠くから目撃したステファンは、胸の奥を掻きむしられるような不快感に襲われていた。
「……あんな奴ら、フェリシアの何を知っているんだ」
彼女は僕にだけ笑い、僕にだけ「大好きだ」と言うはずだった。
フローラという「運命」を手に入れたはずなのに、フェリシアに群がる男たちを見ると、まるで自分の領土を荒らされているような、悍ましい独占欲が首をもたげる。
そんなステファンの焦りを感じ取ったのか、フローラはついに禁じ手に手を染めた。
ある日の放課後。一年棟と三年棟をつなぐ渡り廊下で、フローラはフェリシアを呼び止めた。
人影がまばらであることを、彼女はあらかじめ確かめている。そして――自ら、三段ほどの段差の縁へと立った。
「フェリシア様……!どうか、ステファン様を……私にお譲りくださいませ!」
芝居がかった、必要以上に大きな声。その言葉が終わるのと同時に、フローラは自ら身体を傾け、三段ほどの低い段差を転げ落ちた。
短い悲鳴。そして次の瞬間、廊下の向こうから――ステファンが駆け寄ってくるのが、はっきりと見えた。
「フローラ! 大丈夫か!?」
「あ、あう……。フェリシア様が、突然……。『ステファン様を奪わないで』と言ったら、突き飛ばされて……」
フローラは涙を浮かべ、擦りむいた手首を抑えて俯いた。
(これで終わりよ。侯爵令嬢が格下の令嬢を突き飛ばしたなんて、最低の醜聞だわ)
顔を伏せながら、フローラは「してやったり」と口角を歪めた。
駆けつけた生徒たち。そして、ステファン。だが、その場の空気はフローラの予想とは全く違うものになった。
「……は? フェリシアが、突き飛ばした……?」
ステファンが呆然と呟く。その目は、階段の上に立つフェリシアを捉えていた。
突き飛ばしたはずのフェリシアは、いっさい動じることもなく、ただ冷然とフローラを見下ろしていた。
「嘘だろ。フェリシア嬢が、そんなことをするかな……」
「フェリシア様は誰に対しても優しいのに、信じられないわ」
「そうだよ。あんなこと、フェリシア様がするわけないじゃないか」
周囲の生徒たちから漏れたのは、フローラへの同情ではなく、フェリシアへの圧倒的な信頼だった。
「信じられないな。フェリシアは……そんな子じゃない」
ステファンの口から出た言葉に、フローラは凍りついた。
彼はフローラを抱き起こしながらも、そのアメジストの瞳には「疑念」の色が混じっている。
「ステファン様……? 信じてくださらないのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ……僕が知っているフェリシアは、正々堂々とした奴なんだ」
ステファンは気づき始めていた。
十九回も告白してきたフェリシアは、いつだって真っ直ぐだった。卑怯な真似など一番嫌うはずだ。
対して、今、腕の中にいる「運命の妖精」のはずのフローラは、どこか……何かが、噛み合わない。
「不愉快ですわ」
階段の上から、フェリシアの氷のような声が降ってきた。
「アルバン侯爵令息様。あなたの『運命の相手』を守るために、私を悪役に仕立て上げるのは勝手ですが、他の方々の目までは欺けないようですわね」
その言葉は、ステファンのプライドを粉々に砕いた。
「フェリシア、違うんだ、僕は――」
「失礼いたします。これ以上、見苦しいお芝居に付き合えるほど、私は暇ではございませんので」
フェリシアは、一度もステファンと目を合わせることなく、背を向けて去っていった。
その背中は、かつて自分を恋い慕い追いかけていた頃よりもずっと気高く、そして、もう二度と手の届かない場所にあるように見えた。
ステファンは、腕の中のフローラを支える手に力が入りきらない。自分の信じた「運命」が、砂の城のように崩れ始めていた。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
943
あなたにおすすめの小説
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
[完結]婚約破棄したいので愛など今更、結構です
シマ
恋愛
私はリリーナ・アインシュタインは、皇太子の婚約者ですが、皇太子アイザック様は他にもお好きな方がいるようです。
人前でキスするくらいお好きな様ですし、婚約破棄して頂けますか?
え?勘違い?私の事を愛してる?そんなの今更、結構です。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる