初恋の令嬢を探すあなたへ 〜それは私ですが、十九回振られたので、もう名乗りません〜

恋せよ恋

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偽りの運命が綻び始める

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 ステファンがフローラを「運命の妖精」として公認してからというもの、学園内の空気は奇妙な緊張感に包まれていた。

 アルバン侯爵家の嫡男が、無名の、しかも産業も乏しい子爵家の令嬢を寵愛している。それが「真実の愛」であれば美談だが、その陰には十年間、彼を想い続けたフェリシアの存在があるからだ。

 フェリシア・オタワ侯爵令嬢。
 彼女はただの「片思い令嬢」ではなかった。成績は常に学年上位。誰に対しても分け隔てなく接し、困っている生徒がいればそっと手を差し伸べる。その凛とした美しさと人格は、教師からも生徒からも絶大な信頼を得ていた。

(……面白くないわ。どうして誰もあの女を蔑まないの?)

 ステファンの腕を独占しているはずのフローラは、焦っていた。
 自分がステファンの隣にいても、周囲の視線は「身の程知らずな子爵令嬢」という冷ややかなもの。対するフェリシアは、失恋の傷すら見せず、以前にも増して美しく、才知と気品をまとった令嬢として、ひときわ眩しく映っていた。

 さらに、フェリシアの周りには、彼女を放っておかない男子生徒たちが集まり始めていた。

「フェリシア嬢、この後の講義で使う資料、僕が運びましょうか?」
「まあ、ありがとうございます。でも、これくらい自分で運べるわ」

 一年棟の廊下で、高位貴族家の嫡男たちが競うようにフェリシアに声をかけている。その光景を遠くから目撃したステファンは、胸の奥を掻きむしられるような不快感に襲われていた。

「……あんな奴ら、フェリシアの何を知っているんだ」
 彼女は僕にだけ笑い、僕にだけ「大好きだ」と言うはずだった。

 フローラという「運命」を手に入れたはずなのに、フェリシアに群がる男たちを見ると、まるで自分の領土を荒らされているような、悍ましい独占欲が首をもたげる。

 そんなステファンの焦りを感じ取ったのか、フローラはついに禁じ手に手を染めた。

 ある日の放課後。一年棟と三年棟をつなぐ渡り廊下で、フローラはフェリシアを呼び止めた。
人影がまばらであることを、彼女はあらかじめ確かめている。そして――自ら、三段ほどの段差の縁へと立った。

「フェリシア様……!どうか、ステファン様を……私にお譲りくださいませ!」

 芝居がかった、必要以上に大きな声。その言葉が終わるのと同時に、フローラは自ら身体を傾け、三段ほどの低い段差を転げ落ちた。

 短い悲鳴。そして次の瞬間、廊下の向こうから――ステファンが駆け寄ってくるのが、はっきりと見えた。

「フローラ! 大丈夫か!?」
「あ、あう……。フェリシア様が、突然……。『ステファン様を奪わないで』と言ったら、突き飛ばされて……」
 フローラは涙を浮かべ、擦りむいた手首を抑えて俯いた。

(これで終わりよ。侯爵令嬢が格下の令嬢を突き飛ばしたなんて、最低の醜聞だわ)

 顔を伏せながら、フローラは「してやったり」と口角を歪めた。
 
 駆けつけた生徒たち。そして、ステファン。だが、その場の空気はフローラの予想とは全く違うものになった。

「……は? フェリシアが、突き飛ばした……?」
 ステファンが呆然と呟く。その目は、階段の上に立つフェリシアを捉えていた。

 突き飛ばしたのフェリシアは、いっさい動じることもなく、ただ冷然とフローラを見下ろしていた。

「嘘だろ。フェリシア嬢が、そんなことをするかな……」
「フェリシア様は誰に対しても優しいのに、信じられないわ」
「そうだよ。あんなこと、フェリシア様がするわけないじゃないか」

 周囲の生徒たちから漏れたのは、フローラへの同情ではなく、フェリシアへの圧倒的な信頼だった。
 
「信じられないな。フェリシアは……そんな子じゃない」
 ステファンの口から出た言葉に、フローラは凍りついた。

 彼はフローラを抱き起こしながらも、そのアメジストの瞳には「疑念」の色が混じっている。

「ステファン様……? 信じてくださらないのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ……僕が知っているフェリシアは、正々堂々とした奴なんだ」

 ステファンは気づき始めていた。
 十九回も告白してきたフェリシアは、いつだって真っ直ぐだった。卑怯な真似など一番嫌うはずだ。
 対して、今、腕の中にいる「運命の妖精」のはずのフローラは、どこか……何かが、噛み合わない。

「不愉快ですわ」
 階段の上から、フェリシアの氷のような声が降ってきた。

「アルバン侯爵令息様。あなたの『運命の相手』を守るために、私を悪役に仕立て上げるのは勝手ですが、他の方々の目までは欺けないようですわね」

 その言葉は、ステファンのプライドを粉々に砕いた。
「フェリシア、違うんだ、僕は――」

「失礼いたします。これ以上、見苦しいお芝居に付き合えるほど、私は暇ではございませんので」
 フェリシアは、一度もステファンと目を合わせることなく、背を向けて去っていった。

 その背中は、かつて自分を恋い慕い追いかけていた頃よりもずっと気高く、そして、もう二度と手の届かない場所にあるように見えた。

 ステファンは、腕の中のフローラを支える手に力が入りきらない。自分の信じた「運命」が、砂の城のように崩れ始めていた。
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