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薔薇の記憶の真実
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その日を境に、学園内でのフローラをみる目は厳しいものに変わった。
『自作自演の転落騒動』でフェリシアを陥れようとしたフローラの評価は失墜し、逆に『毅然とした態度で嘘を跳ね除けた』フェリシアへの称賛は高まる一方だった。
だが、誰よりも混乱していたのはステファンだった。
放課後、彼はフローラを伴って中庭のガゼボに座っていたが、その意識は目の前の「運命の少女」にはなかった。
「……ねえ、フローラ。あの日、君が庭で泣いていた時、何色の花に囲まれていたか覚えているかい?」
「えっ? ……ええ、もちろん。ステファン様が仰った通り、可愛らしいピンクの薔薇でしたわ」
フローラは愛らしく微笑んだ。あの日、偶然、彼が友人たちとカフェで『運命の妖精』について語り合っていたのを、漏れ聞いたことがある。その記憶に合わせ、彼女は最も望ましい答えを口にしたつもりだった。
しかし、ステファンの胸には、鋭い棘が刺さったような違和感が走る。
「……そうか。ピンク、だったか」
確かに、俺の記憶の中の『妖精』はピンクの薔薇の中にいた。
だが、フェリシアはあの日、こう言わなかっただろうか。
『私の記憶にあるあの日の妖精は、色とりどりの薔薇園で、もっと鼻水と涙を流し、無様に泣きじゃくっていた』と。
そして彼女は、フローラの言葉を鼻で笑った。まるで、「そんな色の花などなかった」とでも言うかのように。
――もし、俺の記憶そのものが、自分に都合よく書き換えられていたとしたら?
疑念の種が芽吹いたその時、中庭の入り口が騒がしくなった。そこには、一人の美しい青年を連れたフェリシアの姿があった。
青年の名は、クロード・ヴァレンシュタイン。
隣国の血を引く公爵家の次男であり、学園でも一、二を争う実力者だ。冷徹で女性を寄せ付けないことで有名な彼が、あろうことかフェリシアの隣で、穏やかな、そして熱を帯びた眼差しを隠そうともせずに歩いている。
「フェリシア嬢、次の休みには我が家の領地にある薬草園へ招待させてほしい。君が好きだと言っていた珍しいハーブが、ちょうど見頃なんだ」
「まあ、クロード様。そんな貴重な場所へ宜しいのですか? ぜひ伺いたいですわ」
フェリシアが弾んだ声で笑う。
それは、ステファンがこの数年間、一度も向けられることのなかった「対等な異性」への笑顔だった。
「……フェリシア」
気づけば、ステファンは立ち上がっていた。隣にいるフローラの制止も聞かず、衝動に突き動かされるまま二人の元へ歩み寄る。
「……アルバン侯爵令息様、ごきげんよう。何かご用でしょうか?」
フェリシアが足を止めた。その声には、かつての甘い響きは微塵もなく、ただ礼儀正しい壁だけがあった。
「その男は誰だ。……君は、俺以外の男と出かけるような真似はしなかったはずだろ」
口にしてから、ステファンは自分の言葉の浅ましさに戦慄した。
婚約者でもない。ただの幼馴染。しかも、自分から突き放した相手に対して、何を言っているのか。
クロードが、冷ややかな視線をステファンに向けた。
「これは驚いた。アルバン侯爵令息ともあろう方が、他家の令嬢の交友関係に口出しとは。彼女はもう、君を追いかける役割を辞めたと聞いているが?」
「黙れ! 彼女は、フェリシアは……」
「アルバン侯爵令息様。いい加減になさってください」
フェリシアの声が、ステファンの言葉を遮った。
エメラルドの瞳が、怒りではなく「憐れみ」の色を湛えて彼を射抜く。
「私はもう、貴方の『都合のいい幼馴染』でも、ましてや『愛の告白を繰り返す道化』でもございません。どうぞ、ご自身の選ばれた『運命の妖精』を大切になさってください。……クロード様、行きましょう。これ以上、貴重な時間を無駄にしたくありませんわ」
二人が去っていく。
ステファンは、ただ立ち尽くすしかなかった。視界が白むほどの嫉妬と、肺を握りつぶされるような喪失感。
その夜、ステファンは取り憑かれたように屋敷の資料室に籠もった。十年前の夏、バカンスを過ごした別荘の記録。当時の庭師が残した日誌を、震える手で捲る。
『王暦四六七年 七月 三日。今年は裏庭の薔薇が見事だ。特にアーチに絡みついた【白い薔薇】と【黄色い薔薇】、奥に咲く【真紅の薔薇】の対比が素晴らしい。奥様が好まれた【ピンクの薔薇】は、残念ながら今年は病気で一輪も咲かなかったが……』
日誌が、カサリと床に落ちた。
「ピンクの薔薇は……咲いていなかった……?」
フローラは言った。ピンクの薔薇に囲まれていた、と。彼女は、僕の「美化された誤った記憶」に合わせて嘘をついたのだ。
では、あの日。黄色、真紅と白の薔薇が咲き誇るアーチの奥で、泥だらけの青いドレスを着て、泣いていたのは——。
『ステファン様、結婚して!』
十九回繰り返された、あの真っ直ぐな声。空気のように当たり前にあった愛。
自分が「真実」ではないと切り捨てたものこそが、唯一無二の、偽りのない運命だった。
「ああ、ああああああ……!」
深夜の資料室に、ステファンの絶叫が虚しく響いた。
自惚れという病に冒され、本当の妖精を自分の手で追い出した愚か者の、あまりに遅すぎる目覚めだった。
_____________
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『自作自演の転落騒動』でフェリシアを陥れようとしたフローラの評価は失墜し、逆に『毅然とした態度で嘘を跳ね除けた』フェリシアへの称賛は高まる一方だった。
だが、誰よりも混乱していたのはステファンだった。
放課後、彼はフローラを伴って中庭のガゼボに座っていたが、その意識は目の前の「運命の少女」にはなかった。
「……ねえ、フローラ。あの日、君が庭で泣いていた時、何色の花に囲まれていたか覚えているかい?」
「えっ? ……ええ、もちろん。ステファン様が仰った通り、可愛らしいピンクの薔薇でしたわ」
フローラは愛らしく微笑んだ。あの日、偶然、彼が友人たちとカフェで『運命の妖精』について語り合っていたのを、漏れ聞いたことがある。その記憶に合わせ、彼女は最も望ましい答えを口にしたつもりだった。
しかし、ステファンの胸には、鋭い棘が刺さったような違和感が走る。
「……そうか。ピンク、だったか」
確かに、俺の記憶の中の『妖精』はピンクの薔薇の中にいた。
だが、フェリシアはあの日、こう言わなかっただろうか。
『私の記憶にあるあの日の妖精は、色とりどりの薔薇園で、もっと鼻水と涙を流し、無様に泣きじゃくっていた』と。
そして彼女は、フローラの言葉を鼻で笑った。まるで、「そんな色の花などなかった」とでも言うかのように。
――もし、俺の記憶そのものが、自分に都合よく書き換えられていたとしたら?
疑念の種が芽吹いたその時、中庭の入り口が騒がしくなった。そこには、一人の美しい青年を連れたフェリシアの姿があった。
青年の名は、クロード・ヴァレンシュタイン。
隣国の血を引く公爵家の次男であり、学園でも一、二を争う実力者だ。冷徹で女性を寄せ付けないことで有名な彼が、あろうことかフェリシアの隣で、穏やかな、そして熱を帯びた眼差しを隠そうともせずに歩いている。
「フェリシア嬢、次の休みには我が家の領地にある薬草園へ招待させてほしい。君が好きだと言っていた珍しいハーブが、ちょうど見頃なんだ」
「まあ、クロード様。そんな貴重な場所へ宜しいのですか? ぜひ伺いたいですわ」
フェリシアが弾んだ声で笑う。
それは、ステファンがこの数年間、一度も向けられることのなかった「対等な異性」への笑顔だった。
「……フェリシア」
気づけば、ステファンは立ち上がっていた。隣にいるフローラの制止も聞かず、衝動に突き動かされるまま二人の元へ歩み寄る。
「……アルバン侯爵令息様、ごきげんよう。何かご用でしょうか?」
フェリシアが足を止めた。その声には、かつての甘い響きは微塵もなく、ただ礼儀正しい壁だけがあった。
「その男は誰だ。……君は、俺以外の男と出かけるような真似はしなかったはずだろ」
口にしてから、ステファンは自分の言葉の浅ましさに戦慄した。
婚約者でもない。ただの幼馴染。しかも、自分から突き放した相手に対して、何を言っているのか。
クロードが、冷ややかな視線をステファンに向けた。
「これは驚いた。アルバン侯爵令息ともあろう方が、他家の令嬢の交友関係に口出しとは。彼女はもう、君を追いかける役割を辞めたと聞いているが?」
「黙れ! 彼女は、フェリシアは……」
「アルバン侯爵令息様。いい加減になさってください」
フェリシアの声が、ステファンの言葉を遮った。
エメラルドの瞳が、怒りではなく「憐れみ」の色を湛えて彼を射抜く。
「私はもう、貴方の『都合のいい幼馴染』でも、ましてや『愛の告白を繰り返す道化』でもございません。どうぞ、ご自身の選ばれた『運命の妖精』を大切になさってください。……クロード様、行きましょう。これ以上、貴重な時間を無駄にしたくありませんわ」
二人が去っていく。
ステファンは、ただ立ち尽くすしかなかった。視界が白むほどの嫉妬と、肺を握りつぶされるような喪失感。
その夜、ステファンは取り憑かれたように屋敷の資料室に籠もった。十年前の夏、バカンスを過ごした別荘の記録。当時の庭師が残した日誌を、震える手で捲る。
『王暦四六七年 七月 三日。今年は裏庭の薔薇が見事だ。特にアーチに絡みついた【白い薔薇】と【黄色い薔薇】、奥に咲く【真紅の薔薇】の対比が素晴らしい。奥様が好まれた【ピンクの薔薇】は、残念ながら今年は病気で一輪も咲かなかったが……』
日誌が、カサリと床に落ちた。
「ピンクの薔薇は……咲いていなかった……?」
フローラは言った。ピンクの薔薇に囲まれていた、と。彼女は、僕の「美化された誤った記憶」に合わせて嘘をついたのだ。
では、あの日。黄色、真紅と白の薔薇が咲き誇るアーチの奥で、泥だらけの青いドレスを着て、泣いていたのは——。
『ステファン様、結婚して!』
十九回繰り返された、あの真っ直ぐな声。空気のように当たり前にあった愛。
自分が「真実」ではないと切り捨てたものこそが、唯一無二の、偽りのない運命だった。
「ああ、ああああああ……!」
深夜の資料室に、ステファンの絶叫が虚しく響いた。
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