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鏡合わせの真実
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ステファンが自邸の資料室で真実に辿り着いた翌日。学園のラウンジは、これまでにない異様な緊張感に包まれていた。
フローラは、顔を真っ青にしながらも、必死にステファンの腕に縋り付いていた。
「ステファン様、何をおっしゃるのですか? 私は、あの日の……」
「もういいんだ、フローラ。君が嘘をついたことは、責めない」
ステファンの声は、驚くほど静かだった。かつての傲慢な輝きは消え、そこにあるのは深い疲労と、自嘲の混じった静謐さだ。
彼はフローラの震える手を優しく、けれど断固とした拒絶を込めて解いた。
「君が嘘をつけたのは、俺が自分に都合のいい『偽物の思い出』を吹聴していたからだ。君を誘惑したのは、僕の愚かな自惚れそのものだった。……すまなかった。君を巻き込んで、君の人生を狂わせるような真似をして」
フローラは言葉を失った。
冷酷に切り捨てられ、罵倒される覚悟はしていた。そうなれば、「ひどい! 私は愛していただけなのに!」と悲劇のヒロインを演じる余地があった。しかし、ステファンはすべての非を自分にあると認め、謝罪したのだ。
その光景を、少し離れた席からフェリシアがじっと見つめていた。隣には、彼女を護衛するようにクロード・ヴァレンシュタインが控えている。
「……意外ですね。ステファン様は、もっと足掻く方だと思っていましたわ」
フェリシアの呟きに、ステファンがゆっくりと顔を上げた。
彼はフラつく足取りでフェリシアの前まで歩み寄り、その場に跪いた。侯爵家の嫡男が、衆人環視の中で下級生に膝を突くという異常事態に、周囲からは息を呑む音が漏れる。
「フェリシア。……許してくれとは言わない。僕は、君が十年間捧げてくれた真心を、僕自身の汚れた理想で塗りつぶしてしまった。君が――君こそが、あの日の妖精だったことに、今の今まで気づけなかった」
ステファンの紫水晶の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「僕が探していた妖精は、ピンクの薔薇の中にいたんじゃない。……色とりどりの薔薇のアーチの奥で、僕の手を握ってくれた…… 幼い君だったんだね、フェリシア」
その言葉を聞いた瞬間、フェリシアの胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。彼がようやく、自分の言葉ではなく「真実」を見たのだと悟った。
「ステファン様。……顔を上げてください」
フェリシアは、真っ直ぐにその瞳を見据えた。
「……貴方が、フローラ様の嘘を暴くのではなく、ご自身の非を認められたこと。そこだけは、評価いたしますわ」
フェリシアは小さく溜息をついた。
もし、ここでステファンがフローラを怒鳴りつけ、「俺は騙されていたんだ!」と叫んでいたら、彼女は今度こそ彼を軽蔑し、存在すら忘れただろう。だが、彼は自分の弱さと向き合うことを選んだ。
「でも、ステファン様。……見直したからといって、時計の針は戻りません」
フェリシアは、クロードが差し出した手を自然な動作で取った。
ステファンの顔が、絶望に歪む。
「十九回です。私は、貴方に恋をして、誠実に告白しました。その十九回すべての拒絶を経て、私の恋心は、もう塵も残らず燃え尽きてしまったのです」
「フェリシア……っ」
「今の貴方は、かつて私が憧れた『妖精の王子様』に少しだけ戻ったようですわね。……でも、私はもう、あの薔薇の庭で泣いていた子供ではないのです」
フェリシアは優雅に微笑んだ。それは、執着から解放された、本当の意味での「自立した女性」の笑顔だった。
「ステファン様。これからは一人の友人として、貴方が幻想の『運命の妖精』ではなく、誠実な、どなたかを見つけられるよう、お祈りしておりますわ」
フェリシアはクロードと共に、光の差す出口へと歩き出した。
背後で、フローラが「待って、ステファン様! 私は本当に貴方を……!」と泣き叫ぶ声が聞こえたが、ステファンはもう、その場から動くことができなかった。
彼は、フェリシアの言葉に救われ、同時に喪失を言い渡されたのだ。
一方、学園の廊下を歩くフェリシアの横顔を、クロードが覗き込んだ。
「……良かったのかい? 彼は、随分と反省しているようだったが」
「ええ。反省したから、すぐに許す、なんて、私の恋はそんなに安いものではありませんもの」
フェリシアは、澄み渡る青空を見上げた。
「でも、『初恋』は、なかなか手強いですわ……。さあ、クロード様。薬草園のお話、もっと詳しく聞かせてくださる?」
彼女の歩みに、もう迷いはなかった。少女の足取りは、春の風よりもずっと軽やかだった。
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フローラは、顔を真っ青にしながらも、必死にステファンの腕に縋り付いていた。
「ステファン様、何をおっしゃるのですか? 私は、あの日の……」
「もういいんだ、フローラ。君が嘘をついたことは、責めない」
ステファンの声は、驚くほど静かだった。かつての傲慢な輝きは消え、そこにあるのは深い疲労と、自嘲の混じった静謐さだ。
彼はフローラの震える手を優しく、けれど断固とした拒絶を込めて解いた。
「君が嘘をつけたのは、俺が自分に都合のいい『偽物の思い出』を吹聴していたからだ。君を誘惑したのは、僕の愚かな自惚れそのものだった。……すまなかった。君を巻き込んで、君の人生を狂わせるような真似をして」
フローラは言葉を失った。
冷酷に切り捨てられ、罵倒される覚悟はしていた。そうなれば、「ひどい! 私は愛していただけなのに!」と悲劇のヒロインを演じる余地があった。しかし、ステファンはすべての非を自分にあると認め、謝罪したのだ。
その光景を、少し離れた席からフェリシアがじっと見つめていた。隣には、彼女を護衛するようにクロード・ヴァレンシュタインが控えている。
「……意外ですね。ステファン様は、もっと足掻く方だと思っていましたわ」
フェリシアの呟きに、ステファンがゆっくりと顔を上げた。
彼はフラつく足取りでフェリシアの前まで歩み寄り、その場に跪いた。侯爵家の嫡男が、衆人環視の中で下級生に膝を突くという異常事態に、周囲からは息を呑む音が漏れる。
「フェリシア。……許してくれとは言わない。僕は、君が十年間捧げてくれた真心を、僕自身の汚れた理想で塗りつぶしてしまった。君が――君こそが、あの日の妖精だったことに、今の今まで気づけなかった」
ステファンの紫水晶の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「僕が探していた妖精は、ピンクの薔薇の中にいたんじゃない。……色とりどりの薔薇のアーチの奥で、僕の手を握ってくれた…… 幼い君だったんだね、フェリシア」
その言葉を聞いた瞬間、フェリシアの胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。彼がようやく、自分の言葉ではなく「真実」を見たのだと悟った。
「ステファン様。……顔を上げてください」
フェリシアは、真っ直ぐにその瞳を見据えた。
「……貴方が、フローラ様の嘘を暴くのではなく、ご自身の非を認められたこと。そこだけは、評価いたしますわ」
フェリシアは小さく溜息をついた。
もし、ここでステファンがフローラを怒鳴りつけ、「俺は騙されていたんだ!」と叫んでいたら、彼女は今度こそ彼を軽蔑し、存在すら忘れただろう。だが、彼は自分の弱さと向き合うことを選んだ。
「でも、ステファン様。……見直したからといって、時計の針は戻りません」
フェリシアは、クロードが差し出した手を自然な動作で取った。
ステファンの顔が、絶望に歪む。
「十九回です。私は、貴方に恋をして、誠実に告白しました。その十九回すべての拒絶を経て、私の恋心は、もう塵も残らず燃え尽きてしまったのです」
「フェリシア……っ」
「今の貴方は、かつて私が憧れた『妖精の王子様』に少しだけ戻ったようですわね。……でも、私はもう、あの薔薇の庭で泣いていた子供ではないのです」
フェリシアは優雅に微笑んだ。それは、執着から解放された、本当の意味での「自立した女性」の笑顔だった。
「ステファン様。これからは一人の友人として、貴方が幻想の『運命の妖精』ではなく、誠実な、どなたかを見つけられるよう、お祈りしておりますわ」
フェリシアはクロードと共に、光の差す出口へと歩き出した。
背後で、フローラが「待って、ステファン様! 私は本当に貴方を……!」と泣き叫ぶ声が聞こえたが、ステファンはもう、その場から動くことができなかった。
彼は、フェリシアの言葉に救われ、同時に喪失を言い渡されたのだ。
一方、学園の廊下を歩くフェリシアの横顔を、クロードが覗き込んだ。
「……良かったのかい? 彼は、随分と反省しているようだったが」
「ええ。反省したから、すぐに許す、なんて、私の恋はそんなに安いものではありませんもの」
フェリシアは、澄み渡る青空を見上げた。
「でも、『初恋』は、なかなか手強いですわ……。さあ、クロード様。薬草園のお話、もっと詳しく聞かせてくださる?」
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