初恋の令嬢を探すあなたへ 〜それは私ですが、十九回振られたので、もう名乗りません〜

恋せよ恋

文字の大きさ
9 / 11
番外編

運命の正体

しおりを挟む
 ステファンとフェリシアの婚約が正式に発表され、両家が祝杯を挙げた数日後のことである。
 アルバン侯爵邸の私的なサロンでは、ステファンの母・イザベルが、ティーカップを片手に優雅な溜息をついていた。

「……ねえ、あなた。あの子、本当にあの話を信じていたのね」

 向かい側に座る夫、ユリウス侯爵は、読みかけの新聞を膝に置いて快活に笑った。

「ああ。まさか、君が寝る前に聞かせていた『お伽話』を、あそこまで忠実に人生の指針にしていたとはな。馬車の車輪が外れた拍子に出会うだの、異国の植物園で運命の再会を果たすだの……。実際は、親同士が設定したお茶会で初めて会い、紅茶を二杯飲む間に婚約が内定したというのに」

「だって、そのまま話しても子供は喜ばないでしょう? ちょっとくらい装飾した方が、夢があっていいと思ったのよ。まさかあの子が、本気で『魂が震える偶然』なんてものを探し回るほど、ロマンチストに育つなんて思わなかったわ。……ふふふ、あんなお伽話、いつまでも信じてるなんて可愛いわね」

 イザベルは楽しそうに笑う。彼女にとって、あのお話は子供を寝かしつけるための、ちょっとした「創作」に過ぎなかったのだ。

 ところが。その会話を、偶然にも扉の外で聞いてしまった人物がいた。
 母へ婚約成立の感謝を伝えようと、花束を持って廊下に立っていたステファンその人である。

(嘘……だろ……?)
 ステファンの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

 彼がこれまでの十年間、フェリシアの真っ直ぐな愛を撥ね退け続け、あろうことかフローラの浅知恵にまで振り回される原因となった「運命の法則」。

 両親のような劇的な出会いこそが至高だと信じ、エメラルドの瞳の少女を「ただの日常」だと切り捨て、冷たく当たってきたあの信念。

 それらすべての根拠が、母の「ちょっとしたお遊び」だったのだ。

「……はは、はははは……」
 ステファンはその場に力なく膝をついた。手にした花束が、床に虚しく転がる。
 自分が信じて疑わなかった「真実の愛の物語」は、母のユーモアが作り出したお伽話に過ぎなかった。

 自分が流した涙も、フェリシアを傷つけた罪悪感も、親たちから「情けない」と笑われていたあの視線の意味も。そのすべてのパズルが、あまりに虚しい形で組み合わさっていく。

(僕は……ただの『寝物語を信じる子供』のまま、あんなに格好つけて、彼女に説教をしていたのか……?)

 羞恥心で脳が爆発しそうになりながら、ステファンは拳を握りしめた。

 あの日、「三年の校舎に来るな」と偉そうに命じた自分を斬り捨てたい。フェリシアに「運命の妖精を探しているんだ」と語ったあの瞬間の自分を、記憶の底から消し去ってしまいたかった。

 その時、廊下の向こうからフェリシアが歩いてきた。

 跪いて震えているステファンを見つけ、彼女は驚いて駆け寄る。
「まあ、ステファン様!? どうされたのですか? どこかお加減でも……」

 フェリシアの手が肩に触れた瞬間、ステファンはガバッと顔を上げた。その瞳には、かつてないほどの必死さと、情けなさが混ざり合っていた。

「フェリシア……っ、僕は、僕はなんて愚かだったんだ……!」
「えっ? ええ.......それは存じ上げておりますけれど。……でも、今さら何に気づかれたのですか?」

 ステファンは、フェリシアの両手を壊れ物を扱うように、けれど力強く握りしめた。

「フェリシア。……これからは、僕が『新しい運命』を作る。親の話なんて、もう二度と参考にしない。僕たちのこの『十年間の愚かな遠回り』こそを、わがアルバン家の真実の伝説にするんだ!」

 ステファンは涙ながらに続けた。
「馬車が壊れなくてもいい! 植物園での偶然もいらない! 毎日隣にいて、毎日叱られて、毎日君に『大好きだ』と呆れられる……そんな『普通の愛』こそが、俺にとっての唯一無二の運命なんだ!」

「……ステファン様。仰っている意味が半分も分かりませんけれど、素敵なお心掛けですわね」
 フェリシアは、相変わらず何も知らないまま、聖母のような微笑みを浮かべて彼の銀髪を優しく撫でた。
 
 ステファンの本当の「大人への脱皮」は、母のお伽話が崩壊したこの瞬間に、ようやく完了した。

 彼はこの後、自分たちの結婚披露宴で「運命とは、待つものではなく、十年の月日をかけて育てるものである」という演説をぶち上げ、出席した親世代から「どの口が言うんだ」と温かい失笑を買うことになるのだが――。

 それはまた、別の幸福な物語の始まりであった。

 ハッピーエンド
___________

二人の幸せに、エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢✨🌹【魔力のない私と、呪われた騎士の「甘くない」恋の約束】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇夫がお探しの私は、隣にいます

終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに! 妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。 シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。 「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」 シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。 扉の向こうの、不貞行為。 これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。 まさかそれが、こんなことになるなんて! 目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。 猫の姿に向けられる夫からの愛情。 夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……? * * * 他のサイトにも投稿しています。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

[完結]婚約破棄したいので愛など今更、結構です

シマ
恋愛
私はリリーナ・アインシュタインは、皇太子の婚約者ですが、皇太子アイザック様は他にもお好きな方がいるようです。 人前でキスするくらいお好きな様ですし、婚約破棄して頂けますか? え?勘違い?私の事を愛してる?そんなの今更、結構です。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

気づいたときには遅かったんだ。

水瀬瑠奈
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

処理中です...