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ガーネットと、銀の騎士
義妹の告げる噂
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昨夜、バルコニーで別れた時。背を向けるクロード様の肩が、微かに震えていたように見えたのは――私の、見間違いだったのでしょうか。
ほとんど眠れぬまま迎えた朝。私は公爵邸の図書室で、新しく届いた茶葉の香りを確かめていました。
少し燻したような、上質なアッサム。彼が好む香りです。
これを用意して彼を待てば、昨夜の棘だった言葉も、朝霧のように消えてくれるのではないか。そんな、あまりにも淡い期待を抱いていました。
――けれど。
「あら、お義姉様。そんな険しいお顔で、何を考えていらっしゃるの?」
静寂を裂いたのは、鈴を転がすようでいて、どこか絡みつく甘い声。
義妹のオリビアでした。
公爵家の血を引かない彼女は、その立場を武器にする術を、よく心得ている娘です。
「別に、考え事などしていませんわ。クロード様をお迎えする準備をしているだけよ」
胸元には、今日もコスモスのブローチ。友情の証を身につけることは、私にとって小さな誇りでもありました。
――それが、彼女の目に留まったのです。
オリビアは、わざとらしく息を呑み、上目遣いで私を見つめました。
「まあ……今日も、そのブローチを? 昨夜、クロード様がとても悲しそうなお顔でお一人でお帰りになったと聞きましたのに」
にこり、と微笑んで。
「お義姉様って、本当にお強い方」
「……どういう意味かしら」
「だって、これ――宮廷魔導師ジュリアン様から贈られた“特別な魔石”だって噂、もう広まっていますわ」
心臓が、強く跳ねました。
「クロード様以外に想い人がいらっしゃるから、そんなに堂々と身につけていられるのね。……わたし、クロード様がお気の毒で」
――噂。友情の証が、たった一言で、背信の象徴に変わる。
「慎みなさい、オリビア。これは友人との友情の印よ。ジュリアン様は、エメリアの婚約者。私が不実な真似をするはずがないでしょう」
「ええ、もちろん。お義姉様の清廉さは、よく存じておりますわ」
そう言って、彼女は一歩近づいた。
「でも……男の方って、理屈では動きませんの。特にクロード様のように、婿養子という立場を、誰よりも重く背負っている方は」
囁きは、毒でした。
「彼は、選ばれたのが“自分”ではなく、“役割”だと思っていらっしゃる。そこへ、別の男性を象徴する光を見せられたら……心は、折れてしまいますわ」
「……お黙りなさい」
声が、震えました。
反論など、いくらでもできた。けれど――「役割が選ばれたと思っている」という言葉だけが、
呪いのように胸に残ったのです。
その時。図書室の扉が開き、クロード様が姿を現しました。
一瞬だけ、眉を寄せて空気を読む。そしてすぐに、“完璧な婚約者”の表情に戻る。
「ガーネット、待たせたな。……オリビア殿も、ご機嫌よう」
「まあ、クロード様。今ちょうど、お義姉様とお話ししておりましたの。クロード様が、どれほど公爵家のために尽くしてくださっているか、ですわ」
彼女は、するりと私の隣を離れ、同情を誘う距離まで近づいた。
クロード様は、わずかに顔を強張らせながらも、毅然と距離を取った。
「……務めを果たしているだけだ。ガーネット、少し歩かないか」
その視線が、一瞬だけ私の胸元を掠め――すぐに床へと落ちる。
私は、何も言わなかった。信じているから。あんな戯言を、否定する必要などないと――そう、思い込んでいたのです。
けれど。私のこの沈黙が、彼の目には――「否定するまでもない真実」として映っていたことを、私はまだ知らなかった。
庭園へ向かう彼の背中を追いながら、私はそっと、コスモスの妖精に触れました。
友情と、愛。その両方を守ろうとした私の選択が、オリビアの小さな毒によって、静かに、確実に、蝕まれ始めていたのです。
___________
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ほとんど眠れぬまま迎えた朝。私は公爵邸の図書室で、新しく届いた茶葉の香りを確かめていました。
少し燻したような、上質なアッサム。彼が好む香りです。
これを用意して彼を待てば、昨夜の棘だった言葉も、朝霧のように消えてくれるのではないか。そんな、あまりにも淡い期待を抱いていました。
――けれど。
「あら、お義姉様。そんな険しいお顔で、何を考えていらっしゃるの?」
静寂を裂いたのは、鈴を転がすようでいて、どこか絡みつく甘い声。
義妹のオリビアでした。
公爵家の血を引かない彼女は、その立場を武器にする術を、よく心得ている娘です。
「別に、考え事などしていませんわ。クロード様をお迎えする準備をしているだけよ」
胸元には、今日もコスモスのブローチ。友情の証を身につけることは、私にとって小さな誇りでもありました。
――それが、彼女の目に留まったのです。
オリビアは、わざとらしく息を呑み、上目遣いで私を見つめました。
「まあ……今日も、そのブローチを? 昨夜、クロード様がとても悲しそうなお顔でお一人でお帰りになったと聞きましたのに」
にこり、と微笑んで。
「お義姉様って、本当にお強い方」
「……どういう意味かしら」
「だって、これ――宮廷魔導師ジュリアン様から贈られた“特別な魔石”だって噂、もう広まっていますわ」
心臓が、強く跳ねました。
「クロード様以外に想い人がいらっしゃるから、そんなに堂々と身につけていられるのね。……わたし、クロード様がお気の毒で」
――噂。友情の証が、たった一言で、背信の象徴に変わる。
「慎みなさい、オリビア。これは友人との友情の印よ。ジュリアン様は、エメリアの婚約者。私が不実な真似をするはずがないでしょう」
「ええ、もちろん。お義姉様の清廉さは、よく存じておりますわ」
そう言って、彼女は一歩近づいた。
「でも……男の方って、理屈では動きませんの。特にクロード様のように、婿養子という立場を、誰よりも重く背負っている方は」
囁きは、毒でした。
「彼は、選ばれたのが“自分”ではなく、“役割”だと思っていらっしゃる。そこへ、別の男性を象徴する光を見せられたら……心は、折れてしまいますわ」
「……お黙りなさい」
声が、震えました。
反論など、いくらでもできた。けれど――「役割が選ばれたと思っている」という言葉だけが、
呪いのように胸に残ったのです。
その時。図書室の扉が開き、クロード様が姿を現しました。
一瞬だけ、眉を寄せて空気を読む。そしてすぐに、“完璧な婚約者”の表情に戻る。
「ガーネット、待たせたな。……オリビア殿も、ご機嫌よう」
「まあ、クロード様。今ちょうど、お義姉様とお話ししておりましたの。クロード様が、どれほど公爵家のために尽くしてくださっているか、ですわ」
彼女は、するりと私の隣を離れ、同情を誘う距離まで近づいた。
クロード様は、わずかに顔を強張らせながらも、毅然と距離を取った。
「……務めを果たしているだけだ。ガーネット、少し歩かないか」
その視線が、一瞬だけ私の胸元を掠め――すぐに床へと落ちる。
私は、何も言わなかった。信じているから。あんな戯言を、否定する必要などないと――そう、思い込んでいたのです。
けれど。私のこの沈黙が、彼の目には――「否定するまでもない真実」として映っていたことを、私はまだ知らなかった。
庭園へ向かう彼の背中を追いながら、私はそっと、コスモスの妖精に触れました。
友情と、愛。その両方を守ろうとした私の選択が、オリビアの小さな毒によって、静かに、確実に、蝕まれ始めていたのです。
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