「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋

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氷の決断

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 誕生日の夜、バネッサは一睡もせずに机に向かっていた。書き上げたのは、父への手紙でも、パトリックへの抗議文でもない。ハミルトン侯爵家当主、ユリウス叔父様への「相談」という名の「決意表明」だった。

 数日後、バネッサは父に「静養のためにハミルトン侯爵家へ行きたい」と願い出た。

 父ピエールは、誕生日の騒動を気に病んでいたのか、申し訳なさそうにそれを許した。
 後日、パトリックも「バネッサが落ち着くならその方がいい」と、まるで他人事のような顔で見送りに来た。

「お姉様、ゆっくり休んでね。お土産、期待してるわ!」
 パトリックの隣で、相変わらずエメラルドを首から下げたナタリアが手を振る。

 バネッサは無言で馬車に乗り込んだ。


 ハミルトン侯爵邸に到着したバネッサを待っていたのは、叔父ユリウスと次男のアンドレだった。

「よく来た、バネッサ。……話は聞いている。あんな不作法が許されるのはロイス家の中だけだ」
 ユリウスの翠色の瞳は、実の妹エメリアを亡くして以来の怒りに燃えていた。

「叔父様。私は、ロイス伯爵家の嫡子としての役目を終えたいと考えています。ルイという跡継ぎが生まれた今、私が家のための駒として、パトリック様と結婚する理由はなくなりました」

 バネッサの言葉に、アンドレが身を乗り出す。
「パトリック殿との婚約を破棄するつもりか?」

「ええ。ですが、ただ破棄するだけではロイス家の名に傷がつきます。ですから……『より高い地位』からの望まれての婚約解消にしたいのです」

 バネッサの意図を察し、ユリウスが深く頷いた。

「ヴィンセント公爵家のことだな」

 ヴィンセント公爵家。
 王室の血を引き、政財界の重鎮として君臨する家。そこには、十一歳のバネッサより二歳年上の嫡男、ルカ・ヴィンセントがいる。
 冷徹なまでの優秀さで知られ、彼に見合う「聡明な妃」を国中が探していると噂されていた。

「ヴィンセント公爵令息は、君の学業成績と、十一歳にして領地経営を一部支えていた手腕を高く評価されている。ハミルトン家の血を引き、品格も申し分ない君なら、公爵夫人の座こそ相応しいと考えておられるようだ」

 アンドレが少し複雑そうな表情でバネッサを見る。
「バネッサ。公爵家は、今までの比じゃないほど厳しい世界だぞ。本当に行きたいのか?」

「ええ、アンドレ。
私を『しっかり者だから放っておいていい』と軽んじる場所より、
私の『優秀さ』を必要とし、対等に扱う場所の方が、私には相応しいと思うの」

 バネッサの瞳には、迷いなどひとかけらもなかった。



 その後、バネッサはヴィンセント公爵家主催のお茶会に出席した。
 十一歳の少女に向けられたのは、好奇と値踏み、そして冷静な観察の視線。

 だが彼女は怯まなかった。
 年齢を言い訳にせず、知性を誇示することもなく、ただ正確に、慎重に、求められる役割を果たした。

 そのお茶会を境に、バネッサの立場は静かに変わっていく。

 彼女は「可哀想な令嬢」ではなく、「公爵家の未来を託せるかもしれない存在」として扱われ始めた。

 学問、政、財。令嬢の嗜みではなく、公爵家の一員候補としての教育。
 厳しさの中で、彼女は一度だけ挫折し、それでも逃げなかった。


 そして四年後――。

 十一歳で「静養」を理由に家を出た少女は、十五歳の冬、ヴィンセント公爵家の正式な婚約候補として名をささやかれる存在になっていた。

 その頃、ロイス伯爵邸では、変わらぬ日常が続いていた。

「パトリック様、お姉様がいなくて寂しいから、今日は一日中ご一緒してくださる?」
「ははは、仕方ないな。ナタリアは本当に寂しがり屋だね」

 十七歳になってもパトリックは、自分が何を失いつつあるのか、まだ知らない。


 バネッサの手元には、一通の招待状があった。
 ヴィンセント公爵家が主催する、選ばれた貴族のみが集う冬の夜会。

(さあ、パトリック様。そしてお父様。どちらがロイス家の『価値』なのか――皆様の前ではっきりさせましょう)

 バネッサの翠色の瞳は、冬の氷のように冷たく、そして美しく輝いていた。
______________

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【実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました】
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