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Ⅰ 王宮での生活
2 王家の横暴
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春の陽光が翳りはじめた午後。
レーヴェン伯爵家の屋敷に、王都からの使者が到着した。
黒い馬車に金の紋章――カルリスタ王国王家の印。
玄関前に整列した家令を筆頭とした使用人たちの背筋が、いっせいに緊張で硬直するーー
「レーヴェン伯爵家への勅命を伝える」
使者の声は、淡々としているが、重みがあった。
封蝋の施された書状を受け取ると、レーヴェン伯爵の手がわずかに震えた。封を切ると、中には端正な筆致でこう記されていた。
―――
『第三王子ニコラス殿下の命により
レーヴェン伯爵家二女マーガレット嬢を
王城へ招きたく、ここに通知する』
「その温雅なるご性質と聡明さに興味を持たれたゆえ、
親交を深める機会を設けたいとのことである」
―――
「……十五歳の殿下が、十歳の我が娘に“親交”を?」
イザベラ伯爵夫人の声には、かすかな怒りと不安が混じっていた。
表向きは親善。だがその裏に、政治的な“縁組”の意図を感じ取るのは容易だった。
ダニエル伯爵は眉を寄せ、書状を静かに畳んだ。
「……陛下ではなく、王妃殿下の発意だろう。」
『どういう意味ですの?』
「ニコラス殿下は第三王子。正式な継承順位は低いが……。
あの王妃殿下は、自らの血筋を強めようとしている。
おそらく、我が家の財力を後ろ盾にしたいのだろう。あの狡猾な女狐の考えつきそうなことだ!」
室内の空気がさらに冷たくなった。
伯爵家にとって、これは断るに断れぬ誘いである。
しかし、幼いマーガレットを王家の駒として差し出すことなど――
親として、到底受け入れられることではなかった。
その夜、静まりかえった書斎で、ダニエルはひとり机に肘をつき、ランプの光に照らされた書状を見つめていた。
( マーガレットは、まだ十歳だ。だが…… 王家の意志を退ければ…… レーヴェン伯爵家が不興を買ってしまう。
いずれ、領地にも影響が出るかもしれない…… 。イヤ、王家の狙いはワイス商会か……。いずれにせよ、頭の痛いことだ!)
静寂の中、扉が小さくノックされた。
『お父さま……』
入ってきたのはリリアーナだった。淡い青の寝衣の裾を握りしめている。
「リリアーナ….. お前も聞いたのかい?」
『ええ。……お父さま、どうされるおつもりなの?』
ダニエルは一瞬だけ迷い、しかし長女リリアーナの瞳を見て、決意を込めた声で言った。
「断るわけにはいかん。だが、しばらくは“王宮へは行かせぬ”と伝える。学問も礼儀も整っていない、という理由で時間を稼ぐ。」
『時間を稼げたとして…… その後は、どうなさるの?』
「その間に、味方を作る。うちの財で動く貴族もいるだろう。マーガレットの未来を、みすみす王家の玩具になどさせはしない!」
リリアーナは唇を噛みしめ、涙をこらえた。そして小さく囁く。
『……ルースにも、知らせておくわ。』
翌朝、ダン男爵家の庭にて。
まだ十歳のルースは、庭師の手伝いをしていた。そこへ息を切らせて駆けてきたリリアーナ。
『ルース……マーガレットを、守ってあげて。』
「え?」
『王家が、マーガレットを奪おうとしているの。』
ルースの瞳が、子供とは思えぬほど真剣に光った。
「ぼっ…僕が、守りますっ!」
その言葉は、静かな誓いのように空に響いた。
だが彼はまだ幼く、王家の力がどれほど巨大なものかを知らなかった。
――その誓いが、やがて彼自身の運命をも変えていくことになる。
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レーヴェン伯爵家の屋敷に、王都からの使者が到着した。
黒い馬車に金の紋章――カルリスタ王国王家の印。
玄関前に整列した家令を筆頭とした使用人たちの背筋が、いっせいに緊張で硬直するーー
「レーヴェン伯爵家への勅命を伝える」
使者の声は、淡々としているが、重みがあった。
封蝋の施された書状を受け取ると、レーヴェン伯爵の手がわずかに震えた。封を切ると、中には端正な筆致でこう記されていた。
―――
『第三王子ニコラス殿下の命により
レーヴェン伯爵家二女マーガレット嬢を
王城へ招きたく、ここに通知する』
「その温雅なるご性質と聡明さに興味を持たれたゆえ、
親交を深める機会を設けたいとのことである」
―――
「……十五歳の殿下が、十歳の我が娘に“親交”を?」
イザベラ伯爵夫人の声には、かすかな怒りと不安が混じっていた。
表向きは親善。だがその裏に、政治的な“縁組”の意図を感じ取るのは容易だった。
ダニエル伯爵は眉を寄せ、書状を静かに畳んだ。
「……陛下ではなく、王妃殿下の発意だろう。」
『どういう意味ですの?』
「ニコラス殿下は第三王子。正式な継承順位は低いが……。
あの王妃殿下は、自らの血筋を強めようとしている。
おそらく、我が家の財力を後ろ盾にしたいのだろう。あの狡猾な女狐の考えつきそうなことだ!」
室内の空気がさらに冷たくなった。
伯爵家にとって、これは断るに断れぬ誘いである。
しかし、幼いマーガレットを王家の駒として差し出すことなど――
親として、到底受け入れられることではなかった。
その夜、静まりかえった書斎で、ダニエルはひとり机に肘をつき、ランプの光に照らされた書状を見つめていた。
( マーガレットは、まだ十歳だ。だが…… 王家の意志を退ければ…… レーヴェン伯爵家が不興を買ってしまう。
いずれ、領地にも影響が出るかもしれない…… 。イヤ、王家の狙いはワイス商会か……。いずれにせよ、頭の痛いことだ!)
静寂の中、扉が小さくノックされた。
『お父さま……』
入ってきたのはリリアーナだった。淡い青の寝衣の裾を握りしめている。
「リリアーナ….. お前も聞いたのかい?」
『ええ。……お父さま、どうされるおつもりなの?』
ダニエルは一瞬だけ迷い、しかし長女リリアーナの瞳を見て、決意を込めた声で言った。
「断るわけにはいかん。だが、しばらくは“王宮へは行かせぬ”と伝える。学問も礼儀も整っていない、という理由で時間を稼ぐ。」
『時間を稼げたとして…… その後は、どうなさるの?』
「その間に、味方を作る。うちの財で動く貴族もいるだろう。マーガレットの未来を、みすみす王家の玩具になどさせはしない!」
リリアーナは唇を噛みしめ、涙をこらえた。そして小さく囁く。
『……ルースにも、知らせておくわ。』
翌朝、ダン男爵家の庭にて。
まだ十歳のルースは、庭師の手伝いをしていた。そこへ息を切らせて駆けてきたリリアーナ。
『ルース……マーガレットを、守ってあげて。』
「え?」
『王家が、マーガレットを奪おうとしているの。』
ルースの瞳が、子供とは思えぬほど真剣に光った。
「ぼっ…僕が、守りますっ!」
その言葉は、静かな誓いのように空に響いた。
だが彼はまだ幼く、王家の力がどれほど巨大なものかを知らなかった。
――その誓いが、やがて彼自身の運命をも変えていくことになる。
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