【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅰ 王宮での生活

5 ニコラスとの初対面

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 揺れる馬車の中で、マーガレットは背筋をまっすぐに伸ばしていた。両手は膝の上で静かに組まれ、瞳だけがまっすぐ前を見据えている。
 外の世界が遠ざかっていく。屋敷の白い門が視界から消えたとき、彼女はようやく小さく息を吐いた。

 「やぁ、はじめまして……。
   マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢」

 対面に座る少年の声は、妙に落ち着いていた。まだ年若い王子──ニコラス第三王子。十五歳にして、どこか大人びた余裕を漂わせている。淡い金の髪が窓からの光を受け、キラキラと光る。

 「忘れているかもしれないが、これは勅命だ。恐れ入る必要はない」
 『王国の太陽、ニコラス第三王子殿下にご挨拶申し上げます。レーヴェン伯爵家が二女マーガレットにございます……それと、恐れてなどおりませんわ!』
 マーガレットの声は静かで、揺るぎがなかった。

 ニコラスは唇の端をわずかに上げる。
 「ほう、十歳の令嬢にしてはずいぶん肝が据わっているな。普通なら泣き喚くところだがねぇ…… 」

 『泣いても、戻れるわけではありませんでしょう? それとも、大泣きしたら帰して頂けるのでしょうか?』

 「……なるほどね。理屈で話す女か。退屈はしなさそうだ」

 馬車の揺れの合間に、ニコラスは組んでいた脚を組み替え、頬杖をついた。その横顔には、年齢に似つかわしくない冷たい光が宿っている。

 「王妃殿下の命だ。君を王宮へ迎える。――理由は、後で教えるさ」
 『理由も告げずに、強引に令嬢を連れ去るのですか?』
 「“令嬢”ではなく、“勅命対象”だ。勅命に理由は要らない」

 冷たく笑う王子に、マーガレットは一瞬だけ目を細めた。だが、怯えることなく、毅然とした声で言い返す。

 『王家のご命令が正義なら、私はそれを見極める目を持たねばなりませんわ』
 「……ふふ」
 ニコラスは小さく笑った。笑いというより、興味の混じった吐息に近い。

 「面白い。――やはり、君を選んで正解だった」
 『 ( えっ!? )……. 選んだ?』
 「そうだ。王妃殿下が命じた“誰か”を、僕が選んだ。…… 君をだ」

 その言葉に、マーガレットの胸が小さく波立つ。だが表情には出さない。
 『なぜ……私を?』
 「気高く、聡明で、誰にも媚びぬ。
 そのくせ誰かを責めることもない。――退屈な王宮で、君のような令嬢はひときわ眩しい」

 少年らしからぬ軽い声音に、わずかに冷たい響きが混じる。

 『だからといって、強引に攫うのが王族の流儀ですの?』
 「“攫う”だなんて、物騒だなぁ」
 ニコラスは肩をすくめ、いたずらっぽく笑った。
 「連れてきただけだ。……王宮の空気を知れば、きっと君も悪く思わないよ……たぶんね。」

 マーガレットは窓の外に目を向けた。遠ざかるレーヴェン伯爵邸。
 『いいえ、殿下。悪く思わないかどうかは、私が決めることですわ』

 ニコラスは目を細めた。
 十五歳の少年にして、まるで氷のような静けさを宿したその瞳を。
 「君は……王宮でも、面白い駒になりそうだ」

 馬車はそのまま、夕暮れに染まる王宮の門をくぐった。
 マーガレットの心の奥に、冷たい光と、消えぬ誇りの火が同時に灯る。

つづく

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