【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅰ 王宮での生活

6 氷の王妃登場

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 高い天井に、白と金の装飾が輝いていた。「白薔薇の間」と呼ばれる謁見室は、清らかな名とは裏腹に、権力の香りが濃い。その中央に、カルリスタ王国王妃エマニュエルが座していた。

 「まあ!ようやく来ましたのね、マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢」
 王妃の声は、甘く、だが鋭い。まるで絹糸のように柔らかく相手を包みながら、その内に細い刃を潜ませている。

 マーガレットはゆるやかに一礼した。
 『エマニュエル王妃殿下 ご機嫌麗しゅうございます。レーヴェン伯爵家が二女マーガレットでございます。
 “このような形”でお目にかかることになり、恐れ入ります』

 その言葉に、王妃は唇をかすかに歪めた。
 「まぁ…… “このような形”ときたのね。聡明な娘は言葉を選ぶわね。さすが、噂に違わぬ才女ですこと」

 ニコラスが一歩進み出た。
 「母上。勅命に従い、マーガレット伯爵令嬢をお連れしました」

 「ええ、よくやりましたわ、ニコラス」
 王妃は息子を見上げながら、扇でゆるく頬を隠す。
 「これで一歩、計画が進みます」

 マーガレットはそのやりとりを黙って見つめていた。

――“計画”。

 その言葉が、彼女の中で静かに引っかかる。

 『王妃殿下。恐れながらお伺いしてもよろしいでしょうか?』
 「何かしら?」
 『私がこうして王宮に呼ばれた理由を、まだ伺っておりません』

 一瞬、謁見の空気が凍るーー

 王妃は微笑を絶やさぬまま、扇を閉じた。
 「まあ…… そこを質問するのね。大胆だこと」

 ニコラスが横から口を挟む。
 「母上、彼女は“大胆”ではなく“誠実”なんですよ」
 
 「ふふ。あなたは昔から、妙なものを庇う子ね」

 マーガレットは深く息を吸い、堂々と顔を上げた。
 『恐れながら申し上げます。王妃殿下のご命令がいかなるものであれ、私は伯爵家の娘として誠心誠意お仕えする覚悟で参りました』

 「……まぁ、殊勝な心がけですこと」
 王妃の瞳に、わずかな意外の色が浮かぶ。
 
 怒りも恐怖も見せず、まるで一輪の白薔薇のように凛とした少女。
――やはり、この娘。放ってはおけない。

 ニコラスはその横顔を眺め、わずかに口角を上げた。
 「母上。彼女は“使える”だけでなく、“惹かれる”令嬢ですよ」

 「惹かれる?」王妃は眉をひそめた。十五歳の王子が、何を言っているの」
 「ただの事実です」

 ニコラスの声には、十五歳らしい軽さと、王族特有の冷ややかさが同居していた。
 マーガレットは一瞬、彼を見たが、すぐに視線を外した。

 王妃は沈黙ののち、にっこりと笑った。
 「いいでしょう。――今日からあなたは、王宮付き教育顧問見習いとして、ニコラスの側に仕えなさい」

 『……王子殿下のお側に、ですか?』
 「ええ。若い王族の“知性”を磨くには、あなたのような娘が必要なのです」

 『謹んでお受けいたします、王妃殿下』

 その返答に、王妃は満足げに微笑む。
だが、ニコラスの瞳だけが、どこか楽しげに光った。

 (冷静すぎるな、君……。どこまで僕を翻弄してくれるのか、見てみたくなるじゃないか)

 白薔薇の間の扉が閉じる音が響き、マーガレットの新しい運命の幕が、静かに上がった。

つづく
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