【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅰ 王宮での生活

13 白い塔の才女爆誕

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 白亜の大理石の柱が並ぶ大広間。
 
 エルンスト陛下と、エマニュエル王妃、王太子であるマクシミリアン第一王子とその妻マリアテレジア王太子妃、アルベルト第二王子とその婚約者ブルボン侯爵家長女オーレリア。チロル侯爵家当主アンリ宰相、学問院の賢者たち、そして各家の嫡男・子息たちが整列していた。
 
 マーガレットの家族、レーヴェン伯爵夫妻と嫡女リリアーナ。その婚約者エルンスト侯爵家三男ユリウス、ダン男爵家三男ルースの姿も見える。

 中央の席には、薄紅のマントを纏う青年――
 ローゼンタール王国ナザレフ・ジャン・ローゼンタール二十五歳。騎士のような屈強な印象を受けるが、容貌は黒髪に黒い瞳の王族然とした彫像のような美形。その眼には知性の光を強く宿している。

 その日、学問会の主題は「薬学と生命の理」。カルリスタ王国が誇る賢者たちが次々と答弁に立ったが、ナザレフの質問は、まるで矢のように鋭く的を射抜いていた。

 「薬草《アルドレア》の煎液が熱を下げるのは、成分のレナト酸によるものか?
 それとも、摂取後に肝で生成される転化アルカロイドの作用か?」

 …...会場がざわめいた。

 薬理学の最先端の問い――。
カルリスタの学者たちは顔を見合わせ、口ごもる。

 「……れ、レナト酸であると、思われます」
 「いや、しかし転化の可能性も……」

その曖昧な答えに、ナザレフの口元が冷たく歪む。
 「思われる、ではなく、証明を」

 沈黙。

 そのとき――。

 列の後方で、薄青のドレスを着た少女が一歩、前に出た。

 レーヴェン伯爵令嬢マーガレット十歳。
 白い襟元に金の徽章、今日は第三王子ニコラスの学友として出席していた。

 『もし、発言のお許しをいただけるならば…… 』

 陛下が驚いたように彼女を見た。
「……マーガレット。許可する、申してみよ」

____マーガレットは深く礼をし、静かな声で語り始めた。

 『ローゼンタール国ナザレフ王太子殿下に、カルリスタ王国レーヴェン伯爵家が二女マーガレットがご挨拶申し上げます。
 ご質問に対し、拙きながら見解を申し上げます。
 《アルドレア》の煎液による解熱作用は、単体成分ではなく、二段階作用にございます。初段階ではレナト酸が血中の炎症反応を抑え、次段階で肝において生成される転化アルカロイドが、体温調整中枢に作用いたします。
 ――つまり、両者の共働こそが真の効果の鍵でございます』

 その言葉は淀みなく、まるで専門家の論文のようであった。

 大広間が静まり返る。

 ナザレフ王太子はしばしマーガレットを見つめ、やがて小さく笑った。
 「なるほど……それが“共存説”か。我が国でもようやくその実証が進んでいる。君の年で、そこまでの理解とは…… 見事なものだ。」

 『ありがとうございます。学問に年齢はございませんので……(言っちゃった!) 』と、マーガレットは静かに微笑んだ。

 ナザレフの唇が上がる。
 「ならば、試してみよう。これは我が国の古代語――
 もはや失われた“ローゼン古典語”の一節だ」

 そう言って彼は、低い声で唱え始めた。

“Ǝn solaria mea, florem vitae crescat sine veneno.”

 会場がざわめくーー

 宮廷の老学者が首をかしげた。
「な、なんと……この言葉は……古文書にも断片しか残っておらぬ“古代ローゼン語”……!」

 誰も意味がつかめず、息を呑む中――
 マーガレットはわずかに首をかしげ、ふっと微笑んだ。

 『……“わたくしの太陽の下で、毒なき生命の花よ咲け”――でしょうか?』

 一瞬の静寂。
 そして――爆ぜるようなざわめき。

 老学者が立ち上がり、震える声で言った。
 「ま、間違いない……! “florem vitae”は“生命の花”、“sine veneno” ―― 毒なき、という意味だ!」

 ナザレフの瞳が見開かれた。
 「まさか……この言葉を訳せる者など、我が国でも数人しかおらぬというのに」

 マーガレットは穏やかに微笑み、
 『殿下の発音がとても美しかったので、意味を想像しやすうございました。ローゼンタールの古語は、詩のように響きが残るのですもの』

 ナザレフは思わず大声で笑った。
 「ッハハハハハ……見事だ!言葉だけでなく、その感性も。なるほど、“白き塔の才女”とは、このことか」

 王妃は深くうなずき、扇を口元に寄せた。
 「美しさと知性が調和するとは、まこと稀有。
 ――伝説のフェニックスも、このマーガレット伯爵令嬢を祝福したのでしょう」

 (……ニコラスのためにと選んだが、なるほど…… 確かに我が眼に狂いはなかった) 

 傍らで見ていた宰相も頷く。
 「見事な答弁です。知の上では、もはや王国の宝ですな」

 一方、最前列で顔をしかめたのは、
婚約者争いから失脚したロクサーヌの父、オルティ侯爵家当主ユーノス。

 かつて自らの娘ロクサーヌがニコラス殿下の婚約者候補であったが失脚。最初は冷ややかな笑みを浮かべていたが、その表情はすぐに崩れた。

 「……あの令嬢に勝てるわけがない。才気が違いすぎる。我が娘ながら愚鈍なっ…… 。」苦々しく呟き、拳を握り締めた。

 壇上では、ナザレフが軽く手を掲げていた。

 「カルリスタ王国には、確かに優れた若者がいるようだ。次に会うときは、学者として討論したい」

 だが、その横で――ニコラス第三王子の瞳がかすかに細まった。
 マーガレットに向けられた賞賛の言葉の数々が、なぜか胸の奥をチクリと刺す。

 マーガレットは静かに頭を下げ、フェニックスの紋章の旗が揺れる中、再び列に戻る。

――その日、ソルフェニア城は一人の少女の名を記した。
「知識の光、白き塔の才女」として。

つづく
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