【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅱ 五年後の王宮

9 幼馴染の婚約

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 セレスト学院の中庭には、若葉の匂いと生徒たちのお喋りする声が満ちていた。
 剣の稽古を終えたばかりのルースは、噴水前のベンチに座るマーガレットと並んで腰を下ろした。

 『ルース、手に豆ができているわ』
 マーガレットが気づいて、彼の手を取る。鍛えられたその手は、硬く大きかった。

 「おいおい、異性の手に簡単に触れちゃダメだろ。まぁ、お互いに“兄妹”と思ってるからだけどね。……… こんな僕たち二人に恋の噂があるなんて驚きだよね、ハハハ」
 ルースが呆れたように明るく笑う。
 その笑顔には、幼いころから変わらない、穏やかで優しい“兄”のような温もりがあった。

 風が二人の髪を揺らした。
 しばし沈黙が流れ、噴水の水音と周りの笑い声が響く。やがて、誰も二人の近くにいないことを見まわしてからルースが口を開いた。

 「……実は、婚約の話があるんだ。」

◇◇◇
 
 先週末、レーヴェン伯爵邸にてーー

 「マーガレット、少し話がある」
ダニエル伯爵は、静かに、しかし真剣な眼差しで娘を見つめた。

 『お父様?……はい。」
マーガレットは礼儀正しく頭を下げた。

 「実は、ダン男爵家と同じく我が一門のボーモント子爵家の長女ゾフィー嬢と、ルースに見合い話が出ている。マーガレット――君はどう思う?」

 マーガレットは一瞬、目を伏せたが、やがて穏やかに顔を上げる。

 『私は……ルースを家族のように、大切に思っています。そしてゾフィー……親友である彼女との婚約話を聞き、私は心から喜んでいます。二人には幸せになって欲しいと願います。』

 ダニエル伯爵は娘を見つめ、その言葉の真意を探る。マーガレットの表情からは無理をしている様子は読み取れなかった…… ほっと息をつく。
 「そうか……それなら安心だ。じゃぁ、この縁組をすすめるよ。その内、ルースが話すだろうから、それまでは秘密にね(パチっ)」
 イケオジがウインクする姿は、娘のマーガレットから見ても魅力ダダ漏れである。

◇◇◇

学院の噴水横のベンチーー
 
 マーガレットのまつげがわずかに揺れる。
 『……. ええ、お父様から聞いたわ、ボーモント子爵家との話しよね?』

 「ああ。ボーモント子爵家の長女ゾフィー嬢。彼女は同じ学年だし、何より君の数少ない親しい友人でもあるだろう」
 ルースは少し照れたように頬をかいた。
 「父上が話を進めていてね。小麦と葡萄の家なら、うまくやっていけるだろうって」

 『ええ、ゾフィーは素敵な女性よ。おめでとう、ルース!…… あと、“数少ない”友人っていう言葉、今回だけ許してあげる。友人は多ければいいわけじゃないからっ(フン)』

 「ハハハ、ありがとう、マーガレット。
君は僕にとって永遠の友だよ……。」
 二人は心から笑い合った。

 しばらくして、ルースは小さく息を吐いた。
 「マーガレット。君のことだから、もういくつも縁談の話が来てるんだろう?」

 『…… ええ。けれど、今はまだ決められなくて。心が…… 動かなくて。」
 マーガレットは何処か遠くを見つめながら、小さく呟いた。

 「…… ニコラス殿下のこと……だろう?」

 その名を出された瞬間、マーガレットは目を伏せた。
 風がひとひらの花びらを運び、彼女の膝に落ちた。

 『…… 気付いていたの?」
 「幼いころから見てたからね。殿下を見る君の目で、分かったよ」

 マーガレットは少し俯き、静かに笑った。
 『わたし、愚かね。殿下はもう、アルマディス公国の公女様と婚姻なさるのに…… 想いが消えなくて…… 。」

 「愚かなんかじゃないさ、ちっとも愚かなんかじゃない…… ”初恋“なんだろ?」
 ルースの声は優しく、しかし少し掠れていた。
 
 「恋って、理屈じゃない。……僕だって、ゾフィー嬢のことをまだよく知らない。だけど、家のために婚約して、少しずつ知っていければいいと思ってる。」
 彼はそう言って、照れくさそうに笑う。
 「これから出逢う誰かと未来を描くのも、きっと悪くない。いつか君がそういう気持ちになれた時、それからでも遅くはないさ。
  だって、君は“白き塔の才女”なんだろ。幾つになったってモテモテだよ!」
 
 マーガレットは顔を上げ、ルースを見た。その瞳に映るのは、幼なじみとしての優しさだった。

 『……ありがとう、ルース。あなたの言葉で、少し楽になった気がする』

 「俺はただ……君に笑っていてほしいだけだよ」
 ルースはそう言って立ち上がり、散って風に飛ばされた白薔薇の花びらを拾い、マーガレットに差し出した。
 「白薔薇の花びらは君に似てる。強くて、清廉で、まっすぐだ」

 マーガレットはそれを受け取り、いたずらを思いついた子供にように笑った。
 『ねぇ、ルース。枯れ落ちた白薔薇は“生涯を誓う”って花言葉だけど…… 知らないでしょ(ニヤリ)』

 「ぇぇえっ!嘘だろぉ!そんなの知るわけないじゃないか!」

 『アハハハ…… ふふっ私たちの場合は“生涯の友の誓い”ね。』
 「ああ!“生涯の友”だ。」

 二人の間を風にのった白薔薇の花びらが舞っていくーー

つづく

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