【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅲ アルマディス公国との婚姻

2 婚姻相手との対面

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 馬車の車輪が最後の石畳を叩いたとき、ニコラスは窓の外にそびえる白灰色の城を見上げた。

 「――ここが、アルマディス公国の王城か」

 海風を孕んだ雲が空を流れ、城壁の旗が大きく翻っている。潮と鉄の匂いが混じった独特の空気――緑に囲まれたカルリスタ王国とはまるで違う世界だった。

 馬車の扉が開くと、出迎えの騎士団が一斉に膝をついた。

 カツンっ____石畳みに靴音が響く

 ニコラスの背後で、騎士団が一斉に整列した。

 城門をくぐると、広い中庭が広がる。
噴水から水が流れ、白い海鳥が低く旋回していた。だが、その美しさの奥にある静寂は、どこか張り詰めている。

 「お迎えにあがりました、ーーカルリスタ王国第三王子ニコラス殿下ーー
 アルマディス近衛騎士団長、グラディウス・モルヴァン侯爵にございます」

 年配の騎士が胸に手を当て礼をとる。
 「公爵家の皆様がお待ちです、ご案内いたします」



 長い石畳の廊下を進む。
 壁には海戦の絵が並び、天井は高く、青と金の装飾が施されていた。
 窓の外には白波が立ち、潮風がガラスを鳴らしている。



 大扉が開かれた。
「――ニコラス殿下、こちらが“謁見の間”にございます」

 扉の向こうに広がるのは、白大理石の広間。高い天窓から射す光が床の紋章を照らし、空気には香のような、わずかに潮の混じった甘い香りが漂っていた。

 正面の玉座には、アルマディス公国独立の立役者、“建国の父" 初代アドリアン・ド・レオニスの肖像画が飾られている。

 「お待ちしておりました。カルリスタ王国第三王子ニコラス殿下」
 そう言って一歩前に出たのは、三代目当主ルーカス・ド・レオニス。外交と内政に優れた治世者との噂だが……。
 
 「遠路はるばる、長旅お疲れでしょう。」
 続いて公妃セザンヌが声をかける。もともとは、後継の男児を強く望む声に後押しされて輿入れした侯爵家令嬢だったが、男女の双子を産んでいる。オーデリア公女の母ナターシャ公爵夫人が不幸な事故で亡くなり、公妃に昇格している。

 公妃セザンヌが、オーデリア公女に冷めた眼差しを向ける。
 「あなたは先にご挨拶したのでしょう?もう、いいわね」

 オーデリアが小さく呟く……. 
 「いえ、まだ….. アルマディス公国ルーカス・ド・レオニス公爵が第一女――オーデリア・ル・ド・レオニスと申します。ニコラス殿下、お会いできて嬉しく思います」
 セザンヌ公妃が見つめる中、硬い表情で挨拶を受ける。

 セザンヌ公妃の横に立つ端正な顔立ちに薄い笑みを浮かべた青年と目が合う――エリック・ド・レオニス。
 「私はレオニス公爵家長男、エリック。
こちらは妹のエレンヌです」

 エレンヌ公女は、深々と頭を下げながら――しかし、瞳だけはしっかりとニコラスを値踏みするように見据えていた。

 「まぁ……これほどお美しい殿方が、海を越えていらしたなんて。お会いできて光栄でございます、ニコラス殿下」

 声はやわらかく、甘く――まるで猫が喉を鳴らすよう。語尾がひとつひとつ、わざと長く伸ばされ、聞く者の耳に“媚び”として残る。

 彼女はゆるりと微笑み、胸の前で手を組んで軽く頭を傾げた。
 「わたくし、アルマディス公国ルーカス・ド・レオニス公爵が二女――エレンヌ・ル・ド・レオニスと申します。ニコラス殿下、どうぞ……よろしくお願いいたしますわ」

 “殿下”という言葉を口にするたびに、
その唇がほんのわずかに形を整える。
まるでそれ自体が一つの演技のようだった。

 周囲の騎士や侍女たちは、視線をそらして微妙な空気を作る。エレンヌ公女のこうした態度には慣れているのだろう。

 ニコラスは一瞬、無視してしまおうかと思ったが…… ただ、礼を保ちつつ静かに言葉を返す。

 「ご丁寧にありがとうございます、エレンヌ公女。アルマディスの美しき文化と、皆さまの温かい歓迎に感謝いたします」

 「まぁ……お優しい。殿下のそのお言葉、まるで詩のように響きますわ」

 猫のように細めた瞳。
 その奥に、計算高い光がきらめいた。

 まるで“王子を落とす”こと自体を楽しんでいるような――そんな眼差し。

 その瞬間、背後で小さくため息をついたのは、オーデリア公女だった。ほんのわずかに眉をひそめ......「エレンヌ、もうよろしいわ」と冷たく言い放つ。

 エレンヌは唇を尖らせ、芝居がかったように笑った。
 「まぁ、お姉様ったら。わたくし、ただご挨拶を申し上げただけですのに」

 ニコラスは苦笑を押し殺しながら、胸の奥でそっと息を吐いた。
 (……なるほど。これは、厄介な相手かもしれないな)

 オーデリア公女の微笑みは、美しいのにどこか心が閉ざされている――
まるで義務として笑っているような、そんな距離感。
(……彼女もまた、政略の渦中にいるのだろう)

 ニコラスは胸の奥に、淡い痛みを覚えた。それは哀れみでも恋慕でもなく、
同じ“義務の重さ”を背負う者としての共感だった。

 居室へと廊下を進みながら、波音だけが遠くに聞こえていた。
それはまるで、この先に待つ運命の前触れのように――。

つづく

 
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