【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅲ アルマディス公国との婚姻

5 大公夫妻との晩餐

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 アルマディスの城での暮らしも二週間が経ち、この国の潮の香と風に慣れてきた頃__

 ルーカス大公から晩餐の招待が届いた。

 その夜、晩餐に招かれたニコラスは、深紅の絨毯を踏みしめながら、大理石の柱の並ぶ廊下を進んでいった。外は群青の海。遠くで波が砕ける音が、城の中まで静かに響いていた。

 「ようこそ、ニコラス殿下」

 晩餐の間に入ると、白銀の食卓の中央で、アルマディス公国当首――ルーカス・ド・レオニス大公が、穏やかに微笑みながら立ち上がった。
 その隣には、派手な薔薇色のドレスの公妃セザンヌ。白い扇子を手に、猫のような微笑を浮かべている。

 「お招きありがとうございます」
 ニコラスが礼を述べる。
 
 「ニコラス殿下、この度は我が娘オーデリアの婚約相手として、我が国に足を運んでいただき、光栄に存じます」
 大公は誠実に微笑んだ。

 「どうぞ、気を遣わないでください。私はオーデリア公女に婿入りする身。これからいろいろご指導いただく立場ですから。」
 ニコラスは外交上の穏やかな笑みを浮かべる。

 大公はその言葉に胸を撫で下ろし、自然に表情が和らいだ。
 「……なるほど、さすがは王子殿下。格式だけでなく、心まで立派でいらっしゃる(うんうん)」
 
 「身内贔屓になりますが、オーデリアは心優しく優秀な自慢の娘です。私は父として、あの子に幸せな家族を作って欲しいと願っております…… 」
 それは君主としてではなく、"父親“の正直な願いだった。

 (  .……“家族”か……  )
 その言葉に、ニコラスは一瞬だけ表情を曇らせた。_家族_その響きが、どこか引っかかる。

 三人での晩餐が始まった。
 銀の燭台に灯る炎が、静かに揺れる。
 料理は海の幸を中心とした品々――貝の香り、オリーブとハーブの柔らかな香気が漂っている。

 「カルリスタの冬は厳しいと聞きますが?」ルーカスが穏やかに尋ねた。

 「ええ。今年の二月は例年より寒さが厳しくて鉱山も一時的に閉鎖しました。」
 冬の鉱山閉鎖を告げた後、ニコラスはすぐに微笑を浮かべて口調を切り替えた。
 「……ですが、雪が多かったおかげか、今年は例年にもまして小麦や葡萄など農作物の成育が良好です。鉱山も寒さ対策が改善され万全です」
 その言葉の裏で、彼の胸には静かな緊張があった。
 王国の弱点を、他国に知られてはならない――。
 ほんの一瞬でも不安の影が見えれば、外交の場では一気に不利になる。だからこそ、笑みを崩さず、朗らかな口調で事実の好転を強調した。

 心の奥底で、ニコラスは自分に言い聞かせた____ ( 気を抜くな、ニコラス!言葉ひとつ、表情ひとつが、国の運命を左右するのだ )____表に出さぬ冷徹さを胸に、彼は晩餐の場で微笑みを保った。

 「ワインといえば……アルマディスの海沿いでも、新しい品種を試しておるのですよ」ルーカスは嬉しそうに話を続ける。

 「海洋資源も豊富でね。漁業組合の者たちも、この国の誇りです」と微笑む。

 (穏やかな人だ。だが――)
 さすがは公国の君主だ。その瞳の奥には、何かを測るような静かな光がある。

 その時、窓の外で遠雷が鳴った。
 波の音に混じって、わずかに湿り気をおびた風がカーテンを揺らす。

――海の夜は、美しく、そして深い。
その深さの底に、何が沈んでいるのか。
まだ、誰も知らない。

つづく
______________

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