31 / 107
Ⅲ アルマディス公国との婚姻
5 大公夫妻との晩餐
しおりを挟む
アルマディスの城での暮らしも二週間が経ち、この国の潮の香と風に慣れてきた頃__
ルーカス大公から晩餐の招待が届いた。
その夜、晩餐に招かれたニコラスは、深紅の絨毯を踏みしめながら、大理石の柱の並ぶ廊下を進んでいった。外は群青の海。遠くで波が砕ける音が、城の中まで静かに響いていた。
「ようこそ、ニコラス殿下」
晩餐の間に入ると、白銀の食卓の中央で、アルマディス公国当首――ルーカス・ド・レオニス大公が、穏やかに微笑みながら立ち上がった。
その隣には、派手な薔薇色のドレスの公妃セザンヌ。白い扇子を手に、猫のような微笑を浮かべている。
「お招きありがとうございます」
ニコラスが礼を述べる。
「ニコラス殿下、この度は我が娘オーデリアの婚約相手として、我が国に足を運んでいただき、光栄に存じます」
大公は誠実に微笑んだ。
「どうぞ、気を遣わないでください。私はオーデリア公女に婿入りする身。これからいろいろご指導いただく立場ですから。」
ニコラスは外交上の穏やかな笑みを浮かべる。
大公はその言葉に胸を撫で下ろし、自然に表情が和らいだ。
「……なるほど、さすがは王子殿下。格式だけでなく、心まで立派でいらっしゃる(うんうん)」
「身内贔屓になりますが、オーデリアは心優しく優秀な自慢の娘です。私は父として、あの子に幸せな家族を作って欲しいと願っております…… 」
それは君主としてではなく、"父親“の正直な願いだった。
( .……“家族”か…… )
その言葉に、ニコラスは一瞬だけ表情を曇らせた。_家族_その響きが、どこか引っかかる。
三人での晩餐が始まった。
銀の燭台に灯る炎が、静かに揺れる。
料理は海の幸を中心とした品々――貝の香り、オリーブとハーブの柔らかな香気が漂っている。
「カルリスタの冬は厳しいと聞きますが?」ルーカスが穏やかに尋ねた。
「ええ。今年の二月は例年より寒さが厳しくて鉱山も一時的に閉鎖しました。」
冬の鉱山閉鎖を告げた後、ニコラスはすぐに微笑を浮かべて口調を切り替えた。
「……ですが、雪が多かったおかげか、今年は例年にもまして小麦や葡萄など農作物の成育が良好です。鉱山も寒さ対策が改善され万全です」
その言葉の裏で、彼の胸には静かな緊張があった。
王国の弱点を、他国に知られてはならない――。
ほんの一瞬でも不安の影が見えれば、外交の場では一気に不利になる。だからこそ、笑みを崩さず、朗らかな口調で事実の好転を強調した。
心の奥底で、ニコラスは自分に言い聞かせた____ ( 気を抜くな、ニコラス!言葉ひとつ、表情ひとつが、国の運命を左右するのだ )____表に出さぬ冷徹さを胸に、彼は晩餐の場で微笑みを保った。
「ワインといえば……アルマディスの海沿いでも、新しい品種を試しておるのですよ」ルーカスは嬉しそうに話を続ける。
「海洋資源も豊富でね。漁業組合の者たちも、この国の誇りです」と微笑む。
(穏やかな人だ。だが――)
さすがは公国の君主だ。その瞳の奥には、何かを測るような静かな光がある。
その時、窓の外で遠雷が鳴った。
波の音に混じって、わずかに湿り気をおびた風がカーテンを揺らす。
――海の夜は、美しく、そして深い。
その深さの底に、何が沈んでいるのか。
まだ、誰も知らない。
つづく
______________
💐いいね❤️励みになります🥰応援ありがとうございます💫
ルーカス大公から晩餐の招待が届いた。
その夜、晩餐に招かれたニコラスは、深紅の絨毯を踏みしめながら、大理石の柱の並ぶ廊下を進んでいった。外は群青の海。遠くで波が砕ける音が、城の中まで静かに響いていた。
「ようこそ、ニコラス殿下」
晩餐の間に入ると、白銀の食卓の中央で、アルマディス公国当首――ルーカス・ド・レオニス大公が、穏やかに微笑みながら立ち上がった。
その隣には、派手な薔薇色のドレスの公妃セザンヌ。白い扇子を手に、猫のような微笑を浮かべている。
「お招きありがとうございます」
ニコラスが礼を述べる。
「ニコラス殿下、この度は我が娘オーデリアの婚約相手として、我が国に足を運んでいただき、光栄に存じます」
大公は誠実に微笑んだ。
「どうぞ、気を遣わないでください。私はオーデリア公女に婿入りする身。これからいろいろご指導いただく立場ですから。」
ニコラスは外交上の穏やかな笑みを浮かべる。
大公はその言葉に胸を撫で下ろし、自然に表情が和らいだ。
「……なるほど、さすがは王子殿下。格式だけでなく、心まで立派でいらっしゃる(うんうん)」
「身内贔屓になりますが、オーデリアは心優しく優秀な自慢の娘です。私は父として、あの子に幸せな家族を作って欲しいと願っております…… 」
それは君主としてではなく、"父親“の正直な願いだった。
( .……“家族”か…… )
その言葉に、ニコラスは一瞬だけ表情を曇らせた。_家族_その響きが、どこか引っかかる。
三人での晩餐が始まった。
銀の燭台に灯る炎が、静かに揺れる。
料理は海の幸を中心とした品々――貝の香り、オリーブとハーブの柔らかな香気が漂っている。
「カルリスタの冬は厳しいと聞きますが?」ルーカスが穏やかに尋ねた。
「ええ。今年の二月は例年より寒さが厳しくて鉱山も一時的に閉鎖しました。」
冬の鉱山閉鎖を告げた後、ニコラスはすぐに微笑を浮かべて口調を切り替えた。
「……ですが、雪が多かったおかげか、今年は例年にもまして小麦や葡萄など農作物の成育が良好です。鉱山も寒さ対策が改善され万全です」
その言葉の裏で、彼の胸には静かな緊張があった。
王国の弱点を、他国に知られてはならない――。
ほんの一瞬でも不安の影が見えれば、外交の場では一気に不利になる。だからこそ、笑みを崩さず、朗らかな口調で事実の好転を強調した。
心の奥底で、ニコラスは自分に言い聞かせた____ ( 気を抜くな、ニコラス!言葉ひとつ、表情ひとつが、国の運命を左右するのだ )____表に出さぬ冷徹さを胸に、彼は晩餐の場で微笑みを保った。
「ワインといえば……アルマディスの海沿いでも、新しい品種を試しておるのですよ」ルーカスは嬉しそうに話を続ける。
「海洋資源も豊富でね。漁業組合の者たちも、この国の誇りです」と微笑む。
(穏やかな人だ。だが――)
さすがは公国の君主だ。その瞳の奥には、何かを測るような静かな光がある。
その時、窓の外で遠雷が鳴った。
波の音に混じって、わずかに湿り気をおびた風がカーテンを揺らす。
――海の夜は、美しく、そして深い。
その深さの底に、何が沈んでいるのか。
まだ、誰も知らない。
つづく
______________
💐いいね❤️励みになります🥰応援ありがとうございます💫
59
あなたにおすすめの小説
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる