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Ⅵ 蒼月の国ルナリア
4 ラスボス登場
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王城の大広間。
転移門の光が淡く揺らめき、青白い光の柱が静かに形を結ぶ。
そこから現れたのは、白銀の髪と金糸の衣をまとった青年。
ローゼンタール王国王太子、ナザレフ・ジャン・ローゼンタール。
古代語と魔導言語に精通し、“歩く叡智”と呼ばれる男――。
ルナリア王と王族が並ぶ中、静かな足取りで進むナザレフの姿に、マーガレットは思わず胸の鼓動を抑えた。
六年前――。
彼はすでに王太子であり、彼女は十歳のただの令嬢だった。まだ十歳の自分を学者のように対等に扱ってくれた稀有な人。
「……久しぶりだね。マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢。こんな言い方は失礼だろうが、素敵な女性になったね」
その声は昔と変わらぬ威厳と自信に満ちていた。あの時より歳を重ねて穏やかさを宿していた。
マーガレットは裾をつまみ、恭しく一礼する。
「六年ぶりにお目にかかります、ナザレフ王太子殿下」
ナザレフの目元がふっとやわらぐ。
「“白き塔の才女”の噂は聞いていたよ。まさか、ここで再び会えるとは」
ルナリア王はその様子を興味深く見守る。
「お二人は旧知であられるのか?」
「はい、陛下。六年前、カルリスタ王宮の学問討論会でご一緒いたしました」
マーガレットが答えると、ナザレフが軽く頷いた。
「彼女の回答は、私が聞いた中で最も理路整然としていた。……“魔力のない者が魔術理論を語る”という、その勇気にもね」
小さく場がざわつく。
シリウス第一魔導官を筆頭にルナリアの魔導官たちは、無言で互いに顔を見合わせた。
ナザレフは静かに一歩前へ進み、ルナリア王へ向き直る。
「ルナリアの王よ、ルナリア第二王子の容体について聞いた。マーガレット嬢と共に診させてもらいたい。彼女の洞察力は、私が保証する」
大国ローゼンタール王国の王太子自ら我が子を診察してくれる!......一国の王が小さくだが頭を下げた。
ナザレフは再びマーガレットを見た。
その瞳は、六年前と変わらぬ深い青。
「――あの時の続きを、やろう。“理論の壁”を越えるために」
マーガレットは静かに微笑んだ。
◇◇◇
白亜の塔の高階。
ルナリア第二王子マルクスの居室には、常に淡い蒼光が満ちていた。魔力制御のために設置された封印陣――だがその光は、どこか不安定に脈打っている。
マーガレットはナザレフ王太子とともに、静かに部屋へ足を踏み入れた。
マルクス殿下は薄い寝衣に身を包み、蒼白な顔でベッドに横たわっている。リュシア王女がそっと兄の手を握っていた。
「マルクスお兄様……」
「大丈夫だよ、リュシア。少し……胸が重いだけだ」
それは軽口に聞こえたが、呼吸のたびに胸元の封印紋が微かにひび割れた。
ナザレフが視線を送る。
「マーガレット嬢。まずは、君の見立てを」
マーガレットは静かに頷き、マルクスの身体に浮かぶ魔術文字を解読する。
「……古代系統の魔力循環陣。ですが、構成式が……おかしい」
彼女の瞳に、不可視の術式構造が映りこむ。
「流れが、逆です。魔力が中枢を経ずに末端から回り込んでいる。このままでは“自分の魔力に圧殺される”……」
室内がざわめく。
シリウス第一魔導官が反論した。
「馬鹿な! そんな回路構成は理論上ありえない!」
他の魔導官も追随する
「魔力を持たぬ者が何を言う!」
ナザレフは眉ひとつ動かさず、低く言った...... 「静かに!」
その一言で空気が止まる。
彼は懐から古びた魔導言語の書を取り出した。
「マーガレット。『エレボス古記』第三章、七節を覚えているか?」
「“内に閉じる循環は、やがて外界と断絶する”――ですね」
ナザレフは微かに笑う。
「そうだ。君はよく学んでいる」
ルナリア王国の魔導官たちは、二人の叡智に、もう声も出せなかった。
ナザレフ王太子は杖を掲げ、床に淡い魔導言語を刻む。その文字は見慣れた魔術式とはまるで異なる、古代の叡智そのもの。
「〈アウレオ・サルマ〉――循環の開放」
魔力はないがマーガレットも息を合わせるように、自らの声で古代語を紡ぐ。
「〈リヴィエラ・オルドゥス〉――理の再結線」
室内に光が奔った。
マルクス王子の体を覆っていた封印陣が震え、まるで深呼吸をするように静かに膨らむ。
苦しげだった彼の呼吸が、ゆるやかに落ち着いていく。
「……胸の痛みが……引いた?」
マルクスが驚いたように目を開けた。
リュシア王女が思わず声をあげる。
「お兄様っ!...... ああ......おにいさまぁっ.......」
マーガレットは手を下ろし、深く息を吐いた。
「完全な治療ではありません。でも、原因は“魔力回路の逆流”です。循環の結線を正せば、回復の見込みがあります」
魔導官たちは唖然と立ち尽くす。
その理論も、用いられた言語も、まったく理解できなかった。
ナザレフはゆるやかに彼らを見回した。
「君たちは、“知識”に溺れ、“理解”を捨てた。この少女は、魔力を持たずとも“理”を見たのだ」
沈黙が支配した。
ただ、光が揺れ、マルクスの穏やかな寝息だけが響く。
ナザレフ王太子はマーガレットに微笑んだ。
「六年前と同じだな。君の目は、真理しか見ていない」
マーガレットは少しだけ頬を染めて微笑み返す。
「……ナザレフ殿下こそ。やっぱり“叡智の人”です」
そのやり取りを見ていたリュシア王女が、目を輝かせて言った。
「やっぱりお二人、すごいです!私、いつか弟子にしてください!」
その明るい声が、静まり返っていた空間にようやく温もりを取り戻させた。
――だが、そのやり取りを、仄暗い眼差しで見つめる蒼灰の瞳があったことに、誰も気づかなかった。
つづく
____________
《ファンタジー》風味が強いですが、しばしお付き合い下さいませ。まもなく《恋愛》甘々に戻ります❤️ご安心ください💕
転移門の光が淡く揺らめき、青白い光の柱が静かに形を結ぶ。
そこから現れたのは、白銀の髪と金糸の衣をまとった青年。
ローゼンタール王国王太子、ナザレフ・ジャン・ローゼンタール。
古代語と魔導言語に精通し、“歩く叡智”と呼ばれる男――。
ルナリア王と王族が並ぶ中、静かな足取りで進むナザレフの姿に、マーガレットは思わず胸の鼓動を抑えた。
六年前――。
彼はすでに王太子であり、彼女は十歳のただの令嬢だった。まだ十歳の自分を学者のように対等に扱ってくれた稀有な人。
「……久しぶりだね。マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢。こんな言い方は失礼だろうが、素敵な女性になったね」
その声は昔と変わらぬ威厳と自信に満ちていた。あの時より歳を重ねて穏やかさを宿していた。
マーガレットは裾をつまみ、恭しく一礼する。
「六年ぶりにお目にかかります、ナザレフ王太子殿下」
ナザレフの目元がふっとやわらぐ。
「“白き塔の才女”の噂は聞いていたよ。まさか、ここで再び会えるとは」
ルナリア王はその様子を興味深く見守る。
「お二人は旧知であられるのか?」
「はい、陛下。六年前、カルリスタ王宮の学問討論会でご一緒いたしました」
マーガレットが答えると、ナザレフが軽く頷いた。
「彼女の回答は、私が聞いた中で最も理路整然としていた。……“魔力のない者が魔術理論を語る”という、その勇気にもね」
小さく場がざわつく。
シリウス第一魔導官を筆頭にルナリアの魔導官たちは、無言で互いに顔を見合わせた。
ナザレフは静かに一歩前へ進み、ルナリア王へ向き直る。
「ルナリアの王よ、ルナリア第二王子の容体について聞いた。マーガレット嬢と共に診させてもらいたい。彼女の洞察力は、私が保証する」
大国ローゼンタール王国の王太子自ら我が子を診察してくれる!......一国の王が小さくだが頭を下げた。
ナザレフは再びマーガレットを見た。
その瞳は、六年前と変わらぬ深い青。
「――あの時の続きを、やろう。“理論の壁”を越えるために」
マーガレットは静かに微笑んだ。
◇◇◇
白亜の塔の高階。
ルナリア第二王子マルクスの居室には、常に淡い蒼光が満ちていた。魔力制御のために設置された封印陣――だがその光は、どこか不安定に脈打っている。
マーガレットはナザレフ王太子とともに、静かに部屋へ足を踏み入れた。
マルクス殿下は薄い寝衣に身を包み、蒼白な顔でベッドに横たわっている。リュシア王女がそっと兄の手を握っていた。
「マルクスお兄様……」
「大丈夫だよ、リュシア。少し……胸が重いだけだ」
それは軽口に聞こえたが、呼吸のたびに胸元の封印紋が微かにひび割れた。
ナザレフが視線を送る。
「マーガレット嬢。まずは、君の見立てを」
マーガレットは静かに頷き、マルクスの身体に浮かぶ魔術文字を解読する。
「……古代系統の魔力循環陣。ですが、構成式が……おかしい」
彼女の瞳に、不可視の術式構造が映りこむ。
「流れが、逆です。魔力が中枢を経ずに末端から回り込んでいる。このままでは“自分の魔力に圧殺される”……」
室内がざわめく。
シリウス第一魔導官が反論した。
「馬鹿な! そんな回路構成は理論上ありえない!」
他の魔導官も追随する
「魔力を持たぬ者が何を言う!」
ナザレフは眉ひとつ動かさず、低く言った...... 「静かに!」
その一言で空気が止まる。
彼は懐から古びた魔導言語の書を取り出した。
「マーガレット。『エレボス古記』第三章、七節を覚えているか?」
「“内に閉じる循環は、やがて外界と断絶する”――ですね」
ナザレフは微かに笑う。
「そうだ。君はよく学んでいる」
ルナリア王国の魔導官たちは、二人の叡智に、もう声も出せなかった。
ナザレフ王太子は杖を掲げ、床に淡い魔導言語を刻む。その文字は見慣れた魔術式とはまるで異なる、古代の叡智そのもの。
「〈アウレオ・サルマ〉――循環の開放」
魔力はないがマーガレットも息を合わせるように、自らの声で古代語を紡ぐ。
「〈リヴィエラ・オルドゥス〉――理の再結線」
室内に光が奔った。
マルクス王子の体を覆っていた封印陣が震え、まるで深呼吸をするように静かに膨らむ。
苦しげだった彼の呼吸が、ゆるやかに落ち着いていく。
「……胸の痛みが……引いた?」
マルクスが驚いたように目を開けた。
リュシア王女が思わず声をあげる。
「お兄様っ!...... ああ......おにいさまぁっ.......」
マーガレットは手を下ろし、深く息を吐いた。
「完全な治療ではありません。でも、原因は“魔力回路の逆流”です。循環の結線を正せば、回復の見込みがあります」
魔導官たちは唖然と立ち尽くす。
その理論も、用いられた言語も、まったく理解できなかった。
ナザレフはゆるやかに彼らを見回した。
「君たちは、“知識”に溺れ、“理解”を捨てた。この少女は、魔力を持たずとも“理”を見たのだ」
沈黙が支配した。
ただ、光が揺れ、マルクスの穏やかな寝息だけが響く。
ナザレフ王太子はマーガレットに微笑んだ。
「六年前と同じだな。君の目は、真理しか見ていない」
マーガレットは少しだけ頬を染めて微笑み返す。
「……ナザレフ殿下こそ。やっぱり“叡智の人”です」
そのやり取りを見ていたリュシア王女が、目を輝かせて言った。
「やっぱりお二人、すごいです!私、いつか弟子にしてください!」
その明るい声が、静まり返っていた空間にようやく温もりを取り戻させた。
――だが、そのやり取りを、仄暗い眼差しで見つめる蒼灰の瞳があったことに、誰も気づかなかった。
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