【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅶ マーガレットのいない世界

3 氷の魔導官の屈辱

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 ルナリア王国・王都。王宮附属魔導塔の最上階。
 重厚な扉の向こう、整然と並んだ書架の間に、ひとりの男が立っていた。

 シリウス・ヴァーン――王立魔導院第一魔導官。
 銀灰の髪が光を受けて淡く輝き、蒼灰の瞳はまるで氷のように静かだった。
 その佇まいには二十八歳の若さと理性、そして完璧さへの執着が滲む。

 机上の魔力波計測石が、微かな脈動を示した。
 青と赤の干渉波。――彼の護符が発動した証だった。

「……やはり、動いたか」

 その声は低く、凍りつくほど冷たい。
 彼は指先で魔力の痕跡をなぞりながら、瞼を閉じる。
 思考の奥に、あの日の記憶がよみがえる。

◇◇◇

 多くの魔導官たちの見守る中、白き塔の才女、マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢は、ローゼンタール王国王太子ナザレフ・ジャン・ローゼンタールと共に偉業を示した。
 シリウスにとって、古代語と魔導言語に精通した“歩く叡智”と呼ばれるナザレフ王太子は、畏敬の念を抱かずにはいられない憧れの存在である。

 ――王宮のマルクス殿下の寝室。

 ナザレフ王太子と並び立ち、
 『エレボス古記』第三章・第七節の一節を論じた。
 《循環の解放と理の再結線》。
 その理論は奇跡のように発動し、瀕死だったマルクス王子の命を救った。

 その瞬間、シリウスは部屋の角で立ち尽くしていた。
 傍らには、誇り高き父クラウス・ヴァーン公爵と、母アデライン・ヴァーン公爵夫人の姿があった。
 父クラウスは魔導院の前大導師にして、現・政府顧問。母アデラインは元上級魔導官であり、古代魔導言語の第一人者である。
 シリウスは、そんな両親を深く尊敬し、常に高みを目指して研鑽を重ねてきた。そして二十八歳にして、第一魔導官の地位を得た。それなのに......。
 二人は満足げに頷き、静かに言った。
 「見事だ……あの若き令嬢こそ、“理を読む者”だな」

 ――その言葉が、シリウスの胸を焼いた。
 血のつながった両親が、初めて他者を褒めた瞬間だった。
  誇り高きヴァーン家に生まれた意味が、あの日だけ、霞んだ。

「……マーガレット・レーヴェン」
 名を口にするだけで、喉の奥がひりつく。
 憧れでもなく、愛でもない。
 それは、彼の中で形を変えた“理の敗北”への屈辱だった。

◇◇◇

 机上の光石が再び点滅する。
 シリウスは冷静な表情のまま、データを記録し、指先で封印符をなぞった。

「転移門の魔力を用いた……? アルマディス公国の者か?まさか...... マーガレット本人か?」
 彼の声に、皮肉な笑みが滲む。
「ルナリアの理に触れ、手を出した報いだ。
 我が国の魔術は、王と神の権威に連なるもの。他国の者などに理解できるはずもない」

 彼は護符の発動ログを閉じ、静かに息を吐いた。
 だがその瞳の奥では、理性の氷がひび割れ始めている。

「……父上、母上。
 私も――いずれ、“理を超える者”だと証明してみせます」

 窓の外、遠くで春の光が揺れていた。
 氷の補佐官と呼ばれた男の、冷たい横顔に影が差す。

つづく
_______________

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