63 / 107
Ⅶ マーガレットのいない世界
3 氷の魔導官の屈辱
しおりを挟む
ルナリア王国・王都。王宮附属魔導塔の最上階。
重厚な扉の向こう、整然と並んだ書架の間に、ひとりの男が立っていた。
シリウス・ヴァーン――王立魔導院第一魔導官。
銀灰の髪が光を受けて淡く輝き、蒼灰の瞳はまるで氷のように静かだった。
その佇まいには二十八歳の若さと理性、そして完璧さへの執着が滲む。
机上の魔力波計測石が、微かな脈動を示した。
青と赤の干渉波。――彼の護符が発動した証だった。
「……やはり、動いたか」
その声は低く、凍りつくほど冷たい。
彼は指先で魔力の痕跡をなぞりながら、瞼を閉じる。
思考の奥に、あの日の記憶がよみがえる。
◇◇◇
多くの魔導官たちの見守る中、白き塔の才女、マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢は、ローゼンタール王国王太子ナザレフ・ジャン・ローゼンタールと共に偉業を示した。
シリウスにとって、古代語と魔導言語に精通した“歩く叡智”と呼ばれるナザレフ王太子は、畏敬の念を抱かずにはいられない憧れの存在である。
――王宮のマルクス殿下の寝室。
ナザレフ王太子と並び立ち、
『エレボス古記』第三章・第七節の一節を論じた。
《循環の解放と理の再結線》。
その理論は奇跡のように発動し、瀕死だったマルクス王子の命を救った。
その瞬間、シリウスは部屋の角で立ち尽くしていた。
傍らには、誇り高き父クラウス・ヴァーン公爵と、母アデライン・ヴァーン公爵夫人の姿があった。
父クラウスは魔導院の前大導師にして、現・政府顧問。母アデラインは元上級魔導官であり、古代魔導言語の第一人者である。
シリウスは、そんな両親を深く尊敬し、常に高みを目指して研鑽を重ねてきた。そして二十八歳にして、第一魔導官の地位を得た。それなのに......。
二人は満足げに頷き、静かに言った。
「見事だ……あの若き令嬢こそ、“理を読む者”だな」
――その言葉が、シリウスの胸を焼いた。
血のつながった両親が、初めて他者を褒めた瞬間だった。
誇り高きヴァーン家に生まれた意味が、あの日だけ、霞んだ。
「……マーガレット・レーヴェン」
名を口にするだけで、喉の奥がひりつく。
憧れでもなく、愛でもない。
それは、彼の中で形を変えた“理の敗北”への屈辱だった。
◇◇◇
机上の光石が再び点滅する。
シリウスは冷静な表情のまま、データを記録し、指先で封印符をなぞった。
「転移門の魔力を用いた……? アルマディス公国の者か?まさか...... マーガレット本人か?」
彼の声に、皮肉な笑みが滲む。
「ルナリアの理に触れ、手を出した報いだ。
我が国の魔術は、王と神の権威に連なるもの。他国の者などに理解できるはずもない」
彼は護符の発動ログを閉じ、静かに息を吐いた。
だがその瞳の奥では、理性の氷がひび割れ始めている。
「……父上、母上。
私も――いずれ、“理を超える者”だと証明してみせます」
窓の外、遠くで春の光が揺れていた。
氷の補佐官と呼ばれた男の、冷たい横顔に影が差す。
つづく
_______________
💐いいね❤️励みになります🥰応援ありがとうございます💫
重厚な扉の向こう、整然と並んだ書架の間に、ひとりの男が立っていた。
シリウス・ヴァーン――王立魔導院第一魔導官。
銀灰の髪が光を受けて淡く輝き、蒼灰の瞳はまるで氷のように静かだった。
その佇まいには二十八歳の若さと理性、そして完璧さへの執着が滲む。
机上の魔力波計測石が、微かな脈動を示した。
青と赤の干渉波。――彼の護符が発動した証だった。
「……やはり、動いたか」
その声は低く、凍りつくほど冷たい。
彼は指先で魔力の痕跡をなぞりながら、瞼を閉じる。
思考の奥に、あの日の記憶がよみがえる。
◇◇◇
多くの魔導官たちの見守る中、白き塔の才女、マーガレット・レーヴェン伯爵令嬢は、ローゼンタール王国王太子ナザレフ・ジャン・ローゼンタールと共に偉業を示した。
シリウスにとって、古代語と魔導言語に精通した“歩く叡智”と呼ばれるナザレフ王太子は、畏敬の念を抱かずにはいられない憧れの存在である。
――王宮のマルクス殿下の寝室。
ナザレフ王太子と並び立ち、
『エレボス古記』第三章・第七節の一節を論じた。
《循環の解放と理の再結線》。
その理論は奇跡のように発動し、瀕死だったマルクス王子の命を救った。
その瞬間、シリウスは部屋の角で立ち尽くしていた。
傍らには、誇り高き父クラウス・ヴァーン公爵と、母アデライン・ヴァーン公爵夫人の姿があった。
父クラウスは魔導院の前大導師にして、現・政府顧問。母アデラインは元上級魔導官であり、古代魔導言語の第一人者である。
シリウスは、そんな両親を深く尊敬し、常に高みを目指して研鑽を重ねてきた。そして二十八歳にして、第一魔導官の地位を得た。それなのに......。
二人は満足げに頷き、静かに言った。
「見事だ……あの若き令嬢こそ、“理を読む者”だな」
――その言葉が、シリウスの胸を焼いた。
血のつながった両親が、初めて他者を褒めた瞬間だった。
誇り高きヴァーン家に生まれた意味が、あの日だけ、霞んだ。
「……マーガレット・レーヴェン」
名を口にするだけで、喉の奥がひりつく。
憧れでもなく、愛でもない。
それは、彼の中で形を変えた“理の敗北”への屈辱だった。
◇◇◇
机上の光石が再び点滅する。
シリウスは冷静な表情のまま、データを記録し、指先で封印符をなぞった。
「転移門の魔力を用いた……? アルマディス公国の者か?まさか...... マーガレット本人か?」
彼の声に、皮肉な笑みが滲む。
「ルナリアの理に触れ、手を出した報いだ。
我が国の魔術は、王と神の権威に連なるもの。他国の者などに理解できるはずもない」
彼は護符の発動ログを閉じ、静かに息を吐いた。
だがその瞳の奥では、理性の氷がひび割れ始めている。
「……父上、母上。
私も――いずれ、“理を超える者”だと証明してみせます」
窓の外、遠くで春の光が揺れていた。
氷の補佐官と呼ばれた男の、冷たい横顔に影が差す。
つづく
_______________
💐いいね❤️励みになります🥰応援ありがとうございます💫
75
あなたにおすすめの小説
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる